3:到達
俺たちはお互いの身の上を差し障りのない範囲で語り合っていた。そしていくつかわかったことがあった。
こちらの世界ではほぼ人間しかいないのだが、アンの世界では人間以外にも複数の知的種族が共生して社会を営んでると言う。
しかし必ずしも友好的な種族だけではないらしい。
「では君はその〝魔族〟との戦闘を避けて単独で動いてたと言うのか?」
「はい。一緒に行動していたパーティーがあったのですが完全に混乱してしまって私だけはぐれてしまったんです」
「それで一人で逃げているうちに地下洞窟の中に全く異質な空間を見つけたと言う訳か」
「はい」
そこで彼女はすまなそうに語る。
「全く見慣れない服装だったもので、もしかすると魔族か彼らに協力する敵対勢力かと思ったんです。不用意に攻撃してしまい申し訳ありませんでした」
そう言うと彼女は本当に心から謝罪の気持ちを表している。
「それはもう気にしなくていい。私も攻撃してしまったのだからそれはそれでお互い様だ」
「はい」
彼女は笑って受け入れてくれた。彼女の会話の興味はこの遺跡そのものにうつっていた。
「それにしても、この遺跡は何なのですか? それになぜバロンさんの世界と私たちの世界がこの地下で繋がってしまったのでしょうか?」
彼女ならこちらの事情を全て明かしても差し障りないだろう。
「それはだね、この地下遺跡の特性に理由があるんだ」
俺の言葉を彼女は興味深げに聞いてくれていた。
「そもそも、私の方の世界では軽く見積もっても2000年以上前から精霊科学を基礎とした高度な文明が存在していたと言われている。だが時を経るにつれてその力は失われていき、今を去ること600年前に異民族の侵略を受けて国の滅亡ともに、その精霊科学はほぼ失われた。そう、国土内に詳細不明な無数の地下遺跡を残したまま」
「では、この地下遺跡もそうした古代の文明の残したものだと言うのですか?」
「そうだ。そしてこの遺跡は現在、暴走の兆候を示している」
「暴走――」
突然聞かされた言葉に彼女は明らかに驚いていた。
「君たちの世界とこちらの世界、偶発的につながってしまったのはほぼ間違いなくこの遺跡の暴走が理由だろう」
「ではどうすれば」
「止める。そのために必要な停止命令コードは用意してある」
そして俺はいったん足を止めると彼女の方へと視線を向けた。
「アン、あなたはどうする? ここから先、進んでいってもあなたにへは何の見返りもない。トラップなどで命を落とすことも考えられる」
俺の問いかけに彼女は即答してきた。
「冒険者はお金や富のためだけに単純に入ろうとしてるのではありません。時にはその中に巣食うであろう驚異から人々を守るために戦うこともあるのです」
彼女は真剣な表情で俺へと答えた。
「軍人であるあなたが故国を守るために戦っているように」
そこには軍人も冒険者もない真剣な思いがあるだけだった。俺は自然に右手を彼女へと差し出した。
「協力よろしく頼む」
「はい!」
彼女は、そう答えると屈託のない笑みを浮かべたのだった。
† † †
そこから先は早かった。
学識関係者による入念な事前調査により、最下層の心臓部にたどり着くためのルートは解明されていた。
途中何種類かのトラップがあるのだが、そこは彼女も冒険者と言う職務にて経験を積んだ人物だ。俺が気づくよりも前に異変を察知し、危機的状況を回避してくれた。
「さすがだな」
「いえ、バロンさんの誘導がいいおかげです」
彼女は必要以上に自分を持ち上げようとしない。とても謙虚な人物だった。
第2階層から第3階層へ、第3階層から第4階層へ、順調にフロアを進んでいく中で俺は彼女にある疑問を問いかけられた。
「それにしても困りました」
「どうした?」
「いえ、この地下遺跡の中では〝魔法〟が使えないみたいなのです」
魔法――、聞き慣れない言葉だが大体のニュアンスは分かる。俺たちの世界にある精霊科学、すなわち〝精術〟とほぼ同じだろう。
「それはおそらくこの遺跡の特殊性によるものだ。この遺跡の心臓部が、こちら側の世界で言う精霊科学――、精術と言うんだが、この遺跡の機能を妨害されないために外部からの介入を防ぐ構造になっているのだろう」
「それでですか」
「ああ」
俺の言葉に耳を傾ける彼女の表情は真剣そのものだった。
ふと、その時に気づいたものがある。
彼女の耳だ。
とても長さのある耳たぶは明らかに通常の人間とは異なる形状をしていた。だが俺はそのことは尋ねなかった。彼女は彼女だ。
そしていよいよ第5階層。この遺跡の心臓部が間近に見えてきた。
そして立ち込めてきたのは、もうもうたる湿気とかすかな硫黄の匂いだ。
アンが言う。
「何でしょうこれは? これもトラップかしら?」
この遺跡の資料を頭に叩き込んでいた俺は彼女へと説明した。
「それは、この遺跡を支える心臓部の動力源を見てもらえばすぐにわかる」
そして俺はその先を指さした。
「そら、あれだ」
進んでいくその先にまばゆいばかりの明るさが見えてきた。いよいよ、この遺跡の最深部である、中枢施設が間近に迫っていたのだ。
だがそこに見えていたのは意外なものだったのだ。
アンが言葉を漏らす。
「湯気? まさか温泉? ですか?」
「そうだ。この遺跡の最深部は、地下火山脈とつながっている」
「それでは、そのような状況で暴走されたら!」
「無論最悪、噴火の恐れもある、どれだけの被害が生まれるかわからん」
そう語りながら歩いて行けば、先に見えてきたのは想像を絶する光景だった。
「ここだ」
そこは巨大なプールだ。漫々たるお湯をたたえ、その湖底に様々な色の光を放つ発光体が埋め込まれていた。
「まさか、遺跡の心臓部というのはこの温水湖の底にあると言うのですか?」
俺たちは地下温水湖の縁にたどりついていた。
一旦足を止めて湖底を見つめながら俺は言う。
「その通りだ。当然ながら〝潜る〟以外に手段はない。本来ならば2名で作業を行うのだが、ここは俺一人でなんとかするしかあるまい」
そして俺は背中に背負った背嚢を降ろしながら言う。
「君はここで――」
「あの」
アンが私の言葉を遮った。
「私にもお手伝いさせてください」
「なに?」
にこやかな笑みと共に彼女の真剣な視線が俺を見つめてくる。
「二人、必要なのでしょう?」
「そ、それはそうだが」
「だったら何も疑問はありませんよね?」
そうなるとある問題が生じるのだが、彼女は一向に気にする様子もなかった。ここは、まぁ仕方あるまい。
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