13:戦いⅡ ―接敵とベルノの戦技―

 するとその時だ。


『傾注! 戦闘準備!』


 全員の脳裏に声が響いた。団長のマドカの声だった。おそらくは彼女が所持している精術器具の効力だろう。

 彼女の合図とともに全員が戦闘準備を始める。その手に武器を持ち姿勢を固める。いつでも飛び出せるように。


『5、4、3、2――』


 全員が息をひそめた。そしてマドカの言葉が聞こえた。


吶喊とっかん!』


 その言葉を合図として全員が一斉に飛び出した。

 マドカを始めとしてその14人の戦士たちは、歴史に名を残す英雄たちだ。

 今この場において助っ人として力を借りるには、この上ないほどの頼もしい存在だった。

 

 そもそもがフェンデリオルは戦闘における基礎理論を〝ゲリラ戦〟を思想の根幹として成立させている。その源泉は紛れもなく、この14人の戦士たちから始まっているのだ。


 対する黒鎖の覆面の者たちは突然の襲撃に完全に統制を失っていた。統率のとれた動きをすることもできず50名それぞれがバラバラに動いていた。

 彼らが警戒の布陣を敷いていた領域の真ん中には、狙撃役としての弓射手が数名と、フリントロック式のロングライフルを所持する銃射手が1名待機していた。


 今回の作戦の要諦は、精術武具を使った遠距離攻撃手段で敵の狙撃要員を一気に仕留めることにある。そのための遠距離攻撃が早速に行われた。


 火弾が撃ち込まれ、長射程の弓矢がつむじ風を伴いながら放たれた。巨人の大型牙剣ギガズベルデバインから雷光がほとばしり、矢じり状の氷塊が連続で撃ち込まれた。

 立て続けの攻撃に敵の狙撃部隊は次々に無力化されていく。

 さらに、戦場の至る所で、フェンデリオルの民族武器である牙剣が翻り血飛沫が上がった。戦鎚が敵を打ち砕き、長槍が敵を貫いた。

 50名もいた敵の戦力は次々にその数を減らしていく。あっという間に半数以下にまでその数を減らすことになる。


 ルストも必死に地母神ガイア御柱みはしらを振るった。重打撃と高速慣性制御を中心に精術を連続発動し敵の黒鎖の雑兵を立て続けに仕留めて行く。


 状況は順調に進みつつあった。

 その時、タンツの彼の声が皆の脳裏に響いた。彼も自らの言葉をみんなに伝達することができる精術器具を所有しているのだ。


『来たぞ! 今上空を通過する!』


 プロアだ。いよいよこの上空を通り過ぎるのだ。

 この一瞬が全てを決める。

 敵の狙撃部隊に視線を向ければ、まだ一人フリントロックライフルを構えた男が、満身創痍ながらなおも銃を上空へと向けている。

 そして、ルストの傍らではべルノが何かに気付いていた。


「そこにも居たか」


 いつのまに囲みを破ったのか、それとも少人数の別動が居たのか、長弓をつがえて矢を空へと向けている弓狙撃者がルストたちの背後の方にいたのだ。

 べルノの手には、その場で拾ったらしい手のひら大の石のつぶてがある。それを見事な身のこなしで振りかぶると一気呵成に投げつける。


――ゴッ!――


 大ぶりな石のつぶてをこめかみに喰らい弓射手は崩れ落ちる。

 さらにその背後から2名の伏兵が飛び出してきた。その手には見慣れたあの武器がある。両刃直刀の小刀・キドニーダガーだ。

 キドニーダガーを振りかぶって2名同時に襲ってくる。


「べルノさん!」


 ルストが焦って彼の名を呼ぶ。だがそれは杞憂だった。


 正面から二人並んで襲ってきた敵に対して、べルノは体軸を後ろとスウェーさせて、敵の一撃を巧みにかわす。それと同時にべルノから見て敵の左側へと素早く回り込みつつ、敵の一人の右腕をすばやく捉える。そしてそのまま右膝を蹴り上げて敵の右脇腹を強烈を貫いた。

 意識を失い崩れ落ちる一人目を確かめることなく、即座に襲いかかってくる二人目のキドニーダガーを軽々とかわす。突き出された敵の利き腕を軽く掴むとそれを上へと引っ張り上げて姿勢を崩させた。 

 よろめく敵の手首を掴んだまま、右の膝蹴りを連続で食らわせる。敵がキドニーダガーを取りこぼしたのち、右足のつま先で敵の足首を強く蹴り飛ばし転倒させる。


 最後に仕上げとして、地面へと仰向けに倒れた敵の胸骨めがけて全体重を乗せた右膝を落とした。敵は胸骨を砕かれて呼吸を停止する。

 その流れるような連続の攻撃をルストはあっけにとられて見ていた。べルノは平然としたままこう口にした。


「これでも色々な物語世界に足を踏み入れたことがあります。危険から身を守る意味で、これくらいの事はできますよ」 


 そう語りつつ飄々としたままだった。この人は本当に底が知れない。ルストはあっけにとられながらそう思ったのだった。

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