伍:おそろい

「はい」


 観念したかのように語り始める。


「あの子は、月詠様はこう申していました」


 ルストは自らの銀色の髪の毛を片手でつまみながらこう告げた。


「〝おそろい〟と」


 それがどれだけ重い意味を持つのか宗冬は即座に気づいた。


「自分の同族と思っておられる可能性か!」


 宗冬もさすがに内心に蒼白の思いがしていた。そして何より――


「なにより私は女です。あのような小さい子供が一番に求めるのは〝母親〟です」


 そこから先は宗冬も口にはできなかった。どこをどう言葉にしても月詠を傷つけずに事態を解決へと導くことなどできないと悟ったからだ。


「あの子にも、私は本当の母親ではないことは分かっていると思います。でもその片鱗でも母親の面影を巡らせてしまえば執着を持つなというのは、はなから無理な話です」


 そしてルストは詫びるように告げた。


「やむを得ぬ事とはいえ、あの夜、月詠様をお守りしたことがこれほどまでに難しい事態を引き起こすとは……」


 だが宗冬は言う。


「いや、それはそなたが気に病むことではない」


 そして、体を起こしていたルストに横になるように促す。


「今は体を休めるがよい。何をするにしてもそれからだ」

「ありがとうございます」

「では失礼する」


 そう言い残して宗冬は去っていった。

 深刻な会話を続けたことでさらなる疲労を貯めたようだ。ルストの意識は再び深い眠りに落ちていった。

 目を覚ますのは翌朝である。



 †     †     †



 意識が戻ってからのルストの回復は早かった。

 病気をしたわけではない。精術武具の使いすぎによる生命力の枯渇が原因だったからだ。疲れを取りゆっくり養生し栄養をつければそこからさらに3日ほどで回復した。

 無論その間、月詠は甲斐甲斐しくも看病してくれる。


「るー おいしい?」

「ええ、とっても」

「よかった」


 衰弱しきって食の取れなかったルストに、朱鷺が粥を作ってくれた。それを朱鷺とともに運んでくれたのは月詠だった。

 また衰弱している間の身の回りの世話は朱鷺が一切を仕切ってくれた。食事、着替え、体の手当て、はては寝汗で濡れた体を拭くことまで。


「申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」

「なんの。これぐらい」


 朱鷺にとっても月詠は大切な家族も同然だ。それを救ってくれたのだ。これくらいむしろやって当然と思っていた。

 そして朱鷺が言う。


「お医者様がもうそろそろお湯をお使いになられてもよろしいだろうと申しておりました」

「お湯を?」

「ええ。湯浴みで体を癒やすのも肝心と」


 お風呂、その言葉はルストを妙にほっとさせた。


「それは助かります」

「そうですか? では今日の夜にでもご用意いたしますね」

「はい」


 戦闘の疲れに加えて月詠の気持ちをどう扱うべきか思案に暮れることが山積みの状態だったルストにしては、ようやく始めてホッとできる一瞬だった。


「では後ほど」


 ルストの着替えを終えて朱鷺は退室していった。

 清潔な寝具の上で横たわったままうたた寝をする。傍らには月詠が穏やかな表情で座っている。


「るー」

「なあに?」

「るー つき いっしょ」


〝いっしょ〟その言葉の意味があまりに重いものである事をルストは分かっていた。

 髪の色、瞳の色、それらのすべてが月詠と他の人たちでは違いがある。銀色の髪、色の違う瞳、白い素肌、様々な面においての〝いっしょ〟を月詠は見つけてしまっていた。


「いっしょの髪の色だね」


 そう答えて月詠の髪をなでてあげる。するといかにも嬉しそうに笑みをこぼす。


「もう少ししたら歩けるようになるから」

「わかった るー はやく よくなる」

「うん、約束するね」

「やくそく」


 するとその時襖が開いた。


「ここにいたのか月詠」

「さい」


