第7話 捕食者の如く

〈航路監視衛星137号、通信途絶。不正アクセス警報発令。量子回線、物理的遮断〉


 銀色の物体が画面いっぱいに拡大した瞬間、ブラックアウトした。その立体表示ホログラムスクリーンは真っ黒となり何も表示しなくなった。


「これで13機めか……」


 木星行政府、ガニメデ危機管理オペレーションルーム――――

 深海のようなダークブルーの色彩に覆われた空間、そのあちこちに光を放つ球体が浮遊している。よく見ると球体の中には様々な映像や数値データが表れている。立体表示ホログラムスクリーン群だ。その周囲では何人もの人々と支援サポート自動機械オートマトンが動き回っている。その中心にリウ木星行政府司政長官が座っていた。彼の目の前には真っ黒となったスクリーンが浮遊している。彼は無言でそのスクリーンを見つめていたがやがて口を開いた。


「スオウ群長、ヘクトルまでもう光速反応圏なんだな?」


 真っ黒となったスクリーンが瞬く間に縮小、その右側に新たなスクリーンが出現し、その中に浅黒い肌をした黄色人種モンゴロイドの男の顔が出現した。彼は直ぐに話し始めた。


『ほぼ30万キロの位置に到達しています』


 言葉と同時にその映像が表示された。彼の顔は縮小、代わりに異形の群れが大きく映し出された。


『ヘクトルを周回する宇宙望遠鏡が捉えた望遠映像です』


 幾つもの銀色の物体が映っている。水晶か或いは雪の結晶を思わせる形状をしたものが整然と並んでいた。その中心に涙滴型物体が見えた。


斥候スカウト1号……」


 リウは自覚しているのか否か不明だが、歯軋りをしていた。彼は目を閉じ、頭を俯けた。その姿勢のまま話し始めた。


「スオウ群長、全ての宇宙機は斥候スカウトとの光速反応圏から退避させているな」


 スクリーンの男――スオウと呼ばれた〈木星行政府・ギリシア群管理長官〉は頷く。


『はい、指示通り13機めの監視衛星以外は全て軌道を変更、斥候スカウト船団からは退避させています』


 リウは無言のままスクリーンを見つめるだけだった。


「それにしても、接近する全ての宇宙機を支配してしまうとは……」


 新たなスクリーンが出現、そこには小型の探査機が映し出されていた。画面の右下に〈再生〉との表示、時刻は5時間前になっていた。リウが操作し、記録映像を映し出したのだ。彼の目が険しくなる。

 画面には右方向から接近する探査機が見えていた、これもヘクトルの宇宙望遠鏡が捉えた望遠映像になる。探査機は何事もなく進行していたが――――


「ここか……」


 突如探査機の飛行姿勢が乱れた。左右に大きく揺れ始め、同時に回転を始めたのだ。まるで嵐の海上の小舟のようなものにも見える。制御を失った瞬間だ。スオウ群長が説明した。


『その時点で探査機はあらゆる制御信号を受け付けなくなっていました。そして不正アクセス警報が出て、量子回線の物理的遮断処置、以後は見たままです』


 それは目を瞠る光景だった。斥候スカウト1号の一部――頭部の左側が大きく膨れて中から銀色の突起が伸び出てきたのだ。それはグングンと細長く伸び、終いには斥候スカウト1号本体よりも長くなった。そして千切れるように斥候スカウトから離れた。その直後、突起――と言うより、槍のような形状となったものは加速を開始し、一気に探査機に到達した。到達と言うよりも突き刺さったと言うべきだろう、減速することなく探査機を刺し貫いたのだ。

 いわゆるミサイルのようなものか? 接近したものを迎撃したようにも見えたが、ところが違っていた。探査機は貫かれたが爆発・破壊されることはなかった。銀色の槍が串刺しになったままとなっていた。そして異様な光景が始まった。


