6:根来ペンギン、推理する

「えっ?!」


 その言葉の裏側にある取り返しのつかない現実に気づいたのは作者である美風だ。彼もまた右手で頭を抱えると悲痛な声を上げた。


「なんてことだ、それでは最前線が構築できない!」


 中村が言う。その事態が引き起こすであろう結果について。


「戦闘部隊の正当な指揮権を中央幕僚本部が承認する書類が来ないということは、謀略に加担した側の討伐部隊の正規軍人が現場の主導権を握ると言う事になる。そうなれば――」


 澁澤も引き起こされる惨劇に気づいていた。


「ワルアイユと言う領地を守るために戦闘部隊をまとめ上げるのは到底不可能になりますよね」


 モチヲも悲痛な表情でルストの身に起こった事実を認識した。


「それではルストさんとその仲間の人たちは?」


 それを問われてルストはぐっと唇を噛み締めると絞り出すような声で答えた。


「ワルアイユ領領主となるはずだったアルセラを無事に逃がすために殿しんがりとなり全員戦死しました」


 そしてその場にいた皆が、ルストの身に何が起こったのかを認識したのだった。

 沈黙がその場を覆った。ルストの身の上に起こった事実は予想を越えて過酷なものだったのだ。

 いわゆる【バッドエンド】である。


 その沈黙を破って声を発したのは誰であろうルスト自身だった。


「美風さんとおっしゃいましたね」

「はい」

「なぜですか? なぜこんな結末になってしまったんですか?!」


 ルストの涙声が響く。その言葉に美風は答えられなかった。


「あなたの望む結末はこんなものだったんですか?!」


 その叫びに美風ははっきりと顔を左右に振って答えた。


「それは違う。僕の信じている旋風のルストの物語は幸せと栄光に繋がっている!」

「ではなぜ?」


 再度の問いかけに美風は答えられなかった。意気消沈して詫びるしかない。


「すまない。今の僕ではそれに対する答えを持ち合わせていない」

「そんな」


 するとそこに根来が右のフリッパーを振りながら話しかけてきた。


「まあまあ、こう言うときこそ落ち着こうよ。とりあえず現時点で分かっていること少しずつ整理してみないかい?」


 美風が言う。


「そうだね」


 そしてルストも頷いた。


「はい、わかりました」


 二人の同意を受けて根来はフリッパーを振りながら更に訊ねた。


「とりあえず帰ってこない理由として考えられるのは?」


 そう問いかけられてルストはヒステリックに答えるようなことはなかった。努めて落ち着いて冷静に答えを導き出そうとしていた。ルスト本来の人柄がそこに現れていた。


「プロアは裏切るような人じゃありません。世の中の裏も表も知り尽くし、辛酸をなめて生きてきた人です。信頼に応えることの意味を分かっている人です」

「なるほど他には?」

「それ以外の理由として考えられるのは承認証の発行に失敗したか、あるいは発行された承認証を持ち帰る途中で予想外の事態が起きたか」


 そこに美風が言う。


「承認証の発行はルストの祖父に当たる人が引き受けてくれています。軍に強い影響力を持っていますし、ルスト本人が軍内部の人物たちに深く信頼されていますので承認証の発行に失敗したとは到底考えられません」


 中村が言葉を挟む。


「そうすると残る一つは帰還の途中で何かあったと考えるべきだね」


 それに美風が意外なことを口にする。


「そう言えばルストはまだ知らないが、プロアは帰還する途中で西方司令部のあるミッターホルムに立ち寄ったんだ」


 ルストは驚きながら言う。


「えっ? 何の目的で?」

「今回の事件の謀略の証拠となる密約書類を入手するためさ。西方での戦いを有利にするために必要だと思ったんだろうね。まぁ、彼なら潜入や諜報行為はお手の物だからね」

「うーん。それじゃあ、その際に捕らえられた?」


 根来の疑問の声にルストは言った。


「それはありえません。プロアは闇社会の地下組織のエージェントだったことがあります。潜入工作や諜報行為はお手の物です。その筋では凄腕として知られています。それにアキレスの羽もある。そうやすやすと捕らえられるはずがない」

「そうかぁ、ちょっと整理しようか」


 そこまで話を聞かされて根来は推理を巡らせた。


「そもそも速度的には小型飛行機くらいの速度は出る。ある程度の速度で飛ぶのなら速度に応じて高さを確保しないといけない。そうなってくると飛行移動中の事故の発生状況は自ずと限られてくる」

「それって何ですか?」


 根来は、問いかけてくるルストに答える代わりに中村に問いかけた。


「中村さん、航空機の事故で一番発生しやすい状況ってなんだっけ?」


 そう問われて中村は即答した。


「離発着時ですね。事故全体の過半数を占める」

「そのとおり! つまりだ、そのミッターホルムの西方司令部から飛び上がって高度を稼ぐまでの間に何らかの不測の事態が起きたんじゃないかな? 飛行機じゃないんだから故障や事故だとは考えられない。例えば【撃墜】されたとか」


 するとモチヲが自分の見識を交えて問いかける。


「離陸途中の撃墜? 弓や銃でですか? 確かにフェンデリオルは弓は盛んだし、銃もフリントロックや初期型のライフル銃も出ているはず。決して不可能では無いはずですね」

「狙撃による撃墜!」

「ええ、それにそもそも西方国境地帯へと帰還するの妨害すればいいだけだから何も殺さなくてもいい。飛行能力を発揮できないように深手を負わせられれば矢一本、鉛弾一つ掠めただけでも妨害者には意味があるでしょう」


 ルストが驚く口調でつぶやき、モチヲが私見を述べたものに根来は同意した。


「うん。それが一番妥当だと思う。最後の着陸ポイントは最前線で戦っていたルスト君のところだから、よもやそのようなところで撃墜を試みようとしている人がいるならすぐにバレるだろうから、一番狙いやすいのは中間ポイントのその直後の離陸の時としか考えられないんだよ」


 根来は自らの推理を一気に口にした。

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