5:痛恨の過ち
お湯から上がって備え付けの石鹸で体を洗い、用意しておいたタオルで体を拭く。衣類を着直して部屋へと戻る。
そして、部屋へと戻るとまたベットの端へと腰を下ろす。私はその時、安心しきってしまっていたのだと思う。そして何よりもダルムさんに教えられていたあの一言を意識の外に置いてきてしまっていた。
すなわち、
――傭兵なら、他人の過去に関わるな――
その言葉の重要性を私は思い知ることになるのだ。
私は何気なく彼女に尋ねていた。
「ねぇ」
「なに」
彼女も私に対して気持ちを許しているような雰囲気があった。そんな彼女に私は思わず尋ねていた。
「ジンって何をやっていたの?」
私にとっては本当に深い意味はなかったのだ。誰がその言葉を聞かされた時の彼女の顔は今でも忘れられない。
まるで戦場で、伏兵に弓矢を突きつけられたかのような驚きと怯えが入り混じった顔だ。
そう、私はその問いかけをしてはならなかったのだ。
彼女の表情の変化に一瞬驚いた私は慌てて言葉を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい。別に悪気があったんじゃないの」
「そう」
「ごめんね。立ち入ったこと聞いて」
「ううん。いいの」
落ち着きを取り戻したかのような安心した顔。でもその表情の隅にはかすかな怯えがあった。
一抹の気まずさを感じた私は取り繕おうとした。
「ちょっと私、水汲んでくるね」
「うん」
洗面台にある水差しを手に取り部屋から出ようとする。と、その時だ。私の後頭部に重い衝撃が走った。
――ガッ!――
思わず意識が飛ぶ。私が背中を見せていた相手はジン、彼女しかいない。気を失いかける私に彼女の声が届いた。
「ごめんね」
その言葉を耳にしながら私はその場に崩れ落ちたのだった。
† † †
それからどれだけの時間がたっただろう。私は顔をひっぱたかれて目を覚ますことになった。
「おい! 起きろ!」
気を失っていた私を無理やり起こすかのように恰幅の良い軍警察の官憲の人が私の肩を両手でしっかりと掴んで体を引き起こしていた。
「大丈夫か!」
野太く力強い声が私の意識を引き戻す。
「何があった! エルスト3級傭兵!」
気がつけば私は自分の部屋の中で床に寝転がっていた。後頭部を強打されて意識を失って。そして周りを見渡しながら自分が置かれている状況に気付いた。
部屋の中には四人の軍警察の官憲が並んでいたのだ。これは決して私を助けにきたのではないと即座に悟った。
「わた、私は――」
事実を事実として正確に伝えなければいけない。そう私の脳裏で危機感がうるさく騒いでいた。
「女の人を助けて連れてきた。ご飯を食べさせてお風呂に入って、一息ついたら後頭部を殴られて」
四人いる官憲の一人が私に尚も問いかけてくる。
「その助けた女というのは男のような服装をした黒髪の女か?」
「はい」
そしてその官憲はなおも私に問いかけてきた。
「その女、刃物を所持していなかったか?」
私は状況がとんでもない方向へと動いていると感じていた。下手をすると私も絶体絶命の状況へと追い込まれかねないような――
それでも私は答えなければならない。私は真実を述べた。
「持っていました」
「片手用の小型な物だな?」
「はい」
私がそう答えると官憲の人たちは互いに顔を見合わせて頷いていた。
そして、その中の一人が私に言った。
「君には我々に同行してもらう。重要参考人として」
「えっ?」
驚いた顔をする私にその人はなおも私に告げた。
「君が保護した女性は、現在傷害致死容疑で捕縛命令が出されている」
その言葉に私はあっけにとられた。だが事態はそれよりももっと深刻な状況になっていたのだ。
「君は、夜間警備の際に街頭で、婦女暴行を働こうとして返り討ちにあった男を取り押さえたはずだ」
「はい。覚えています」
「今逃亡している女性というのは、その時の襲われた被害者だ」
「被害者? 被害者がなぜ追われているのですか?」
私のその疑問に帰ってきた言葉は驚くものだったのだ。
「取り押さえた婦女暴行犯が死亡した」
別な官憲が言う。
「襲いかかった際にその女に反撃されたんだ。ナイフの柄尻で頭部を強打された。それが原因で頭蓋骨内で出血し先ほど息を引き取った。正当防衛ではなく過剰防衛による傷害致死として身柄を押さえることになったんだ」
私はとんでもない間違いをしていたことに気づいた。そしてその間違いを官憲の人は私に突きつけたのだ。
「情け心が仇になったな。なぜ保護した段階で知らせなかった! そうすればもっと温情ある扱いもできた。しかし、容疑者が逃走している現状では強制逮捕以外に解決する手段はない!」
私はとんでもない間違いをしてしまったのだ。
「もっとも君に全ての責任をかぶせるつもりはない。夜間警備の最中ではなく、任務が終わった後の出来事だ。事情のすべてが分からなければ道端で倒れている行き倒れの女性を助けたぐらいの話だからな」
「そうだな。よもやそれが過剰防衛の傷害犯だと気づけというのが無理だからな」
だが、状況はさらなる悪化を招いていた。
「大変です!」
別の官憲が伝令として駆け込んできた。
「どうした」
「逃走中の被疑者を発見、複数でこれを追い詰めようとしたものの反撃に遭い、2名が軽症、1名が足の動脈を切る重傷を負いました」
「3人もか?」
「はい」
これで完全にジンを助ける方法は無くなった。なぜなら――
「よし、現時刻をもって敵対的存在として認識。正規軍通信部に最優先で追討命令を出すように要請しろ!」
「はっ!」
彼女はフェンデリオル正規軍を攻撃してしまった。
彼女は今、この国の〝敵〟になってしまったのだから。
愕然とする私に官憲の人達は言った。
「来たまえ。君は最後まで見届ける義務があるはずだ」
そうだ。その通りだ。今回の事件をここまで難しくしてしまったのは間違いなく私なのだから。私は立ち上がって言った。
「わかりました。同行させていただきます」
私は傭兵装束を身につけて武器を手に取ると彼らと一緒にその部屋から出て行ったのだ。
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