15:西方国境地帯にてⅠ ―戦いの報酬―

 団長のマドカのもとへとみんなで集まって行く。そしてマドカは自軍側に損失が一人もいなかったのを確認して満足げに頷いていた。


「けが人は居ないな?」

「はい、未帰還、損耗、ともにありません」

「結構」


 そして彼女はルストとべルノの方へと向かい合った。


「ルスト殿、べルノ殿、本件の完遂と勝利条件の達成を報告する」

「勝利条件の達成、確かに確認致しました」


 そして、そこにいたすべての人々に対してルストは大きく告げる。


「皆様も、ご尽力本当にありがとうございました!」


 そしてルストは深々と頭を下げた。それに続いてべルノが語る。


「皆様のご協力により事態の解決ができました。本当にありがとうございます。ささやかではありますが〝報酬〟と呼べるようなものをご用意させていただきました」

「報酬?」

「ええ、金品ではありませんが皆様にご満足頂けるはずです」


 そしてべルノは再び時と空間の扉を開けて見せた。


「さ、こちらです」


 そう告げて自ら足を踏み入れて。べルノの後を追ってルストやマドカたちも後をついてきた。

 そして――


 彼らを待っていたのは眩しいばかりの太陽の光、そしてそこはこう呼ばれた土地だった。


――西方国境地帯――


 扉をくぐり抜けた彼らは、国土防衛の最前線を見下ろす高台の土地の上に立っていたのだった。



 彼らは小高い丘の上にいた。戦いのフィールドの全体が見渡せる好位置だ。

 すでにトルネデアス越境軍と、フェンデリオルの臨時防衛部隊の戦いは始まっていた。戦いのフィールドのやや後ろの方で巨大な象が指揮官を乗せて控えている。


 戦場の様相を目に留めたマドカがこう呟いた。


「これは、トルネデアスとフェンデリオルの戦いか?」


 べルノは頷きつつ答える。


「はい。皆様方のご尽力により最前線に到着した承認書類が効果を発揮したその結果です」


 その言葉に今起きている状況の意味をルストは気づいていた。


「そうか。無事に三軍が一つに糾合されたのですね?」

「はい。そしてこれこそが本来辿るべき正しい時間軸です」


 それを傍らで聞いていたマドカが言った。


「なるほど。この国の守りの担い手である彼らの戦いを見せてくれるというのか」


 べルノは頷きながら言う。


「はい。もしよろしければこの戦いの行く末をご覧いただければと思いまして」

 

 その言葉に暁の兵団の皆は互いの顔を見合わせたが、軽く頷くとその周囲の思い思いの場所に腰を下ろし始めた。


 戦いの序盤、フェンデリオルの陣営は左右に大きく割れる。中央の主翼がトルネデアスの切り込み部隊とぶつかり合いながらも後方へとじりじりと下がっていく。

 それを見た兵団の一人が声を上げた。


「おいおい何やってんだよ。押されてんじゃねーかよ」


 その言葉に団長のマドカは言った。


「慌てるな。よく見ろ」


 そう言いながらマドカは指を指す。


「一見して押し負けているように見えるが、あれは偽装だ」

「偽装?」

「敵の勢いに気圧されている風を装い、敵の主力を自陣中央に招き入れているのだ」


 すると大弓を肩に担いでいる美丈夫の若者が言う。


「しかもここからは分かるが、フェンデリオル側の後陣には弓兵部隊が控えている。だがトルネデアスの側からは見えていまい。見ていろ? 面白いことになるぞこれは」


 団長のマドカをはじめとする数人にはこの戦いの行く末がすでに見えていた。

 頭髪を短く刈り込んだ引き締まった体の修行僧風の男が言った。


「典型的な包囲戦術だ。全体を5つに分けている。戦闘力の高い中央部隊、足の速い左右前衛、そして中央後方に秘匿した弓兵部隊、それに見ろ、面白い動きをしている奴らがいるぞ?」


 髪の長い若い男二人が言う。


「お? 独立した遊撃部隊だな」

「そうだな。別動で敵の後方に回り込んで何かをやらかすつもりだ」


 白髪頭の百戦錬磨のいかにも老獪そうな、武術家風の老人が言った。


「敵から見れば無駄に左右に広がってるようにしか見えないだろうが、布陣のそこかしこにえげつない仕掛けががっちり組み込まれてる」


 そして彼は指を指した。


「見ろ。左右前衛の連中が、何かやらかすぜ?」

「おお!? あれは!」


 指差す先には雷鳴の迸りが見える。


「雷神の聖拳!」

「あれは失われたんじゃないのか?」

「作り直されたんだろうぜ。あれなら少ない手数で敵の数を削れるだろうぜ」


 それを皮切りとして左右前衛で精術武具が大量投入され始めていた。

 炎が吹き上がり、雷鳴が轟く、水雷が撃ち込まれ、風斬が敵兵を切り裂いている。

 それを見てマドカが言う。


「やはり、精術武具は極めて有効だな」


 その言葉に答えたのは彫りの深い職人風の男だった。ルストの地母神の御柱のレアアークミスリルを見抜いた男だ。


「敵の方も火砲でそれなりに武装しているようだが、精術武具の汎用性には到底追いつかねえな」

「あぁ、そうだな。やはり、精術武具の数の確保を我々も検討しなければなるまい」

「もちろんです。そのために必要な方策を検討してみます」

「頼むぞ」

「へい」


 彼ら本来の活動である独立闘争レジスタンスとしての今後の方針も話し合われていた。

 そしてまず最初の山場がやってきた。フェンデリオル側の主力中央が左右に割れて、その奥から弓兵部隊が進み出る。


「おおっ!?」

「やったぞ!」

「砂モグラの連中の進撃が止まった!」

「あれだけまともに大量の矢を撃ち込まれれば、前に進むわけにはいかねえ」

「見ろ! 左右陣営も動きを加速させるぞ!」

「押し返し始まった!」

「よし! 行け!」


 包囲戦術の陣容が固まり始める。トルネデアスは慌てて後方へと逃れようとしている。

 ルストはそこであることに気づいていた。


「あれを見てください!」

「なんだ?」


 ルストの言葉にヴェリックが反応を示した。


「敵陣後方で単独で動いているものが二人います!」

「本当だ! 何を始める気だ?」


 その時、あの職人風の初老の人物が驚きを覚えたかのように立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る