第二十五話「絡繰将軍タガラック」

 ヒーローの朝は早い。

 勝利戦隊ビクトレンジャーのリーダー、暮内くれない烈人れっとの一日は半袖はんそでから始まる。


「今日もバッチリ決まっているな!」


 烈人は鏡を見つめながら、満足げに引きまったうでをパチンとはたいた。

 褐色かっしょくの肌にはうっすらと汗がにじんでいる。

 原理は不明だがこの男がいるだけでなぜか室温しつおんが一〇度ぐらい上がるのだ。


 まるで真夏の茅ケ崎ちがさき、海の家での光景のように見えるが、おどろくなかれ世間一般ではすでに十二月もなかばを過ぎている。

 東京はこの冬一番の冷え込みで最低気温はゼロ度を下回った。

 どれほどの健康優良児であっても、半袖で屋外おくがいを出歩くなど狂気きょうき沙汰さたである。


「ふんっ! ふんっ!」


 そんなことはお構いなしに、烈人は近所の公園で日課にっかのトレーニングにはげんでいた。

 ヒーロー学校時代からこの公園に通い始めて、かれこれ三年がとうとしている。


 子供たちに元気に挨拶あいさつをしまくった結果、地域の回覧板かいらんばん不審者ふしんしゃ騒動そうどうが起きたこともあった。

 鳥や猫が勝手にだんを取りに集まってくるので、近所の人から『野生動物に餌付えづけをしている男がいる』と通報されたこともあった。

 親友や後輩をかたぱしから休日トレーニングにさそった結果、当日になって誰も来なかったこともあった。


 ヒーローとはえてして孤独こどくなものである。

 そしてその親友、栗山林太郎は、もういない。


 林太郎だけではない。

 ビクトブルー・藍川あいかわジョニーは全身で六〇箇所の骨を折って、現在は面会謝絶めんかいしゃぜつである。

 ビクトピンク・桃島ももしまるるは急性きゅうせいストレス障害しょうがい発症はっしょうし、ゾンビという単語を聞くだけで嘔吐おうとするようになった。

 ビクトイエロー・黄王丸きおうまるはわずか二日で八〇キロも減量し、今は点滴てんてき生活を送っている。


 愛すべき仲間たちは、たったひとりの怪人によって壊滅させられてしまった。

 その者の名は、極悪怪人デスグリーン。


「うおおおおオッ!! 絶対にゆるさんぞデスグリーンッッッ!!!」


 怒りの声は早朝そうちょう四時の公園にこだました。

 烈人は騒音そうおんの通報を受けた警察官から通算十五回目の厳重げんじゅう注意を受けた。




 …………。




 怪人の朝は早い。

 極悪怪人デスグリーンこと、栗山林太郎の一日は生命の危機から始まる。


「あぶねええええぇっっ!!!」


 となりでぐーすかと寝息ねいきを立てる少女のするどい牙から間一髪かんいっぱつで逃れた林太郎は、鏡で自身の疲れ切った顔を見つめて大きなめ息をついた。

 不健康そうな肌にはじっとりと脂汗あぶらあせがにじんでいる。


 毎夜まいよベッドに忍び込むサメ怪人のせいで、最近めっきり寝不足ねぶそく気味ぎみなのである。


 一度ガツンと言ったほうがいいのかもしれないが、追い出して泣かれでもしたら周囲からまた女の敵とそしられる事態はまぬれない。


「「おはようございますデスグリーンさま」」

「ああ、おはよう……って誰あんたら!?」


 突然とつぜん声をかけられ、林太郎のただでさえ高かった心拍数しんぱくすうがさらにね上がった。

 自分の寝室に見知らぬ男女が立っていたら誰でも驚くだろう。


 男はビシッと決まった燕尾服えんびふくを、女はたけの長いメイド服を着ている。

 そしてふたりの顔はまるでライン工場で生産された精巧せいこうな人形のようによく似ていた。


「わたくしは執事しつじ怪人バトラム」

「わたくしは給仕きゅうじ怪人メイディ」

「「絡繰からくり将軍タガラックさまのつかいでございます」」


 タガラック……その名に林太郎の背筋せすじこおりつく。

 アークドミニオン三幹部さんかんぶ一角いっかくにして機械系怪人をたばねる首領ドン

 そしてドラギウス総帥そうすい以外で、林太郎の“正体”を知る、唯一ゆいいつの怪人。


 いまもっとも警戒けいかいすべき相手である。


「いやそもそも、勝手に部屋に入ってこないでもらえませんかね……」

「お邪魔ということであれば、わたくしどもは部屋の外で待機しております」

