2:謎の少女

 そうして始まった私の夜間警備任務だったが、平穏に終わる――、という訳にはいかなかった。

 なにせ夜の街。面倒な人間はそこかしこに溢れている。

 喧嘩、置き引き、違法な客引き、スリかっぱらい、若い女の人が乱暴されそうになるというのもあった。時には私が『夜の街で働かないか?』と、口利き屋に声をかけられる、なんてこともあった。


「結構です! 私これでも職業傭兵なんで」


 そう、言い返せば、


「お嬢ちゃんが? まさかぁ! そんな危ない仕事やってるより、こっちの方が実入りがいいぞ? しな作って男に適当に媚び売ってれば金になるんだからさ! ん?」


 私の話をまともに取り合わず、なんとか私をだまくらかして連れてこうとする。

 もちろん私は裏社会がどういうとこなのか、夜の女性の仕事がどれだけ大変かよく知っていた。

 無視して行こうとしたが、腕を掴まれたので持っていた戦杖でみぞおちと顎を連打してその場で昏倒させて始末した。


「行きましょう!」


 怒り気味に言う私にダルムさんは苦笑していたのだった。

 

 †     †     †


 そんなことが続いた4日目、その日の夜もなんとか任務をこなしていた。

 4日目は女性を襲おうとした人が返り討ちに遭い、頭部を強打されるという事件が起きていた。

 気を失っていたが、幸いにして命に別状はなく被害者も婦女暴行の常習犯だということもあり、被疑者不明のまま婦女暴行未遂として被害者を捉えることで決着した。

 男を返り討ちにしたその女性のことが気になったが、


「先に襲ったのはコイツだ」


 と言う軍警察の官憲の一言で決着してしまった。

 思えばあの時、変にこだわりを残さずにすぐに忘れてしまえばよかったのだ。だが、その当時の私は考えが甘かった。変に情けを残したことで底知れぬ後悔を味わうこととなったのである。


 4日目の任務が終わりに差し掛かり、地平線が朝日で白みかけた頃だった。


「今日はちと早いがこれで終わりにするか」


 ダルムさんのその言葉に私は頷いた。


「そうですね。さすがに疲れました」


 笑いながらダルムさんは言う。


「どうだ4日間の感想は?」

「そうですね」


 私は軽くため息を残しながら感想を口にする。


「大変といえば大変ですけど、ひとつひとつ対応していけば何とかなります。それより今はお風呂に入って寝たいです」

「そうか。まぁ、明日の夕方までは休息になる。ゆっくり休むことだな」

「はい」

「じゃあな」

「お疲れ様でした」


 そう言葉を交わして私たちは別れていった。

 当時の私はまだ定住していなかったので、使い慣れていた安宿を渡り歩く暮らしをしていた。

 仕事をしながらの流れ旅をしている人々は意外と多い。定住していない職業傭兵はもとより、旅芸人や行商人、地方集落を渡り歩く巡回医師などなど、色々な人々がいる。

 そういう人たちを相手に低価格で提供される宿が、国の至る所にあるのだ。私はそうした安宿の一つを拠点としていた。


 その安宿へと向かう途中のことだった、私は道すがら一人の女の子が道端で倒れているの見つけた。


「えっ?」


 それは見慣れない服装だった。

 男性もののズボンに前合わせのボタンシャツ。東方人風の肌に黒い髪。どう見てもこの地元の人とは見えなかった。


「行き倒れ?」


 この時代、人生の大半を流れ旅に費やしている人は決して少なくない。また貧富の差も激しく、明日の糧を得られずに困窮している人は決して珍しくないのだ。

 よくある事と見過ごすのが一番、そう頭ではわかっていた。でも当時の私にはそうできない理由があった。


「―――」


 私は沈黙したまま彼女をじっと見守っていた。

 年の頃は私と同じくらいだろうか。体の至る所に擦り傷がある衣類もかなり傷んでいる。服の破れ方からしておそらくはこの子が――


「乱暴された被害者?」


 昨夜、乱暴されかけて襲ってきた人間を返り討ちにしてその場から逃げ出した人がいたのを思い出した。時間、場所、服装、状況――、それら全てを重ね合わせるとこの子が逃げ出した本人だと思えて仕方がなかった。

 知らぬふりをして見過ごすのが一番だというのは何よりも分かる。官憲を呼んで保護してもらうのも一つの方法だろう。

 でも、


「1年前の私だ」


 私は思わずそう呟いていた。

 私は1年前に実家を飛び出した。

 北の大きい街に行けばなんとかなるはずだ、そう甘い考えで家出をしたのだ。でも世の中はそうは甘くなかった。悪質な人間に騙されてあと一歩で一生かかっても返せない借金を負わされそうになっていた。

 その状況でかろうじて救いの手を差し伸べられて、窮地を乗り越えた記憶があるのだ。


「―――」


 私は無言で彼女を抱き起こした。

 完全に気を失っていて目を覚ます気配もない。運ぶにはかえって都合がいい。

 私は自分の行きつけの安宿へと連れて行く。

 家の入り口の窓口を通りかかった時に、宿番のおばさんに嫌な顔されたが、


「飲み友達が酔い潰れたんです。前金で二人払いますから」


 そう言い訳した時、大きなため息をつかれた。


「面倒は起こさないでおくれよ」


 と、言われただけだった。宿の2階にある自分の部屋へと行く。ベッド一つと衣装掛けと姿見の鏡。そして簡単な書台机と、水差しと洗面器が置かれた洗面台があるだけだ。本当に寝て起きて着替えるだけの部屋なのだ。

 連れてきた彼女をベッドへと寝かせる。着ている衣類を一つ一つ脱がせる。ズボンもシャツも私たちの文化の中ではどう考えても男物にしか見えない。その下の下着はブラレットとパンタレットだが、その形状や仕立ては明らかに私が身につけているものとは異なる造りをしていた。


「どういうこと?」


 密入国者? とも考えたがこれだけ目立つ服装をしたまま旅をしているとは考えられない。ましてや定住しているならその土地の文化で奇異に映らない普通の服装をするはずだ。

 そう、どういう条件を考えても、彼女がこの服装で私たちのこの街で当たり前に存在しているとは考えられないのだ。


 私は彼女から脱がせた靴も確かめた。


「ブーツ?」


 それも違う。ショートブーツと考えるには見たこともない素材だ。革製ではなく布製、しかし靴底は木でも皮でもコルクでもない見たこともない素材。

 考えれば考えるほど謎と疑問が増えていく。そしてその疑問は決定的となった。


――カランッ――


 何かが硬い音を立てて落ちた。音のした方へと視線を向けるとそこにあったのは、


「ナイフ?」


 それは一本の片手用のナイフ。それもよく使い込まれていて、手入れもしっかりされている。到底、護身用には思えない。

 かといって仕事のために身につけているとも考えられなかった。少なくとも袖の中にナイフを隠すポケットをつけている商売なんて考えられない。


 よほど疲れているのか彼女は尚も目を覚まさなかった。寝息を立てて眠り続ける彼女に私はこう問いかけるしかなかったのだ。


「あなた、何者なの?」


 その疑問の言葉に答える声はなかったのだ。

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