第十七話「屍の山の頂点に立つ男」

 栗山林太郎は正義のヒーロー、ビクトグリーンである。


 誰よりも平和を愛し、平和を乱す者には一切の手心てごころを加えない。

 それが栗山林太郎という男の、ヒーローとしての矜持きょうじであった。


 それゆえ多くの怪人から恨みを買っていることは、今更改めて説明するまでもない。


「くたばれぇビクトグリーンおらウィッッ!!」

「ビクトグリーンめッ! このビクトグリーンめッ!!」

「チェストォーッ! ビクトグリーンにチェストーーッ!!」


 ここはアークドミニオン地下秘密基地の奥深く、ザコ戦闘員の訓練用施設である。

 黒いタイツにマスク姿の戦闘員たちが、林太郎の顔が描かれた人形をボッコボコにしていた。


 ちなみに元来、ヒーローの素性すじょうは個人や家族の安全を守るため秘匿ひとくされている。

 しかしデスグリーンの顔がビクトグリーンと生き写しであることは、先日の水族館での騒ぎをサメっちが喧伝けんでんしまくったため今やアークドミニオン中に知れ渡っていた。


「死ねェーッ! ビクトグリーンはもう死んでるけどかさねて死ねェーーーッ!!」

「このビクトグリーンがッ! このゴミキメラ野郎がウィッ!!」

「ビクトグリーンなんかこうだ! こうしてこうして、こうだウィッ!!」


 そんな鬼気迫ききせまる様子を真顔で見つめる男がいた。

 ビクトグリーンこと、栗山林太郎ご本人である。


「いつ見ても迫力あるッスねえ、どうっすかアニキ?」

「どうと言われても、なんなのコレ? 拍手はくしゅでもすればいいの?」

「アニキには、今からみんなの相手をしてもらうッスよ」

「「「「「ウィーーーーッ!!!」」」」」


 どうしても見てほしいものがあると、サメっちに誘われ連れてこられた地の底。

 これから林太郎は、むくつけき三〇人ものザコ戦闘員たちに襲われるらしい。


 一緒に連れてこられた湊に至っては、小さくなってブルブル震えている。


「りりり、林太郎。おまおま、お前のとうと犠牲ぎせい終生しゅうせい忘れないとちかおう」

「そうやって俺の尻をあわれみの目で見るんじゃない! どういうことか説明してくれるかなサメっち?」


 サメっちいわく、剣山怪人ソードミナスとの戦闘を繰り広げる林太郎の動画が、アークドミニオン内で出回っているらしい。

 それを見たザコ戦闘員の教導係きょうどうがかりから、是非ともザコたちの指南しなんをしてほしいと頼まれたのだという。


「サメっち、次回からそういうことは出発前にちゃんと共有しておこうね」

「はぁいッス」

「わかればよろしい。そういうことならさっさと終わらせよう」


 そう言うやいなや、林太郎はサメっちから手渡された木刀を構えた。

 流れの上で仕方なくとはいえ、まさか現役ヒーローが悪の組織のザコ戦闘員に稽古けいこをつけることになろうとは。


「しっかし……似てるウィ……」

「ああ……ビクトグリーンにそっくりウィ……」

「本物のビクトグリーンを頭からむさぼり食ったらしいウィ……」


 同じように木刀を手にしたザコ戦闘員たちが、口々にそんなことを言う。

 似ているもなにも本人そのものなのだが、彼らからしてみればいきなり練習用の的にたましいが宿ったようなものだ。

 いざ手合わせといったところで、戸惑うのも無理はないだろう。


(けどまあ、そのほうがこっちとしても楽だな。打ち合い稽古げいこなんかで怪我してたまるかっての)


