8:ルスト旅立つ ―作家にとってのわが子―

 そんな時、美風が声をかけた。


「ルスト」

「はい?」


 振り向いたルストに美風は語りかける。まるで父親か恩師のような語り口で。


「やっぱり君は、なにかに立ち向かっている姿のほうが君らしい。君は困難にぶち当たっても決して諦めず、それを乗り越えようとするから素晴らしいんだ」


 そして美風は詫びの言葉を投げかけた。


「今回は僕の不手際で君を本当に苦しめてしまった。申し訳ない」


 そう告げながら美風はルストに頭を下げたのだ。だがルストは言う。


「いいえ、あなたが悪いわけではありません。私も取り乱してしまい申し訳ありませんでした。こうして解決する手段が見つかっただけでも十分です」


 ルストと美風の会話をよそにベルノに着衣を運んできたのは少女ゴリラの彼女だ。

 大きな外套に丸つばの革帽子、それに革手袋と、明らかに屋外での活動を意識したものだ。

 ベルノはそれを身に着けながらルストに告げる。


「早速行こう、準備はいいかい?」

「はい」


 ルストは頷きながら言った。そして彼女はみんなの方へと向き直ると頭を下げながらこう述べたのだった。


「皆さん本当にありがとうございました!」


 そこにはルストの力強い笑顔があった。そして彼女は言う。


「美風さん」


 美風はルストに視線を向けた。


「はい」

「私の物語を紡いでくださって本当にありがとうございます。必ず最後までたどり着いてみせます!」

「ルスト」


 彼女にそう言われて作者であるならこう答えるしかないだろう。


「ならば、僕は君の物語を最後まで書ききって見せよう」

「はい! よろしくお願いしますね〝お父さん!〟」

「えっ? おと――?」


 ルストの思わぬ言葉に美風は目を丸くしていた。


「ふふ、あなたが生みの親だと判って、ぜひ言ってみたかったんです」


 そこには心からの笑顔があった。その傍らでベルノが物語の世界へと繋がる光の扉を開けていた。


「では行こうか」

「はい!」


 そして、ルストは皆の方へと向き合うとこう告げた。


「皆さん! 本当にありがとうございました!」


 澁澤が言う。


「気をつけてね」


 たんげつが言う。


「ご武運を」


 モチヲが言う。


「また〝向こう側〟で会いましょう!」


 中村が言う。


「くれぐれも慎重にな」


 根来が言う。


「最後まで気を抜かないでね」


 ハゲ天使ゴリラが言う。


「行ってらっしゃい!」

「はい!」


 そして、ルストは告げた。


「それではみなさん、行って参ります!」


 そう言葉を残してルストは旋風のルストの物語の世界へと戻って行った。その背中を見つめながら美風は言葉を漏らした。


「そう言えばルストのやつ、心から喜んで〝お父さん〟って言葉使ったことがないんだよなぁ」


 その言葉にモチヲが言った。


「彼女のお父さん、最悪の暴君ですものね」

「あぁ」


 ルストが込めた〝お父さん〟と言う言葉の意味を美風は噛み締めていた。そして美風も立ち上がった。


「それじゃあ僕も行こう」


 すると中村が訊ねた。


「作品の執筆かい?」

「ああ、僕が書かないとルストが活躍できない」

「頑張れよ」

「ああ」


 そう告げると中村が右手を差し出す。差し出されたその手を美風はテンポよく叩き返した。


「それじゃあ、失礼いたします」


 そう言葉を残して美風は去って行った。自らの執筆の場へと。

 ベルノや美風を見送りながら根来が言った。

 

「僕たちはベルノさんの帰りを待つことにしようか」


 その言葉に皆が頷いていた。

 こうして事態は解決へと進み始めたのだった。

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