9:ミッターホルムの光と蠢く影

 ルストは光の扉を抜けた。

 案内役であるべルノに導かれながら扉をくぐった。

 そして彼女が導かれたのは彼女にも記憶の片隅に残っていた場所だった。


「ここは?」


 視線を巡らせればどこか見覚えがある。

 今彼女たちがいる場所は小高い丘の上で遠くに街の光が見える。


「あれはミッターホルム」

「そうだ」


 同行していたべルノが答える。


「君が西方辺境で決戦を迎える前日だ。場所は西部都市ミッターホルム近郊の丘陵地帯だ。位置的にも街の真西にありミッターホルムから離陸するだろうプロア君が通過する真下にあたる場所だ」


 べルノの言葉にルストは頷いた。


「そうですね。私も、この辺りが一番可能性が高いと思います」


 頭上には月はない。夜の帳が重く広がっている。風とかすかな虫の声が聞こえているだけだ。

 するとべルノがつぶやく。


「早速、行動目標となる問題の黒鎖の連中を見つけ出そう」

「はい」

「しかし、どうやって当たりを付けるかだな」


 少し思案げに考え始めたべルノだったが、ルストが彼に語りかけた。


「任せてください。私に策があります」

「どうするんだ?」


 訝しげにしているべルノにルストは静かに微笑みながら言う。


「まぁ見ててください」


 そう言いながらルストは片手に携えていた愛用の精術武具を取り出す。地母神の御柱だ。

 ハンマーステッキ型の打撃武器でもあるそれを、打頭部を真下にして地面に突き立てる。さらに地母神の御柱のグリップ部分を握りしめている両手に自らの額を触れさせながら、精術発動に必要な〝聖句〟を唱え始めた。


「精術駆動 質量分布探査」


――ブォォォォン――


 微かな鳴動音が地面から鳴り響く。その姿勢を維持したままルストは術を行使する。


「質量変位確認、個数、1、2、3、――10――まだ居る? 40? 50?!」


 ルストは驚きを隠さぬまま顔をあげた。


「この周囲に50人以上の正体不明の人物がうごめいてます」

「50人?」

「はい」


 驚くべルノに答えながらルストは説明をした。


「私の精術武具の地母神の御柱は自ら質量を制御するだけでなく使用法を工夫することで、周囲の地面の質量の変化を読み取ることができます。それを応用して地面の上を歩き回る人間の数を数えたのですが――」


 ルストの言葉に続けるようにべルノは言った。


「こんなは夜中にそれだけの大人数が居るはずがない」

「私もそう思います」


 べルノが問う。


「それはここから遠いのですか?」

「いえ、それほど離れてはいません。少し歩けば目視できると思います」


 そしてルストはべルノに尋ねる。


「べルノさん。気配を消して歩くことはできますか?」

「多少はできます。これでも色々な物語世界に足を踏み入れて様々な出来事を見てきたので」


 その言葉を聞いてルストは言った。


「では失礼ですが〝多少は使える〟人として扱わせていただきますね」


 それはべルノへの配慮であると同時に、この先、彼をどう扱うかを考える上でとても重要なことだった。


「では参りましょう」

「心得ました」


 そしてルストは身につけていた外套のフードを目深に被り、べルノは頭にかぶっていた丸い鍔の革帽子を目深にかぶり直した。ふたりは気配を殺しながら闇夜の中を歩き始める。


 ルストが先を行きべルノが後を追う。ルストの素早い動きにもべルノは苦もなくついてくる。その健脚ぶりにルストは内心舌を巻いていた。

 無駄口を叩かずに二人で進み続けた時、ルストの足が止まった。それに合わせてべルノも足を止めるが、背後を振り返ったルストの手の動きに促されて、ルストに並ぶように前へと進み出る。

 そこで二人が見たものは、茂みの向こうの開けた場所に散開している、あまりにも多くの革マスク姿の暗殺者たちの姿だった。衣装の色は闇夜に紛れやすい焦げ茶色。物陰で気配を殺してじっとしていたらその存在に気づくことはできないだろう。

 そうした存在が50人――その光景は恐怖以外の何者でもない。

 ルストとべルノは互いに視線を合わせて頷き合うと元いた場所へと戻って行く。そして周囲が安全であることを確かめながら、恐る恐る口を開いた。まずはルストから。


「あんなに居たなんて」

「ええ、想定外です」

「はい。5人くらいまでなら私一人でも何とかなりますがあれだけの大人数ではどうにもできない」


 べルノが提案するように言う。


「敵の狙撃役だけを狙ったら?」

「駄目です。敵の周囲警戒役に、狙撃役に接近することを妨害されるでしょう。そうなれば狙撃を阻止するのが困難になってしまう。そもそも私の装備では遠距離が難しい。それでは間に合いません」

「つまり、もっと人数がいないと制圧できないと?」

「はい」


 ルストははっきりと頷いた。

 人数――、まさかこれほどの大規模な布陣だったとは、ルストたちにも想定の外だった。多くて5人か10人、それぐらいだと思っていたのだ。


「今から正規軍に連絡を取って――、いやそれでは間に合わない。ではどうすれば――」


 ルストが思案に思案を重ねる中で、それを見守っていたべルノだったが意外なことを口にした。


「つまり、こちらも人数を確保できればよろしいのですね?」

「えっ? それはそうですが、でも人数がいればいいと言う訳ではありません。それ相応の戦闘能力がなければ」

「ふむ、人数と戦闘能力か――」


 そこでべルノはにこりと微笑んだ。


「ご心配なく。私に妙案が浮かびました」

「えっ? 妙案ですか?」

「はい」


 ベルノは意味ありげに笑みを浮かべたのだ。

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