 七つの組織を壊滅させた林太郎にとって、ザコ戦闘員の相手など慣れたものであった。


 ほとんどのザコは、ヒーローが放つ殺気だけでおびえすくむものだ。

 軽くおどしの言葉を投げかけるだけで決着がつくことだってある。


「おう、軽い怪我で済むと思うなよ、十把じっぱひとからげの三下さんしたども」

「ひえぇぇ……いざ立ち合ってみるとおっかないウィ……」

「お、おおお、お手柔てやわららかにお願いしますウィ……」

「あわわわわ……俺すこしらしちゃったかもウィ……」


 林太郎の目論見もくろみ通り、ザコ戦闘員たちは完全に委縮いしゅくしきっていた。

 これならたいした怪我もなく終われそうである。



 しかしそのとき。

 およごしのザコ戦闘員たちの様子を見かねて、サメっちが口を開いた。


「フッ……アニキの真意しんいみ取れるのはやっぱり、一番舎弟のサメっちだけみたいッスね……」


 よからぬ予感に、林太郎のまゆがピクリと動く。

 そんな林太郎を差し置いて、サメっちは彼のあずかり知らない“真意”を語り始めた。


「いいッスか? アニキはわざと、ビクトグリーンの格好をしているんッスよ」

「なんと!? いったいなんのためにウィ!?」

「それはずばり……みんなの戦闘意欲やるきを高めるためッス!!」

「「「な、なんだってウィーッ!?」」」


 林太郎と戦闘員たちの声が、綺麗にハモった。


 デスグリーンは、あえてにくきビクトグリーンの姿をとっている。

 ザコ戦闘員たちにとってそれは、雷を落とされたような衝撃であった。

 そしてひとり、またひとりと静かに涙を流す。


「そうか……デスグリーンさんは俺たちにヒーローへの殺意をたぎらせるため、わざとあのお姿をされているんだウィ……!」

「自ら進んでうらみを買うことで、みんなに気を引き締めろとおっしゃっているんだウィ……なんという尊い自己犠牲の精神なんだウィ……」

「心を鬼にした叱咤激励しったげきれい、その修羅しゅらがごとき心意気こころいき! 我々はデスグリーンさんの気持ちに全力でこたえなければならないウィッッッ!!!」


 ザコ戦闘員たちは木刀を捨て、剣やら槍やら斧やらとにかく殺傷力が高そうな武器を手にした。

 黒タイツ&マスクの内側で、の炎がメラメラと燃え上がる。


「やってやろうウィ野郎ども! デスグリーンさんの胸を借りるつもりでウィーーーッ!」

「「「「「ウィーーーッッッ!!!!」」」」」


 ザコ戦闘員たちのボルテージは最高潮に達していた。

 たとえ腕の一本や二本千切ちぎれようとも、ビクトグリーンの喉笛のどぶえを食いやぶらんとする覚悟がそこにはあった。


 真顔の林太郎に対し、サメっちがグッと親指を立てる。


「アニキ、さすがッス! サメっちは魂が震えたッスよ!」

「サメっちには後でアニキから大事なお話があります」



 手に手に狂気的な凶器を構え眼前がんぜんに迫る、約三〇名のザコ戦闘員たち。


 林太郎にとっては見慣れた光景であったが、その熱気たるやまるで貴族社会に対して革命かくめいを起こした市民隊そのものだ。


 彼らのたましいはいま、義憤ぎふんの炎に燃えている。


「ウィーーーッ!!」

「あぶねぇなっ、このっ!」

「ヴィッ……!?」


 目の前に迫る長槍の白刃はくじんを皮一枚でかわし、林太郎の木刀がザコ戦闘員のみぞおちを的確に射抜いぬく。

 返す刃で長槍を奪い取ると、林太郎は続けざまにその石突いしづきで詰め寄る三人のひたい小突こづいた。


「おぉーっ、アニキかっこいいッス! ひゅーひゅーッス!」

「やはりすごいな林太郎。いったいどんな修行を積めばそこまで強くなれるんだ?」

「チョモランマで虎とモンゴル相撲ずもうを取ったとでも言えば満足してくれるかな!?」


 外野のサメっちと湊が茶々を入れるが、三〇人もの戦闘員に殺到さっとうされる林太郎にはほとんど余裕と呼べるものがなかった。

 なにせ倒したはずのザコ戦闘員が、気力でよみがえってくるのだ。


「うぅ……こんなところで倒れるわけにはいかないウィ……デスグリーンさんのためにも!」

「そうだ……確実に息の根を止めるつもりで、かからないとウィ……デスグリーンさんのためにも!」

「頼むから俺のためにさっさと倒れてくれよォッ!」


 魂の叫び声が、アークドミニオン秘密基地にむなしくこだまする。


 林太郎は肉薄にくはくするおの紙一重かみひとえでかわし、地面に刺さったところを踏みつけた。

 そのまま勢い任せに、ザコ戦闘員の顔面を蹴り上げる。


 もはや手合わせというよりも、時代劇の大立おおたち回りといった様相ようそうであった。

 もちろんザコ戦闘員たちも、一方的にやられているわけではない。


「倉庫にあったマシンガンも持ってこーいッ! 戦車も出せウィーーーッ!!」

「「「「「ウィーーーーーッッッ!!!!!」」」」」

「ちくしょうこうなりゃヤケだ! かかってこいやクソザコどもがァーーーッ!!」

「さすがデスグリーンさん! ロールプレイも完璧だウィ!」

「うるせェ! 全員まとめて地獄送りだァーーーッッッ!!!」




 一時間後。



 周囲に散らばる無数の折れた剣、おしゃかになったマシンガン。

 炎を上げて沈黙する戦車、そして大地に倒れ伏すザコ戦闘員たち。


 山と重なった残骸ざんがいしかばねの中心に、満身創痍まんしんそういの男が立っていた。


「はぁ、はぁ……生きてる……俺、生きてる……!」

「……みんなのために、最後まで人間態を貫くなんて……デスグリーンさん、俺ぁ一生アンタについていきますウィ……ガクッ」


 肩で息をする林太郎の足元で、最後のザコ戦闘員が意識を失った。

 それに重なるように、林太郎もバターンと倒れ込んだ。



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