「食虫植物の捕食のようなものだな」


 探査機の両サイドに出ていた槍の先端が分かれて拡がった。まるで花弁が開花くような様子だった。それが大きく拡がっていき、左右から探査機を包み込んでしまった。


「いや、地球の食虫植物とは全然違うか」


 探査機を包み込んだ“花弁”は暫く蠕動するような動きを見せていたが、やがて静止、そして内部から水晶のような突起が幾本も飛び出てきた。


「探査機の形状は影も形も残っていないな。水晶が突き刺さったラグビーボールみたいな……」


 それだけ言ってリウの言葉は途切れた。彼はあるものを思い出したのだ。


 ――そう言えば、エンケラドゥスの内部海で発見されたものがラグビーボール状の形をしていたな……


 そこから全てが始まったのだ。


 彼はスクリーンの表示を変える。ライブ映像に切り替えたのだ。複数の倍率で捉えた斥候スカウト船団が映されている。

 中央に涙滴型の斥候スカウト1号、その前後にヴァジュラユニット本機とサブユニット、更にその周囲に大小様々なサイズの水晶体――これはヴァジュラユニット以降に接近探査を行った探査機の成れの果てだ。これらは全て斥候スカウト1号の不正アクセスを受けて制御不能となり、その後に槍のようなものを撃ち込まれて以後は水晶の突き刺さったラグビーボールみたいなものへと変貌したものだ。


「ヴァジュラユニットだけは元の形状を残しているか……」


 ユニットの3機は機体本来の形状を維持している。但し表面のあちこちに銀色の物質が見られ、一部には水晶を思わせる突起が出現していた。


『それは機体の大きさが関係しているのではないかと思われます』


 あるレベル以上のサイズとなると“包み込む”ことはできず、本来の形状が残されたのだと想像されたが、根拠はない。ヴァジュラユニットは他の探査機よりもずっと大きかった。ただ、それらは人類側の制御からは完全に離れたのは確実だ。


斥候スカウトはあの槍を撃ち込んでユニットや探査機を支配下に置いたと見るべきだな。いや、支配はそれ以前の不正アクセスで成立していたか?」

『想像でしかありませんが、“槍”は支配をより強固にするものなのかもしれません。或いは自身により近い構造にして制御の精度を上げるためだとか……』

「フム、いずれにせよ制御は確立している……か」

『はい、あの編隊を組んでいるとしか思えない飛行は、斥候スカウト1号による制御の結果かと思われます』


 斥候スカウト1号とヴァジュラユニット、探査機群の間では盛んにマイクロ波と赤外線波が流れているのが観測されている。通信のやり取りのようなものに見え、斥候スカウト1号による制御が確立していると思われた。


斥候スカウト1号はやはり宇宙機と考えるべきか?」


 ――つまり文明の産物か? だが、これは異文明のはずである地球人類の製造物に干渉している……そして支配に成功している。


「文明が違うのならば、その言語――記号・信号など情報伝達の手段・媒体は大きく――いや、全く違ってくるはずだ」


 ――となると、干渉以前に理解できるわけがないはずだ。破壊はできても、支配はできないはず。


「だが現実は見たまま。あれは地球人類文明の産物を支配した」


 ――何故か? 何故そんなことができたのか? 支配の手段が違うのかもしれない。


「例えばあの槍――若しくは水晶のようなものが物理的にヴァジュラユニットや探査機を造り変えてしまって自分たちと同じ構造物に変えてしまったとか……」


 ――うむ、構造変換の可能性はスオウも言っていたな。つまり斥候スカウト1号と同じ構造のものに変換させられたので制御も可能になったのかもしれない。その場合、ヴァジュラユニットや探査機群は材料にされたということになる。具体的なやり方は全く分からないが……

 いや、待て! “槍”以前に不正アクセスを成功させているのではないか。量子暗号化されたシステムに侵入し人類側から制御を奪っている。これは高度な技術――それも想像を絶するレベル――の成果と言えないか?


