1:夜間警備 ルストとダルム

 それは、私自身にとっても未だに信じられない出来事だった。

 その夜のことを思い出してもあまりにも実感がないからだ。

 ただ一つだけ言えるのは、


『この世には違えてはいけない鉄則がある』


 と言う事だ。

 職業傭兵となって半年、あの時の出来事は私に強い覚悟を決めさせるきっかけとなった。

 その時のことを思い出しながら少し語ろうと思う。


 あれは、職業傭兵となって半年。まだ駆け出しの3級だった頃だ。

 特定の街に腰を下ろすことなく色々な傭兵の街を仕事を探しながら歩き回ると言う効率の悪いやり方をしていた頃だった。

 ブレンデッドと言う傭兵の街にさしかかり、そこの傭兵ギルドで仕事を探していた。当然ながら率の良い仕事はなかなか見つからず、この時も仕事探しに苦労していた。

 それでも何とか見つけたのは、


――夜間警備――


 市街地の治安維持のために、軍警察の指示を受け夜の街を見回りするというものだ。

 一見地味で楽なように見えるが、トラブルやゴタゴタが起きやすく夜間警備に携わる人間自身も犯罪に巻き込まれる可能性が多い想像以上に危険な仕事だった。

 でも私は、ご存じの理由でまとまった金額が必要だったのでこの仕事に関わることにした。その時に私に釘を指してきたのがブレンデッドの傭兵ギルドのギルド支部長のワイアルドさんだった。


 彼は私にしきりにこう言っていた。


「流れ歩くのではなく、一箇所に定住しろ。時間はかかるがその方が信用を積み上げることができる。そうすれば安定して率の良い仕事を得られやすい」


 つまりは高額な仕事を探してあちこちを歩き回る私の今のやり方では効率が悪いというのだ。でも当時の私はその言葉に耳を傾けるつもりはなかった。

 信用をえられるまでどれだけ時間が必要なの?

 そう考えると踏ん切りがつかなかったのだ。

 そうした中で見つけた夜間警備の仕事。それが私にとって大きな分水領となったのだ。


 そう、あの不思議な出来事を――


 私が得たのは十日間の夜間警備の仕事だった。金額は大きく十日間働けば仕送りに必要な額の2倍は得られる計算だった。

 人員は30人ほど集められた。仕事は二人一組ツーマンセルで行われる。そこで私が組まされたのが60近い老傭兵のギダルムさんだった。


「よろしくな。嬢ちゃん」

「よろしくお願いします」


 20年近い経験を重ねたベテラン傭兵。荒くれ者が多いこの業界の中でも浮世離れした品の良さが特徴的だった。

 私はそんな彼と一緒にブレンデッドの夜の繁華街を歩き回ることとなったのだ。


 時間は夕方7時から朝の5時まで。かなりの長丁場になる。

 4日連続で夜間警備に勤務し、1日休みを得る。これが2回続いて任務完了となる。休みとなるタイミングは分けられた班ごとで異なる。つまりは5班編成でローテーションを回すという形になるのだ。


 ダルムさんは言う。


「嬢ちゃんは夜間警備任務は初めてかい?」

「はい」


 私がそう答えれば彼は少し心配げな表情で言った。


「一見、楽そうな仕事に見えるが、この夜間警備って仕事は予想以上にトラブルが多い。酔っぱらって足腰の立てなくなった飲んだくれの介抱ってのも厄介だ。喧嘩の仲裁なんてのもあるしな。とにかく途中で音を上げない事を心がけるんだな」


 ダルムさんはさすがにベテランというだけあって、私に対してはどこか先生のような物言いをしてくる。これが上から目線で押し付けてくるガラの悪い中年男性だったら反発するか無言で無視するかだっただろう。

 でも、物腰が柔らかく紳士的な態度を崩さないダルムさんの言葉は私の心に不思議と染み入っていった。

 私は丁寧に頭を下げてこう答えた。


「よろしくご教授お願い致します」

「おう」


 そんな風にやり取りをして最初の夜が始まった。

 身長が大きく離れ、歳も大きく離れている私たちに対して、親子みたいだとか、じいさんと孫だとか、言いたい放題言ってる連中がいるが、この商売そういう悪口は気にしていたらきりがない。

 私は聞こえないふりをして夜の街を歩くことにしていた。

 そんな私にダルムさんが言う。


「さすがだな」

「えっ?」

「その歳で〝聞こえないふり〟ができるんだな」


 これには理由があったのだが私は誤魔化すことにした。


「まぁ、色々と普通のことは違う経験重ねてるので」

「そうかい」


 深くは答えなかった私に対してダルムさんは食い下がってこなかった。その代わりに彼は言った。


「嬢ちゃん、ひとつだけ傭兵の鉄則ってやつを教えておく」

「はい」


 私は彼の言葉に耳を傾けた。


「〝傭兵なら他人の過去には関わるな〟これを肝に銘じておけ」


 そう語る彼の口調は普段とは違う真剣味を帯びていた。彼は続ける。


「傭兵って仕事はな本当にいろんな過去を持ってる奴が集まってくる。真っ当な表の人生だけを歩いてこの世界に来てるやつはほとんどいねえ」

「はい」


 それは驚くに値しない言葉だった。私だって理由あって親元から逃げ出してきたのだから。


「顔で笑って仕事していても、人目につかないところじゃどんな顔を持ってるか分かんねえ。人知れず泣いてるやつもいれば、怒りに身を焦がして弾ける寸前てやつもいる。紳士のように振る舞っていながら、裏じゃとびきりヤバいやつもいるのさ」


 それはまるで彼自身の過去を垣間見せているかのようだ。


「かと言ってまるっきり信用しないわけにもいかねえ。他人の過去って言うのは、その線引きなんだよ」


 その言葉は私の心の中に深く足跡を残したのだった。

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