 新たに現れたのは前の3人よりもざっくばらんな雰囲気の若者だった。同じ着物でも着崩した着こなしだった。

 若者は月詠を抱き寄せながら、ルストの寝具のそばに腰を下ろす。ルストが問いかけるよりも前にその若者は自ら名乗った。


「才蔵と言う。月詠を守る役目がある」


 先に名乗られて寝ているわけにはいかない。ゆっくりと体を起こすとルストも名乗った。


「ルストと言います、お見知りおきを」

「あぁ、今回は月詠が大変世話になった。俺からも礼をいう」


 そう言いながら口元に微かに笑みを浮かべる。言いっぷりは悪い、所作は乱暴、だが不器用な物言いの端々に性根のまっすぐさが滲み出ていた。


「ありがとうございます」


 ルストはこの才蔵と名乗った若者が気兼ねなく話せるような気がした。なぜなら――


「居るんですよね、あなたのような雰囲気の方が、私の元いた世界にも」

「ほう?」


 問われてもいないのに身の上話が口をついて出てきた。


「私の元の世界では、長年にわたりずっと戦争が続いているんです」

「長年と言うと?」

「200年、もちろんずっと大戦おおいくさが続いているわけではありません。国境を挟んでにらみ合いが続き、10年や数年おきに、大きな戦いが勃発する。そういう状況なんです」


 そこまで話して才蔵が言う。


「宗冬から、あんたが戦いを生業としていると聞かされたかがそれが理由か」

「はい」


 だがひとつだけ才蔵には理解できないことがあった。


女子おなごの身でなぜいくさに出る?」


 その言葉は言外に、こちら側の世界では戦いの矢面に立つのは男の役目と言う価値観のようなものが見え隠れしていた。


「それは、男も女も総出で戦わねばならないからです」

「総出で」

「はい」


 総出と言う言葉に驚きを覚えたような才蔵だった。ルストはさらに語る。


「私たちの国が戦っている相手はあまりに強大です。戦力的には10倍近い開きがあります。それに対抗するためにありとあらゆる手段が尽くされています。

 例えば私の生まれた国ではたみのすべてに戦争に参加することが義務づけられています。それを前提として普段から鍛錬を積むのが当然となっているのです」

「ではあんたも?」

「はい。それに加えて軍以外にも戦いを生業として生きている人たちがいます。私もそうした一人なんです」


 その時、才蔵があるものを取り出した。ルストが愛用している戦杖だ。


「それではこれもそのための武器か」

「はい」


 才蔵が戦杖を手渡してくれる。普段ならやすやすと受け取れるのだが今日に限ってはいつもより重く感じた。


「月詠が、それが無いと騒ぐのでな、戦いのあった場所へ探しに行っていたのだ」

「これをわざわざ?」

「ああ、戦いを生業とするなら自分にとっての武器は命の次に大切なものだ。それを手放すわけにはいくまい?」

「おっしゃる通りです」


 そしてそこで初めて才蔵は柔和な笑みを浮かべた。


「よく使い込まれてるな。いい得物だ」


 そう言って立ち上がる。


「邪魔したな」


 その言葉を残し才蔵は立ち去った。

 不器用ながら一本筋の通った義侠心のようなものを感じずにはいられなかった。

 月詠が言う。


「るー よる ごはん」


 部屋の外はすっかり夜の帳に落ちている。もうそんな時間になる。


「とき つれてくる」


 月詠も嬉しそうに笑みを浮かべて部屋から出て行った。

 ここまで大切にされると申し訳なささえ感じてしまう。そしてルストは思い知る。


「こちらの世界には〝礼儀〟がある」


 そう気づいた時、どうしても最悪の時にはこちら側で生きていくことを覚悟しなければならないだろうと思い至った。でも今は月詠とどう接するべきか、それだけが一番の問題だったのだ。

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次話公開は3月26日夕方5時公開です

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