16:西方国境地帯にてⅡ ―戦士の涙と勝利の夢―
「あれはまさか!」
マドカが問う。
「どうした?」
「戦場で二人が離れた位置で同時に行使する事で重要な意味を持つ精術武具がある。銘は〝カインとアベルの相剋〟」
その言葉にルストも反応した。
「その武具の名前、私も聞いたことあります。2本同時に行使する火炎系の精術武具だと」
「ああ、その通りだ。見てろ?! すごいもんが見れるぞ」
その言葉は彼がカインとアベルの相克と言う武器について知っているということにほかならなかった。
その成り行きを見守っていると、戦場の離れた時点で二つの火柱が天高く吹き上がった。
「おおっ!」
「何が始まったぞ」
「炎の幕が広がっていく!」
「敵の退路が塞がれるぞ!」
驚きの声が次々にあがる。だが職人風の彼は言う。
「まだこんなもんじゃねえぞ。後ろから敵の増援が近づいている。よし! あれを食らわせろ!」
その言葉と同時に炎の天幕はさらに膨れ上がり、巨大な火の鳥となった。そして敵後方の増援部隊をくまなく舐めるようにして炎の羽ばたきをもたらしたのだった。
「精術、鳳翼天翔――この時代にも継承されてたのか!」
そう語る彼の目尻には涙が浮かんでいた。
ルストは彼へと訊ねる。
「あの精術武具をご存知なのですか?」
「当たり前だ。あれを作ったのは若い頃の俺と俺の兄貴だ」
それは250年の時の流れを超えた熱いドラマ。
「武器職人として修行している頃、兄貴と二人で今までにない精術武具を作ろうということになり、寝る間も惜しんで作り上げたのがアレだ。若い頃の俺と兄貴で使っていたが今はあるところに秘匿してある」
ルストは問う。
「秘匿? なぜですか?」
やや少しの沈黙おいて職人風の彼は言った。重い事実を伴いながら。
「兄貴は死んだ。トルネデアスの連中にとっ捕まり、精術武具の製法に関して口を割らせようと過酷な拷問を受けた。何ヶ月も拷問を受け続けた挙句、兄貴は秘密を守り通すために自ら死を選んだ」
それは後々のフェンデリオルの独立闘争には極めて重要なことだった。ルストはある事実を告げる。
「フェンデリオルが今の時代でも有利に戦えているのは精術武具の秘密が守られているからです」
ルストの発した言葉にその彼は頷いた。
そして絞り出すような声で彼はこう言ったのだ。
「見えるか? 兄貴! 兄貴の勝ちだ! 兄貴の覚悟は無駄にならなかったぞ!」
二人の戦士が立ち上がり、職人風の初老の彼の肩を叩いた。彼らもまた涙を流していた。
一族を失ったヴェリック、
故郷を焼かれ肉親すらも失ったタンツ、
おそらくは他の人々も似たような境遇なのだろう。
250年前の独立闘争――
それがどれほど過酷な茨の道であったかをルストは感じずにはいられなかったのだ。
戦いは終局へと向かう。
戦象が復活しトルネデアスの退路を塞ぐ。トルネデアスは統制を失い逃げ場を求めて迷走し始める。唯一開けられた囲みの破れを目指しトルネデアス兵の大半が逃げ出し始めていた。
後方から迫っていた増援部隊は、合流を諦め撤退を開始していた。
この戦いの趨勢はもはや決していたのだ。
「決まったな」
マドカの言葉にヴェリックが言う。
「ああ、我々の国の勝利だ」
喜びの言葉はない。ただ、深い思いを抱えたままじっと戦場の光景を見守っていた。
マドカがべルノに訊ねる。
「べルノ殿」
「はい」
「我々が元の時代に戻った時にこの時のことを覚えているのだろうか?」
べルノは言葉を選びながら答える。
「残念ながら。この時代のことを事実としては記憶することはできません。時の流れを狂わせないように修正されるからです」
沈黙が流れる。失望が漂い始める。だがべルノは続ける。
「しかしながら、寝ている時に見ている夢のように、この時のことを感じることはできるでしょう」
マドカは頷きながら言った。
「そうか〝夢〟か」
だがそれは失望の言葉ではない。マドカはべルノに感謝した。
「ありがとう。夢で十分だ」
ヴェリックが言う。
「フェンデリオル人民の独立の達成と、250年を超える繁栄の夢か」
他の戦士たちも口々に言った。
「どんなに金貨を積んだって見れない夢だ」
「これからの戦いにどれだけの支えになるか」
「ああ、力が湧いてくるぜ」
戦場の向こうから勝どきの声が聞こえる。
その声を暁の兵団の皆は万感の思いで見つめていた。
マドカが宣言する。
「行こう! 我々の戦場へ! 人民の独立と新たなる国家の到来を夢に見て!」
暁の兵団の戦士達が一斉に答えた。
「応!」
べルノは新たなる時の扉を開けた。その向こうにマドカたち、暁の兵団の戦いの道が待っているのだ。
その彼らにルストは言った。
「マドカさん! 暁の兵団の皆さん!」
その言葉に皆の視線が一点に集まる。それを受けてルストは告げた。
「皆様のこれからの戦いに勝利がもたらされるようにご祈念申し上げます!」
マドカが大きく頷いて答えた。
「ルスト殿! この国のこれからをよろしく頼むぞ!」
「はい!」
暁の兵団の人々が頷きながら手を振りながら時の扉を抜けて元の時代へと帰って行った。そして、時の扉は静かに閉じた。
後に残されたのはルストとべルノの二人だけである。
ルストが言う。
「行ってしまいましたね」
べルノが答える。
「これもまた物語のひとつです」
「はい」
ルストはべルノの顔を見つめた。穏やかな笑みの中に物語の深奥を鋭く見通す見識を秘めた瞳だ。
「べルノさん。今回は大変お世話になりました。心から感謝申し上げます」
だがべルノは顔を左右に振った。
「いいえ。私は物語の流れを本来あるべき姿に戻しただけにすぎません。すべては物語の主役である皆様方の持って生まれた本来の力をほんの少しだけ後押ししただけです」
一呼吸おいて彼は言う。
「さあ帰りましょう。あなたにも戻るべき時の扉がある」
そう告げてもうひとつの時の扉を開いた。
「わかりました。私は元の時の流れへと帰って行きますが、くれぐれもあの方によろしくお伝えください」
べルノにはルストが語る〝あの人〟と言う言葉の意味がよく分かっていた。
「あなたの生みの親、あなたの物語の見守り人、美風さんですね?」
「はい」
「承知しました。お伝えしておきます」
「よろしくお願いいたします」
それが二人の交わした言葉の最後だった。べルノが開けた時の扉をルストはくぐり抜けていく。
後に残されたべルノはひとりつぶやいた。
「これでいい。物語は本来のシナリオへと戻ったのだから」
そして彼も戻るべき場所へと帰ったのである。
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