 リウは頭を振る。これは全て想像に過ぎないのだ。そもそも文明の産物だとまだ断言してはいけない。これは“捕食”の結果とも言える、“浸食”と言った方がいいか? あれ自体が一種の生命という可能性も――――

 彼の思考は中断させられた。


『長官、船団が加速を開始しました。ヘクトルとの光速反応圏に急接近、尚も加速を継続しています』


 映像内の異形の向こうに眩い光輝が幾つも現れていた。蒼白のそれからは強大な荷電粒子流の反応が観測されている。


「核融合プラズマ推進の焔か。ヴァジュラユニットや探査機が装備していた核融合機関は生きているんだな」


 ――それを制御し、使用している。やはり人類文明の製造物を操ることができている? そこまで思考して彼はあることに気づいた。


斥候スカウト本体は化学推進しかできないはずだが、船団の加速について行っているぞ?」


 彼は観測データの詳細に目をやる。


「いや……本体後部からも荷電粒子流の反応が出ている?」

『確かに……となるとあれも核融合プラズマ推進を行っているのでしょうか?』

「分からんな。シャトナー、何か分かるか?」


 リウは木星行政府・統括管理AIに呼びかけた。


〈荷電粒子は斥候スカウト1号本体自身から放射されています〉


 シャトナーは即座に返答した。シャトナーはこの時、ヘクトル以外にも多数接近する他の斥候スカウトに対する全天警戒観測と木星本星及びトロヤ群(太陽―木星間のラグランジュポイント5に存在)の防衛機構の制御にも集中しており、それは膨大な作業量のはずであり、リウに対応する余裕もなさそうに思えるが、淀みなく反応している。光量子AIの演算処理能力の高さ故ではある。リウはそれを理解している。


「――ということは……」

〈はい、あれもまた核融合プラズマ推進を行っていると思われます〉


 リウは首をかしげた。スクリーンのスオウもだ。


「何故だ? エンケラドゥスからここまでは化学推進で来ていたが、何故ここで?」

『そうですね。核融合が使えるのなら、ずっと効率が高いし、より早く当着できたでしょうし……』

〈判断するにはもっと材料が必要です〉


 リウとスオウは首を傾げるしかなかった。


 ――エンケラドゥスからのマスドライバーの射出による初期加速度の高さに目を奪われていたが、そもそも最初は半年程度は木星軌道に到達するのに要すると計算されていた。それが4カ月にまで短縮したのはいかにも異常だ。化学推進のみで達成できるものなのか? “現代”の人類の技術でも推進材の量次第では達成可能とのことだが、この点についてもっと検討すべきだったのかもしれない。

 その間、核融合プラズマ推進による加速を行うシーケンスがあったのではないか? だが――――


「いや、その場合、反応が捉えられていたはず。我々は斥候スカウト1号を常時観測していたのだから」


 荷電粒子流の反応などは一切観測されていなかった。となると何故木星軌道への到達は早まった? やはり化学推進だけでできたということか?

 答えは出てこない。


「くそっ、あいつは何者なのだ?」


 拡がる荷電粒子の焔は虚空に蒼白の華を拡げている。膨大な核反応の力が放たれているのが分かる。


『長官、このままでは直ぐにヘクトルに達します。どうしますか? これでは……』


 リウはスクリーンに映る計時表に注目した。それは残り10時間ほどでヘクトルに到達すると出ている。船団は真っすぐヘクトルを指していた。


「スオウ群長、職員の退避は完了しているな?」

『はい、全員射出ポッド型シェルターに避難させています』


 リウは頷く。


「うむ、観測・開発基地だけというのが幸いしたか。とは言え、人口は1000を超えているから楽ではない。それを1日ちょっとで完了したとはな、見事な手腕だ」


 ヘクトルは太陽―木星間のラグランジュポイント4に存在するギリシア群に存在する小惑星だ。これは長径370km、短径200kmの小惑星としては大きなものだ。

 人類は木星圏に到達して、ほどなくここにも観測・開発基地、及び職員スタッフのための居住スペースの建造に着手していた。大きな小惑星ではあったが、ここに大規模なコロニーは建造していない。重力環境が不安定で恒久的な居住圏としては相応しくなかったからだ。それでも観測・開発スタッフのための居住スペースは必要で、内部の一部をくり抜いてシリンダー構造の閉鎖環境型居住スペースを建造していた。

