7:ベルノ見抜く ―核心への糸口―

「ただ仮にそうだったとしてもう一つ問題は残る」

「それはいったい?」


 そして根来は言った。


「一体誰がそれをやったかってことさ」


 当然の疑問だった。根来は質問の切っ先を美風へと向ける。


「美風君、心当たりはあるかい?」


 根来の問いに美風は思案する。だが、


「見当がつかない。物語に関わる人たちはほとんど西方辺境にいる。それ以外でプロアの妨害をできるような人など――」


 銀マスクを変型させてすっかり思案顔になっているが、答えは容易には出てこない。


「そもそも何でこんなトラブルが起きるのか。物語の作り手してこんな結末は望んでいない」


 物語が作り手の自由にならない。暗にそう言っているのだ。ルストは問う。


「そんな事ってあるんですか? 物語を作る人、そうだったんじゃないんですか?」


 その素朴な疑問に答えたのはスーツ姿のたんげつだ。憂いのある表情で彼女は答える。


「物語が作り手の自由にならない――、それは決して珍しい事でもありません。なぜなら私たち作家は物語を生み出しているのではなく、物語を見守っているからです。物語の世界の中へと意識と視点を飛ばし、物語の流れの要所要所で必要な出来事を起こしていく。ちょうど川の流れを堤防を作って変えるかのように」


 ルストも気づいたことを口にした。


「しかし時には堤防が決壊するように、物語の流れが予想外の動きをして氾濫してしまうこともある」

「その通りよ」


 そしてルストはあることに気付いたようだ。


「それが今なのですね?」

「ええ、そういうことよ」


 たんげつにそう言われてルストは物語を生み出した美風へと視線を向けた。まるで難事に苦しむ家族を見まもるかのような視線で。


「そう言うことだったんだ」


 そして、ルストは美風に詫びた。


「申し訳ありません、声を荒げてしまって」


 だが美風は顔を左右に振りながら言う。


「いや、謝る必要はないよ。君の物語をうまく制御できなかったのは事実だ。謝るのは僕の方だ」


 生みの親から聞かされた詫びの言葉。その言葉にルストは複雑な表情を浮かべていた

 だがその時だ。それまで話し合いをじっと見守っていたベルノだったが声を発した。


「そういえばずっと気になっていたんですが」


 皆の視線が集まる中で、美風に対してこう切り出した。


「美風さん、ひとつお聞きします」

「はい?」

「もしかして未回収になっているお話の伏線はありませんか?」


 夜見の書架の管理者として数多の物語を見守ってきたベルノ、彼ならではの見識がそこに現れていた。


「えっ? 伏線ですか?」

「はい。もしくは回収したが、思わぬ物語の可能性を残してしまう、そんな伏線が残っていたかです」

「そんな伏線あるわけが……」


 ベルノの意外な言葉に思案していた美風だったが、ルストたちが見守る中で何かに気付いたようだ。


「あるぞ、そういう伏線がひとつだけ」

「えっ? 本当ですか?」


 驚くルストに美風は言う。


「ああ、ルスト、君は革マスクの集団を覚えているか?」

「はい。覚えています。黒鎖ヘィスオですね?」


 少女ゴリラが疑問の声を出す。それに美風が答えた。


「ヘィスオって?」

「〝黒い鎖〟と言うの意味の名前の地下結社で、本来は逃亡奴隷の捕縛と処罰を目的とした連中だ。殺人技術と暗躍行為に長けていて油断がならない」


 ルストも同意する。


「私も彼らと何度も戦いました。彼らならありえます」

「うん、それにそもそも黒鎖はワルアイユのメルト村襲撃に失敗した。そして状況の不利を悟って撤退したはずだったんだ」


 ベルノが美風に問う。


「だが実際にはまだ諦めていなかったと?」

「ええ、撤退途中にプロアの存在をかぎつけて、汚名をそそぐチャンスとばかりに襲ったのだと思います」


 そこに根来が言葉を足した。


「中間都市であるミッターホルムからの離陸のさいにだね」

「はい」


 そして、その場をまとめるようにベルノが言った。


「答えは出たな」


 そう告げてベルノは立ち上がる。


「問題の実態が明らかになった以上、後はルストさんの物語の世界で、出来事が本来の望んだ通りにうまく流れるように事態を解決するだけですね」


 その言葉は不安に完全に怯えていたルストの心を奮い立たせたのだ。


「私、行きます。事件の核心の場所に行って、事態を解決したいと思います」


 そう力強く述べると自ら立ち上がったのだ。

 もうそこには憔悴しきって今にも死にそうだったルストの姿はなかった。

 ベルノが語りかける。


「私が旋風のルストの世界に足を踏み入れて、その場所へと君を導こう」

「ありがとうございます」


 しっかりと立ち上がったルストのその右手には、彼女が物語の中で常に愛用していた戦杖〝地母神ガイア御柱みはしら〟があった。

 ルストはベルノに言った。


「行きましょう! ベルノさん」

「やっと君らしくなったね」

「はい!」


 ルストの力強い声があたりに響いたのだった。

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