第四話「ビクトグリーン死す」

 林太郎の荷物から転がり落ちたビクトリー変身ギア。

 誰がどう見ても林太郎の持ち物である。

 そしてここは数十人の、それもビクトグリーンにうらみを持つ怪人ばかりが一堂いちどうつどう悪の秘密基地である。


 それまで騒がしかった怪人たちが、まるで水を打ったようにしんと静まり返った。


「わわーっ! ごめんなさいッス! ふうよかったッス、マグカップは無事ッス」


 それは僥倖ぎょうこうだが、もはやそれどころの話ではない。


「……アレって、ビクトレンジャーが変身するときの……?」


 誰かがそう言ったのを皮切りに、動揺どうようの波がうねりを上げてひろがった。

 抜き身の槍のような視線が次々と、もう空いているスペースなんてないほどの密度で林太郎に突き刺さる。


(やばいやばいやばい考えろ考えろ考えろ! そうだこれはレプリカだ、憎きビクトレンジャーを研究するために俺が自作したということにすれば)


 万が一の際に個人の身の安全を守るため、ヒーローの正体は原則として非公開だ。

 彼らはまだ林太郎がビクトグリーンであるという確証を持っているわけではない。

 なんとか誤魔化ごまかしてこの場を乗り切る他に、生き残るすべはない。


「あの、みなさん落ち着いて聞いてください。これはですね……」


 林太郎が苦しい言い訳のために口を開いた、まさにそのときであった。



 ピピピポポポピッ!


『あー、もしもしグリーン? 俺だ、レッドだ。もう網走に着いたか? いや心配してるとかじゃないんだけどさ、この前借りた千円返しそびれちゃったなって。また今度こっちきたときに牛丼とかおごってやるから早く帰って来いよ』


 説明しよう!

 ビクトリー変身ギアには仲間との通信機能がそなわっているぞ!

 たとえ地下数千メートルだろうが、大気圏外たいきけんがいだろうが、火星の裏側だろうが問答無用で繋がるスグレモノだ!


「レッド? やっぱりあれは本物のビクトリー変身ギアなのか……?」

「……それより今、グリーンって……」

「あいつ、まさか……そういや見覚えが……」


 滝のような冷や汗が、林太郎の鼻下まで落ちた眼鏡をらす。

 脳裏をよぎるのは若き日の記憶。


 小学一年生の冬休み、サンタクロースにふんした父親を不法侵入の罪で警察に突き出したこともありました。

 中学二年生のバレンタインデー、チョコをひとつも貰えなかった腹いせに下剤げざい入りのチョコを学年中の男子の下駄箱に入れたこともありました。

 ヒーロー学校の学年別体育祭、大人げなくトリプルスコアをつけて後輩の女の子を泣かせたこともありました。


『おーい、もしもーし? あれー? 繋がってるはずなんだけどなあ。グリーン? 聞こえていないのか? どうなってんだコレ?』

「もし……もし?」

『おお、聞こえているんじゃないか。どうだ網走は? 寒いか? ってまだ着いてないよなさすがに。天気予報でやってたけど北海道すごく寒いらしいぞ。マイナス一〇度だって』


 スピーカーを通して、あっけらかんとしたレッドの声が響く。

 怪人たちが林太郎を見る目は、もはや氷点下などどいう生易なまやさしいものではない。


「お……俺は……、グリーンじゃ……ない」

『はあ? なに言ってんだよクリ……グリーン?』


 それは苦しまぎれの一言であった。

 しかし林太郎に、もはや残された道はない。


「ふ、ふははははは! 残念だったなビクトレッド! このビクトリー変身ギアはたしかにビクトグリーンのものだが、俺はビクトグリーンではなあーい!」

『なんだって!? 貴様何者だ! クリリンをどこへやった!?』

「我が名は泣く子も黙る“極悪ごくあく怪人デスグリーン”さまだあー! ビクトグリーンは既に俺の腹の中だあー! そうさあー! 俺がビクトグリーンを始末してやったのさあー!」


 林太郎はギリギリと痛む胃をおさえながら、精いっぱいのダミ声を張り上げた。

 その腹の中に収まっているのはビクトグリーンではなく、今朝コンビニで買って食べた焼きおにぎりである。


「ふははははー! だからこのビクトリー変身ギアを俺が持っていたところでぜんぜん怪しくないのだあー! だって俺は怪人デスグリーンなのだからあー! ではそろそろ通話を切るぞおー! 寂しくなったらまたかけてくるがいいー! ふはははー! はは……」


 林太郎はおそるおそる怪人の面々を見渡した。


「ぶ……」


 林太郎ふくめその場にいた全員が石のように固まる中、最初に口を開いたのはアークドミニオン総帥ドラギウス三世であった。


「ブラアアアアアボオオオオオオオオオオオオオオオウッッッ!!!!!!!!!!」


 湧き上がる歓声。

 どこからともなく舞い散る紙吹雪。

 空を飛んで喜びを表現するもの。

 分裂した手足でジャグリングを披露ひろうするもの。

 感激のあまり泣きすぎて硫酸りゅうさんの涙で床を溶かすもの。


 その日急遽きゅうきょ執り行われた秘密結社アークドミニオン主催の“怨敵おんてきビクトグリーン抹殺まっさつ大成功おめでとう大祝賀会&極悪怪人デスグリーン様大歓迎会”は深夜まで続いた。


 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会で60型の液晶テレビをもらった。


 極上スイートルームをあてがわれた林太郎は、ヒーロー下宿よりふかふかのダブルベッドで朝まで泣いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る