 この時点での観測・開発スタッフの人口は1000ほどに達していた。その人口を1日ほどで全て緊急時に使用するシェルターに退避させていたのである。斥候スカウトという未知の存在が接近する以上、当然の処置ではあるが、行動の迅速さにリウは感心したのだ。

 状況を確認したリウは次の指示を出した。


「スオウ群長、〈クリシュナキャノン〉のシールド緊急解除、使用を許可する」


 スオウの顔色が変わった。命令の重さが理解できるからだ。


『長官、あれ・・がどう捉えるか不明ですが、人類側から見ればそれは人類による明確な敵対的行為を意味します。よろしいのですね?』


 リウは目を閉じて深呼吸、そして応えた。


「なるほど斥候スカウト1号の意図は未だ不明で図れない。だが我が方には明確な損害が生じ、それは拡大すると思われる。よって我が方としては実力を持ってこれを阻止せねばならない。接近は危険であり、遠隔攻撃しか手段はない。コミュニケーションがどうしても成立しない以上、もはや選択の余地はないのだ」


 接触コンタクトの試みは全て無に帰した。斥候スカウト1号は一切応えることはなく、しかも人類の探査機を捕獲している。これを攻撃と捉えることは可能であり、急迫不正なる侵害として緊急的に対処すべしと判断できる。


「我々はまず生き延びなければならない。話し合うにしても、それからだ」


 スオウは頷いた。


『了解、〈クリシュナキャノン〉の起動を開始します!』


 そのまま彼の顔を映したスクリーンが消滅した。後に残されたのは“船団”を映したスクリーンだけ。リウは無言でそれを見つめる。


「長官、その……いいのですか?」


 暫くして彼に1人の女が彼に近づき話しかけてきた。危機管理オペレーションルームの行政府スタッフだ、まだ若い20歳そこそこの外見をしている。リウは何も応えなかったが、彼女は言葉を続ける。


「〈クリシュナキャノン〉は数少ない惑星間戦略兵器の1つ、迂闊な使用は他の行政府を刺激することになりますが……」


 リウは静かに息を吐き、彼女に応えた。


「状況は太陽系全域を対象とした全人類的危機だ。フェルミ事務総長が〈全種緊急事態宣言〉を出しているしな。私は惑星間戦略兵器の使用も許されるものと判断した。それは他の行政府も理解するはずだ。そうでなければ惑星間の行政府を率いることなどできん。それと……全行政府に通達しておいてくれ」


 それだけ言ってリウは言葉を終えた。スタッフの女は頷き、自身の担当端末の方に戻っていった。直ぐに量子通信回線を通して〈クリシュナキャノン〉使用の決定を他の太陽系行政府に通達した。

 リウは手元の端末を操作する。すると“船団”を映したスクリーンの隣に新たなスクリーンが出現、その中に幾つも異なった径の円筒が重ねられたものが映っている。円筒体の後方にはリングがあり、円筒体にケーブルのようなものが繋げられている。画面右下にライブとの表示、量子回線を通したリアルタイム映像だ。

 円筒の周囲では小さな輝点が盛んに動き回っているのが見える。またリングやケーブルでも激しく明滅する部分が見られる。これらが何らかの活動をする存在であるのは確実で、それもかなり激しい。


「〈クリシュナキャノン〉――人類が造り出した最強にして最悪の放射線兵器。現実に使用する時が来るとはな」


 そう呟くリウの目は虚ろだった。その目に斥候スカウト1号が映る。


 ――お前は何故応えない? 対話を伺わせる何らかの反応があればよかったのに……


 リウはため息をついた。


「何も分からない――か……知性の有無も不明だしな。あったとしても異星のそれは違い過ぎる――か……」


 違い過ぎる者同士の接触は、間もなく力の衝突を生み出す。その事実に、リウは暗澹たる気分になった。

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