第二十七話「赤き男からの挑戦状」

 東京でもっとも高いビル、通称“タガデンタワー”の最上階では幼女とジジイが子供のような喧嘩けんかをしていた。


「わしの……わしの完璧なプリチュア計画がーっ! だいたい近頃ちかごろの若いもんは欲が無さすぎるんじゃーっ!」

「我輩は最初っから信じておったもんねー。やーいやーい」

「むきーくやしいーっ! 何故なぜじゃーっ! 見るからに俗物ぞくぶつっぽいのにーっ!」

「フハハハハ! 無類むるい性豪せいごううわさされる林太郎が、生身なまみの肉体を捨てられるわけがなかろう。天晴あっぱれな俗物っぷりであったぞ林太郎よ!」

「聞き捨てならないんですが」


 知りたくなかった情報がまたひとつ増えた。


 林太郎の進退をめぐり、ドラギウスとタガラックはひとつの賭けをしていたという。

 無論本人にはされていたが、その内容はこうである。


 もし林太郎がタガラックの誘いに乗ったら、極悪怪人デスグリーンの身柄みがら未来永劫みらいえいごうタガラックひきいる絡繰からくり軍団の所属とする。

 だがもしも、林太郎が誘惑をはねのけたら。


「我輩が勝ったのだ。“きん”は支払しはらってもらうぞタガラックよ」

「わかっとるわい。林太郎が人間じゃということは誰にも言わんし、データにも残さん。これでいいんじゃろ! じゃが絡繰軍団へのスカウトはあきらめんからな!」


 タガラックはいかにも不服ふふくそうに、大きな会長机をバンバンと叩いた。


「しかしドラギウスよ、おぬし今度はなにをたくらんでおるのじゃ」

「フハハハハ! わるだくみは悪の総帥のたしなみであるぞ。安心せい、我輩は人の本質を見る目には自信があるのである。そうであろう林太郎?」

「ついさっきまったく身におぼえのない性欲の権化ごんげみたいなあつかいを受けていましたけど」

「だが少なくとも、おぬしが我がアークドミニオンに相応ふさわしい大悪人だいあくにんであることはうたがいようもなかろう。アークドミニオンがノーベル平和賞をる日も近いのである。フハハハハ!!」


 大いなる総帥は、世界中の平和主義者が聞いたら卒倒そっとうしそうなことを平気で言いはなつ。

 だがこの悪のカリスマは、それさえも一笑いっしょうすのであろう。


 その横顔を見て林太郎は思う、いったい栗山林太郎という男の、なにがそこまでドラギウスをり立てるのか。

 少なくとも、この“け”でドラギウスが得たものはなにもない。

 ごりごりの実利じつり主義者である林太郎は、それが不気味ぶきみでならなかった。


 やはり、この総帥だけは真意しんいが読めない。


「クックック……フハハハハ……ハーッハッハッハッハ!!」


 都内を一望いちぼうするウルトラVIPルームに、悪の総帥の三段笑さんだんわらいがとどろく。



 まるでその邪悪な笑い声に呼応こおうするかのように。

 目の前にひろがるパノラマビューの一角いっかくで、盛大せいだい火柱ひばしらが上がった。




 …………。




 十五分後、現場へと急行きゅうこうする一台の車があった。


 ハンドルを握るのは極悪怪人デスグリーンこと、栗山林太郎である。

 そして助手席じょしゅせきには彼の一番舎弟しゃてい、サメっちの姿もあった。


っ飛ばされたのは、代々木よよぎにあるアークドミニオン系列けいれつ事務所のひとつッス。といってもダミー会社で、中身はからっぽのしビルッスけど」

「てことは死傷者ししょうしゃはいないわけだ。まったくアイツらしいやりくちだよ」


 ビルから見た火柱。

 あれは先日、サメっちが丸焼まるやきにされたのと同じものだ。


 “バーニングヒートグローブ”


 勝利戦隊ビクトレンジャーをたばねるリーダー、ビクトレッドの固有武器である。

 その名の通り両手に装着そうちゃくするタイプのグローブであり、射程範囲しゃていはんい絶望的ぜつぼうてきみじかいという欠点けってんゆうしている。


 しかしかの威力いりょくは欠点をおぎなってあまりあるものだ。


 コンセプトは初代しょだいヒーロー・アカジャスティスの必殺技、アカパンチから着想ちゃくそうた“一撃必殺いちげきひっさつ”である。


 一発かすっただけでも炎のうずかれ、まともに食らえば桁違けたちがいの耐久力をほこる怪人であっても問答無用もんどうむようで体の内部から火柱につつまれ爆発四散ばくはつしさんする。

