第五話「侵略するサメ怪人」

 重いまぶたを開くと真っ白な天井が見えた。

 頭が痛いのは昨夜遅くまで続いたうたげのせいか。

 それともあまりにも色々なことが起こりすぎて脳が追いついていないのか。


「ここは、そうか。俺、悪の組織に……」


 林太郎はぼんやりと昨日のことを思い出していた。

 一見すると豪華ホテルのスイートルームのようなこの部屋も、敵の秘密基地内だと思うと気が滅入めいる。


 いっそこのままずっと眠っていようか。

 林太郎がそう思ってベッドに身体からだを横たえたまま部屋を見渡すと、大きなトラバサミが目に入った。


 ……トラバサミ?

 林太郎がそう疑問に思った瞬間。

 鋭くとがった刃が林太郎の顔面目がけて勢いよく閉じ――


 ガッチィンッ!!


「あっ……ぶねぇ!!」


 すぐ目の前ほんの数センチで、研がれたナイフのような牙が交差する。

 林太郎は思わずライオンを見つけたシマウマのように飛びはねた。


 あるじを失ったキングサイズのベッドでは、牙をガチガチと鳴らしながら少女が寝息を立てていた。


「うみゅん、もう食べられないッスぅ……」


 今まさに食べられそうになったのだが。

 昨夜の記憶は曖昧あいまいだが、どうやらサメっちは林太郎が寝ているあいだにもぐりり込んできたらしい。



 起き抜けにとても嫌な汗をかいた林太郎は備え付けのユニットバスでシャワーを浴びることにした。


 昨夜の悪夢を振り払うように、熱いお湯を頭からめいっぱい浴びる。

 ちなみに林太郎がいたヒーロー下宿ではシャワーは共用で水しか出なかった。

 そう思うと怪人がこれほど恵まれた環境で生活しているという事実には、もはや乾いた笑いしか出てこない。


 だがいかに住環境じゅうかんきょうが整っていようがここは悪の本拠地。

 数多の凶悪で無慈悲むじひな怪人どもが巣食すく魔窟まくつである。


 林太郎は一刻も早くこの窮地きゅうちから脱出し、ヒーロー本部に戻らねばならない。

 そして林太郎の邪悪な頭の中にはそのための計画がすでにいくつか浮かんでいた。


「やるなら早いに越したことはねえ、いっちょやるか……」

「はい、タオルッス」

「ありがと……ヒヤアアアアアアアアアアア!!!」


 きぬを裂く乙女のような悲鳴が林太郎の口から出た。

 頭ふたつ低い背丈にあわい髪色、どこからいたかサメっちがそこにいた。


「お前なにやってんだこんなところで!」

「お背中を流そうかと思ったッス」


 そういうサメっちが手にしているのは鮫皮さめがわおろしがねであった。


「そんなので流されたら血まみれになるわ! てかなんか着ろよ!」

「お風呂場で服を着るのはマナー違反だってお姉ちゃん言ってたッス!」

「そりゃそうだけれども、そもそも入ってくるなよ!」


 そりゃあ一糸いっしまとわぬ女の子がシャワー中にいきなり入ってきたら男なら誰でも驚く。

 それも牙を生やした凶悪な怪人ヴィランともなればなおさらである。


 なにより、生まれたままの無防備な姿であるのは林太郎も同じなのだ。

 そりゃあもうしっかりと、両のまなこでこれでもかと、ご覧になられていたわけで。


 いくら相手が怪人であるうえ子供だとはいえ、いや子供だからこそか。

 人間だろうが怪人だろうがこんな状況はお互いに教育上も精神衛生上もよろしくないに決まっている。


 林太郎はサメっちを極力見ないように、タオルだけそっと頂戴してシャワールームをあとにした。


(くそっ、どうあっても俺をひとりにしない気か。怪人どもめ、やっぱりまだ俺を信頼しちゃいないってことなんだろうな……)


 さしずめあの少女は監視役といったところかと、林太郎はれた髪を乾かしながら警戒心を強める。


 一見いっけん人畜無害じんちくむがいそうな顔をしているがサメっちだって怪人なのだ。

 そのはらうちにどんな邪悪がひそんでいるかわかったものではないだろう。


 それにまさか風呂場にまで入り込んでくるとは、さすがにこれほど監視の目が厳しくては脱出計画も練り直さざるをえない。

 荷物の中に何か使えるものがあったはずだと、今や唯一の自分の持ち物であるキャリーバッグを開く。


 するとそこには……。



 少なくとも持ち主の林太郎は未だかつて見たことのない、コードと基盤が並んでいた。


 なんだこれは? などと考える余地よちもない。

 なぜならご丁寧ていねいに、大きくひらがなで「ばくだん」と書いてあるからだ。

 しかも一回漢字で書こうとしてあきらめた痕跡こんせきがあった。


「ばく……だん? ばくだんってあの爆弾?」

「ありゃ、もう見つけちゃったッスか? んもう!」

「いやコレそんなクリスマスプレゼントみたいなノリで扱う代物しろものじゃないでしょ。なに人の荷物を勝手にテロリスト仕様にしてくれちゃってんの?」

「サメっちは気のく女ッス。さっそく“例の作戦”に使うと思って、あらかじめ爆弾を作っておいたッス」

「例の作戦……?」



 初耳である。




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