存分ぞんぶんに“お世継よつづくり”におはげみくださいませ」

「まあ待ちたまえよ君たち。その誤解はよくないな、実によくない」


 林太郎はいたかたなく、ふたりの怪人にうながされるまま支度したくを整えた。


「シャワーの用意ができてございます」

「タオルとえのおものでございます」

「こちらに新しい眼鏡めがねを用意してございます」

「朝食は岩手いわて県産の焼きざけと、わさび味噌汁みそしるでございます」


 かつてこれほどまでに充実じゅうじつした朝があっただろうか。

 使用人しようにんをはべらせる資産家しさんかの気持ちもわかろうというものだ。


 林太郎はふたりに連れられ、アークドミニオンの地上行きエレベータに乗り込んだ。

 ちなみにサメっちはまだ寝ていたので置いてきた。


 これから自分の正体を知る人物に会うのだ。

 サメっちがいれば話がややこしくなることは間違いない。


「ちょっと待って、どこまでがるのこれ?」


 エレベータは地上一階を通過し、どんどん高層こうそう階へとのぼっていく。

 そして液晶えきしょう掲示板けいじばんの表示が最上階をしめしたところでようやく止まった。


 東京で最も高いビル。

 その最上階を訪れる機会など、当然のことながら林太郎の人生史上初しじょうはつである。


 足音あしおとがまったく響かない絨毯じゅうたんに、顔がうつるほどみがかれたかべ

 “会長室”と書かれた重厚じゅうこうなプレートは、もはや材質ざいしつがなんなのかさえわからない。


 執事とメイドはぐちの前にひかえ、林太郎に入室にゅうしつうながした。


「失礼します……」


 林太郎がおそるおそる部屋に入ると、会長室のおくに、都内とない一望いちぼうできるパノラマビューをにしたひとりの男の姿があった。


「待っていましたよ、栗山林太郎くん」


 その男、多賀たが蔵之介くらのすけといえば、政財界せいざいかいうとい林太郎でもその名前と顔ぐらいは知っている。


 戦後せんご急成長をげた日本四大財閥よんだいざいばつ筆頭格ひっとうかく多賀財閥たがざいばつ前身ぜんしんとした超巨大グループ。

 通称つうしょう『タガデン』は総合電化でんか製品にはじまり、銀行や製薬せいやく、生命保険から自動車産業まで幅広はばひろ分野ぶんやで世界をリードする超一流企業きぎょうグループだ。

 グループ全体の総売そううげは、なんと日本のGDPの約一割に匹敵ひってきする。


 その『タガデン』をひきいる最高責任者が、この多賀蔵之介会長である。


「こうして直接はなすのははじめてかな。私が絡繰からくり将軍タガラックだ」


 日本経済の一割をにぎる男の口からそんな言葉が出てくる。

 もはや悪い冗談じょうだんとしか思えない状況であった。

 林太郎としてもどう返せばいいかわからない。


「……はあ、どうも」

「待っていましたよ、栗山林太郎くん。こうして直接話すのは初めてかな。私が絡繰将軍タガラックだ」

「それはさっきも聞きました」

「待っていましたよ、栗山……クリ……クリリリリリリリリリリリ」


 ボンッ!

 という破裂音はれつおんとともに、日本経済を牛耳ぎゅうじるドンの頭から煙がき出した。


「ありゃ、スピーカーがイカれおったわい。うーむ、いかんのー。やっぱり“ラ行”が続くと弱いのー。そうじゃ、おい林太郎、おぬし改名かいめいせい」


 バグった多賀蔵之介会長のかげから、ひとりの不遜ふそんな幼女が現れた。

 長すぎる白衣はくいを引きずり、としはせいぜい一〇歳かそれ以下に見える。


 日本ではめったにお目にかかれない金髪碧眼きんぱつへきがんと信じられないほど可愛かわいらしくととのった顔立かおだちは、さながら動くフランス人形といったところだ。


「クリリンとかどうじゃ、チョベリグじゃろ」

「絶対に嫌です」

「なんじゃつまらんのー。おぬし、ちとユーモアが足りんのー」


 祝賀会で遠目とおめに見ただけだが、林太郎はこの幼女に見覚みおぼえがあった。

 この幼女こそが機械系怪人のちょうにして、アークドミニオンの大幹部――



あらためて、わしが絡繰からくり将軍タガラックじゃ。会いたかったぞ人間」



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