 まさに文字通り、一撃で相手を必殺するチート武器なのである。


不意ふいうちじゃなきゃけれたッス! あんなのノーカンッスよ、次は絶対負けないッス!」

いさましいのは心強こころづよいけど、無茶むちゃはいけないよサメっち。本当だったら次があるような相手じゃないんだから」


 サメっちが爆死をまぬがれたのは彼女が水棲生物すいせいせいぶつ怪人だったからか、それともビクトレッドが手心てごころくわえてしんはずしたのかさだかではない。


 だが林太郎の見立みたてでは後者こうしゃであった。

 林太郎の知るかぎり、ビクトレッドこと暮内くれない烈人れっととはそういう男だ。



 烈人を一言ひとことあらわすならば『ヒーローすぎる男』である。



 ヒーロー学校時代からなにかと空気を読まずにあつさをりまく男であったが、相手が凶悪な怪人であってもむやみに命をうばったりはしない。

 それは実際に有明埠頭ありあけふとうでも、負傷したサメっちとみなと見逃みのがすような行動をとっていることからわかる通りだ。


 つみにくんで人を憎まず、という言葉をそのままかたに流し込んだような男なのである。


 まさにヒーローぜんとした人間性を買われ、ヒーロー学校第四十九期次席じせきに甘んじながら首席しゅせきである林太郎をおさえ人権派じんけんは団体の強い後押あとおしを受けてビクトレンジャーのリーダーに就任しゅうにんした。

 この人選じんせんについては林太郎に人望じんぼうがなさすぎたというのもいなめないところではあるのだが。


 なんにせよ栗山くりやま林太郎と暮内くれない烈人は名前の順でいつもコンビを組まされていたこともあり、ヒーロー学校時代からのくさえんなのであった。


 むやみな殺生せっしょうこのまないという点において林太郎と共感きょうかんするところはあったが、それ以外はまるで真逆まぎゃくの男なのである。


 その“あまい男”がアークドミニオンに挑発ちょうはつ行動を取る理由はただひとつ。



「どうせ呼び出しをらうなら、美女からであってほしいとつくづく思うよ」




 …………。




 “代々木公園よよぎこうえん

 春はさくらが、夏はみどりが、秋は紅葉こうようが美しい公園も、今は色にまっている。

 かつてこの広大な敷地しきちには陸軍りくぐん練兵場れんぺいじょうがあり、多くの男たちがしのぎけずり合った。


 戦士たちの夢の跡地あとちで、ふたりの男が対峙たいじする。


「俺のメッセージはつたわったようだな、デスグリーン! 安心しろ、人払ひとばらいはませてある。俺たちが雌雄しゆうけっするには最高の舞台ぶたいだ!」


 一方いっぽう褐色かっしょくはだにうっすらと汗をかべた好青年こうせいねんであった。

 まっすぐなひとみには正義のたましい宿やどり、紅蓮ぐれんの炎があつえたぎっている。


「わざわざのご指名しめいどうも。俺の指名料はお前の安月給やすげっきゅうじゃはらえねえよ」


 もう一方は不健康そうな顔をした眼鏡の青年であった。

 よごれきった瞳は泥沼どろぬまのようによどみ、深淵しんえんよりもなお深い闇をたたえている。


「そういうわりにはさそいに乗ってくれたんだな! まずは感謝するぞデスグリーン!」

「売られた喧嘩けんかは買わない主義なんだが、生憎あいにくと上司の前ではことわり切れなくてね」

「そのくちぶり、まるでグリーン……林太郎の生きうつしだ。林太郎を殺した罪はつぐなってもらうぞ!」

「それについてはお前も共犯きょうはんだ、とだけ言っておこう」


 義憤ぎふんられる烈人とは対照的に、林太郎をき動かしているものは私怨しえんであった。


 どこまでも相容あいいれないふたりにも、共通していることがひとつだけある。

 おたがいに相手を完膚かんぷなきまでにぶちのめしてやりたいと、切にねがっているということだ。



「「ビクトリーチェンジ!!」」



 ふたりの男のごえかさなった。

 それと同時に彼らの身体は赤と緑の光に包まれる。



「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! 正義の鉄拳てっけんでお前をただす!!」

「“平和”を愛する緑の光、デスグリーン。俺の平和・・・・のためにくたばれ」




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