四:ふあん

 家長と思しき宗冬が言う。


「実はあと一人居るのだが今ここにはおらん。戻ってきた時に改めて紹介いたそう」


 向こうから丁寧に名乗った来たのであるのなら答えるのが筋だ。ルストは可能な限り体を彼らの方へ向けると落ち着いた口調で名乗り返した。


「エルスト・ターナーと申します。故あって戦闘を生業としています。ルストとお呼びください」


 傭兵である事はあえて口にしなかった。こちらの世界に傭兵という稼業があるとは限らないからだ。無かった場合いらぬ説明をしなければならなくなる。

 ルストの言葉に頷きながらも家長である宗冬はルストにこう述べた。


「ルスト殿、そなたは我らがあるじの命の恩人だ。好きなだけ気兼ねせず我が屋敷にて養生すれば良い」

「ありがとうございます」


 当然といえば当然の言葉だった。恩には恩をもって報いるのが人の道というものだからだ。だが、彼らがルストの前に集まったのはそれだけが理由ではない。

 宗冬はルストに尋ねた。


「ときに尋ねるが」

「はい」

「ルスト殿はどこから参られた? この日の本の国ではあるまい?」


 彼らがルストがどこからやってきたのか? 疑念を抱いているのは明らかだった。だが、補足するように宗春が言う。


「一つ断っておくのは、我らはなにもそなたを問い詰めようというのではない。実は、我らのあるじである月詠様の様子が少々おかしいのだ」


 扇を手にしている泰誠が補足する。


「我らが月様は不思議な力をお持ちにならていれる。しかし、このところ、力が使えなかったり乱れたりしておられる。そこに現れたのがそのほうだ。何か関係があるのやからは? と我らは考えたのだ」


 意見をまとめるように宗冬が言った。


「何か手がかりになることがあれば聞かせていただきたい。月詠殿はあれでなかなか繊細なお子だ。自分自身の体に起きている不調に気付いておられるのは確かだ。それを解決できるのであれば助けてやりたいのだ」


 そこには彼らが月詠と言う子供を心の底から大切に思っている愛情のようなものがはっきりと伝わってきていた。それに応えぬようなルストではない。

 まずはルストから問い返す。


「わかりました。私でよろしければ何なりとお答えいたします。ですがその前に一つお聞かせいただきたいことがあります」


 ルストのその言葉に宗冬が問い返す。


「それはいったい?」


 ルストは努めて冷静な声で尋ねた。


「月詠様があのような場所で泥まみれでしかも深夜に彷徨っていたのはなぜですか?」


 それに答えたのは泰誠だ。


「これは身共らの推察でおじゃるが、月様は自在に飛ぶ事がおなりになる。して自由自在に好きな場所に参れるのだが月様自身で考えていたのとは異なる場所に飛ばされてしまったのやからはないのかいな? と我らは考えている」

「自分で考えていたのとは異なる場所に?」

「さよう」


 そこまで話を聞いたところでルストにも思い当たるところがあった。


「もしかすると――」


 その言葉が宗冬たちの耳目を集める。

 ルストは言葉を続けた。


「実は私はこことは違う世界。別の世界から引きずり込まれたのです」


 ルストが語る言葉を彼はじっと聞いてくれた。否定の言葉は出てこなかった。


「私は向こう側の世界では軍隊の任務に従事していました。そして軍からの依頼で。ある調査をしていたのです」


 宗冬が問う。


「調査と?」

「はい」


 一区切りおいてルストは続けた。


「とある山中で度々、行方不明者が出ました。それだけならば単なる遭難事件です。軍のような大きな組織が動く理由にはなりません。ですが軍の兵が20人規模でまるごと行方知れずになれば無視するわけにはいきません」


 その言葉に宗冬が言う。


「無論だな。軍の行動には全て理由がある。理由のない行動は許されん。余が指揮をする側であったとしても、なぜ行方知れずになったのか詳しく調べるように命ずるであろうな」

「おっしゃる通りです。そして私を含めて10名ほどで行方不明の舞台となった山岳地帯へと入っていきました。それでそこで見つかったのは約500年前の古代遺跡でした」


 泰誠が言う。


「遺跡とな?」

「はい。私たちの世界には〝精術〟と言う特殊技効があります。例えば私が月詠様お守りする時に使った武器。あれは物の重さを自在に制御することができます。同じように様々な効果を持ったものが古くから作られていました」


