さよなら、私の読者たち

常盤木雀

さよなら、私の仲間たち


 『かふぇらて』。『星空』。『早く寝る』。――私の最初の『読者』たちで、仲間だ。


 私は趣味で漫画を描いている。

 高校生までは、ノートにシャープペンシルで描いて、友達に読んでもらっていた。しかし、大学生になると、今までの友達と会うこともなくなり、描くことに張り合いがなくなった。ただ好きで描いていたはずなのに、見てもらえないことが悲しかった。幸いなことに時間はたくさんあったので、私はインターネットで漫画を公開することにした。

 最初は、漫画よりもサイトの構築の方に熱中してしまった。既存の投稿サイトではなくサイトを自作したのは、自分だけの世界観をつくれると思ったからだ。作り方を調べ、試行錯誤してどうにか完成させた。機能は簡潔だ。漫画を表示すること、感想を表示すること、感想を送るフォームがあること。感想はフォームから受け付けて、私が内容を確認してから手打ちで感想欄に表示させた。掲示板形式は、管理が難しそうだと思ったのだ。


 公開日は、どきどきして何度も解析ツールやメールを開いた。誰か見てくれただろうか、感想が届いていないだろうか、と期待しては、閲覧数ゼロ。まだ数時間だから、と自分に言い聞かせた。

 次の日も、また次の日も、閲覧数はゼロ。

 誰も私の漫画を見てくれなかった。


 ある時、漫画を更新してから、ふと思いついた。魔が差した、というのかもしれない。

 前話の感想部分に書き込みを加える。発言者は『星空』。

『三コマ目のポーズ、某広告に似てるよね』

 書きながら思っていたことだ。

 漫画と感想が表示されているページを見ると、他の誰かも同じように感じてくれているように思えた。


 それ以降、私は時々感想を書くようになった。

 『かふぇらて』さんは、少女漫画好きの女の子。ポジティブでお話を楽しんでいる感想をくれる。

 『星空』さんは、独創的な視点の女性。ふざけたことを言ったり、細かいところに気付いたりする。

 『早く寝る』さんは、年齢性別不詳な神出鬼没な人。厳しい意見や、時には「もしも~だったら……」というストーリーをくれる。

 三人の特色が分かってくると、「今回の話にはどんな感想が合うだろう」と考えるのが楽しくなった。他の人に読んでもらうという目的は、いつの間にか薄れていた。私は漫画を描くことと、三人の感想を考えることが、その創作自体が楽しかったのだ。三人は、私の漫画制作の仲間だった。


 読者の存在を忘れたころ、一通のメールが届いた。

『メールフォームより:面白かったです。続きも楽しみです。』

 初めての本物の感想だった。

 私は全てを放り出して、ベッドに飛び込んだ。そしてごろごろとのたうち回った。そうしなければ奇声を発してしまいそうだった。


 それを機に、少しずつ感想が届くようになった。解析ツールを見ても、閲覧数は増えていた。誰かが周りに紹介してくれたのかもしれない。

 今考えれば分かる。どこにも露出がないのに、個人サイトの漫画に行き着くわけがない。偶然辿り着いた人が、偶然私の漫画を気に入って、それをどこかで広めてくれなければ、誰も私のサイトには気が付かない。だから、人気が出たのは奇跡のようなものだった。


 ありがたいことに、人気が出た。感想がたくさん届くようになった。

 面白いことに、読者が集まってみると、漫画を目的とする人以外に他の人の感想を楽しみにしている人たちがいることが分かった。人気な感想を書く人は何人かいるが、そこには『星空』と『早く寝る』も含まれていた。私の創作物である大切な仲間たちが読者に評価されるのは、純粋に嬉しかった。

『感想の人たちの大喜利面白い』

『今回早く寝るさん来ないのかな』

『わー、星空さん久しぶりに見たー』

 感想での交流を求めている人がいることも知った。同じ感想の人に共感したり、考察している感想に意見したり、いつも書き込む人に挨拶したりする。私が表示させるまでのタイムラグはあるが、まるでテレビを見ながらあれこれ会話するような、そんなことが漫画でも可能らしい。

 たくさんの人に読んでもらえることは嬉しい。感想をもらえることも嬉しい。感想で読者同士が仲良くしているのを見るのも、微笑ましく思っている。しかし、気持ちとは反対に、いつしか感想を反映させることが負担になってきた。作業量が多すぎるのだ。


 私は、今の形式の感想受付をやめることに決めた。

 感想は欲しい。しかし、今のやり方では時間がかかりすぎる。掲示板形式は荒れた時の管理が怖い。それに、以前小説か漫画で、掲示板での自演が簡単に見破られる場面があったから気が引ける。

 考えた結果、SNSの埋め込みをすることにした。ハッシュタグをつけて感想を投稿してもらうと、自動でページに表示される。これなら作ってしまった後は、私の負担はほとんどない。読者同士のコミュニケーションも容易だ。

 併せて、私による感想の書き込みをやめる。今までは、感想もサイトの一部だった。創作の一部だった。しかし、これからは感想は外部になる。そこでわざわざ書き込むのは、何か違うなと思うのだ。


 準備を重ねて、いよいよ今日、サイトを更新する。

 過去のページを見返していると、いつ書いたのか覚えのない感想が目に入った。

『まだあまり知られていなくても、私はこの漫画、好きです  名前:かふぇらて』

 視界が滲む。こんな言葉、書いた覚えがない。けれども、表示されているのだから、私が書いたのだろう。

 ――『かふぇらて』、『星空』、『早く寝る』。あなたたちがいたから、私は楽しんで続けて来られた。あなたたちを通して、私は私の漫画が好きだと言えた。あなたたちの魅力で、読者になってくれた人もいる。


 更新する。

 漫画の表示は変わらない。漫画を楽しんでいる読者は、引き続き読んでくれるはずだ。感想の仕組みが変わって、今後どれだけ感想がもらえるかは分からない。ゼロになるかもしれないし、酷い中傷が届くかもしれない。

 しかし、ひっそり読んでくれる人も、感想が変わって去る人も、みんな私の読者だ。『読者』しかいなかった、読者が一人もいなかったあの頃とは違う。

 だから。

 ――ありがとう。さようなら、わたしの仲間たち。時々こっそり会いに来るから、ゆっくり休んでね。



 

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