 そこで宗春が言った。


「つまりそれと同じ理屈で作られた建物があると?」

「建物というより山そのものの地下に埋もれていたのでしょう。何しろ古い代物なので。それが人知れず存在して付近をたまたま通過した人間を別な場所へと飛ばしてしまう。そういう一種の事故だったと考えています」


 宗冬が問うた。


「それでルスト殿がその遺跡の力でこちらの世界に飛ばされたと?」

「その可能性が高いと思います。遺跡の存在を確認して、さらに詳しく調べようとしていたその矢先でしたから。ですが私はもう一つある可能性を考えています」


 泰誠が問うた。


「それは何ぞ?」


 ルストは言葉を選んで慎重に答えた。


「その遺跡と月詠様が繋がってしまった可能性です」


 突飛な考えだった。だが荒唐無稽とも言えない。目の前にルストと言う確実な証拠があるのだから。


「そう考えるとなぜ私があの状況で月詠様のいる場所に出現したのか? 説明が付くのです」


 泰誠が意を得たりとばかりに言う。


「月様の生命の危機に別な世界の遺跡の力でたまたまそこに居合わせたそのほうを救いを求めるかのように招き寄せてしまったというわけか」

「その可能性が一番高いと思います。この考えならば月詠様のお力がうまく使えない理由も分かります。別世界の遺跡と紐付けされてしまったためにそちらに力が吸い取られているのです」


 宗春が言う。

 

「持っている力が引っ張られているというわけか」

「はい」


 宗冬が答えを求める。


「して、解決策はどうするのだ?」

「解決方法としては考えられるのは、私が向こう側へ帰り、その遺跡を自らの力で破壊することです。そうすれば月詠様と遺跡の紐付けは途絶えて元に戻るはずです」

「ならば、どうやって元の世界へと戻るおつもりだ?」


 宗冬の問いにルストは厄介さを滲ませながら答えた。


「おそらくは月詠様の意識やお心と遺跡はつながっていると思います。つまりは――」


 そう答えようとした時、泰誠が言う。


「月様ご自身のお心ひとつというわけやな?」

「はい」


 わかりやすい答えだったが、それはとても難しい答えでもあった。

 宗春が絞り出すような声で言う。

 

「そうなるとルスト殿を月詠様が殊の外に気に入るようなことがあれば」


 そこまで話して事態がいかに深刻かを四人は気付いていた。それすなわち――


「月詠様を傷つけることなく納得させなければならぬと申すと言うことか」


 泰誠が放った言葉がいかに解決手段が難しいかを物語っていた。

 宗冬が言う。


「さすがに想像やもつかぬ」


 宗春が言う。


「あれだけご心配しておられたからな」


 その言葉にルストが疑問の声を上げた。


「どういうことですか?」


 宗春が言う。


「あなたは泰誠に助け出されてから二日間眠り続けました。命の力を使い果たしてしまったかのように。普段であれば月様は他人の傷を癒すことができますゆえ、当然のようにあなたのお体を癒そうとしておられました。ですが――」


 ルストは気づいた。


「治せなかった」


 3人がうなずき返した。宗春が続ける。


「あなたが目覚めるまでの間、寝ずの番で看病しておられました。あなたが目を覚ましたのでほっとしたのでしょう。今ようやくに眠りについています」


 そして、宗冬が言う。


「月詠殿はいかなる御仁にもお優しく親しくされる。だがそれでもここまで執着されるのは初めてかもしれぬ」


 その言葉にルストには思い至ることがあった。だがこの場では容易には口に出せなかった。少し困り果てたような雰囲気をルストが垣間見せていたのだろう。

 それを察したのか泰誠が言った。


「さて、まだ傷は癒えてはおらぬ。体の衰弱もまだまだや。まずはそのお体を癒すことを考えるがよかろう。事の仔細はそれからでええ」


 宗春が納得したかのように言う。


「そうだな」


 そして二人は立ち上がった。


「兄上、私はこれにて」


 宗冬が一礼して去っていく。泰誠も扇を両手で縦に持つとふかぶかと一礼して去っていった。後に残ったのは宗冬とルストだけだ。

 二人が去っていったのを確かめて宗冬は真剣な面持ちでルストに問いかけた。


「ルスト殿」

「はい」

「何か他にも気づいておいでですな?」


 図星だった。軽々しくは口にできない深刻な不安がルストにはあったのだ。

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次話公開は3月25日夕方5時公開です

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