(2)―由美とルストと天使の小羽根亭―

 家を出て街の中を歩く。

 そしてその道すがら私の職業について説明してあげた。


「この国にはね傭兵というのがいるの」

「傭兵って、お金で契約して戦争に参加する人達ですよね?」

「ええ、そうよ。私もそれをやってるの」

「ルストさんもですか?」

「うん。ちょっと色々あって安定してお金を稼がないといけないからね」

「そうなんですか」


 そして彼女は意外な言葉をかけてくる。


「その、お辛くはないですか?」


 彼女にとって戦場に立つということがそういう風に捉えられたのだろう。


「なんで?」

「なんでって――その戦争ですよね?」

「ええ、この国を守るために、この国の国土を維持するために200年以上、みんなでずっとやってきたことだから」

「200年」 


 その数字が彼女の心に驚きをもって伝わったようだ。


「私たちが戦っている相手というのは、圧倒的で規模が大きいの。私たちはその1/10以下。だから国全体で力を合わせて戦うしかない」

「はい」

「だから、正規の軍隊の他に、市民による義勇兵がいて、私たちのような傭兵がいる。その三つが力を合わせて戦っているの」


 ルストがそう言った時に表通りへと出た。

 時刻は夕暮れ一仕事終えた人たちが買い物に、夕食に、日々の生活のために、そして一杯やるために、ぞろぞろと繰り出している時だった。

 その街の喧騒がこの街の平和を表していた。


「うわぁ、すごい!」

「この街はね、傭兵の街。傭兵たちの日々の暮らしを支えるための街なの」

「そうなんだ。それでこんなに武器を持っている人たちが居るんですね」

「ええ」


 そして歩いた先に行きつけの天使の小羽根亭が見えてきた。日が沈みかけているためすでに一杯始まっている人たちも居る。

 私は彼女にことわった。


「いろんな人たちがいるけど怖くないからね」

「え? あっはい」


 私の突然の言葉に戸惑っているようだった。

 彼女の手を引きながら店の中へと入っていく。するとそこはいつもながらのあの喧騒。ジョッキ片手に騒いでいるのもいれば、黙々と食事をしている人もいる、仲間達と議論に花を咲かせてるのもいれば、カード賭博に勤しんでいる人もいる。

 彼らに恐縮する彼女をなだめながら、なるべく彼らを刺激しないようにして、店の片隅へと向かう。

 二人用の席に腰を下ろすとさっそく店の女将のリアヤネさんが注文を取りに来た。


「いらっしゃい」

「こんばんは」


 私がリアヤネさんと挨拶を交わす傍らで由美が頭を軽く下げて会釈している。


「いらっしゃい! 初めて見る顔ね。お知り合い?」


 ルストは言う。


「ええ、そんなとこです」


 ルストの言葉にリアヤネさんはそれ以上掘り下げて来なかった。傭兵ならば他人の過去には関わるな、それがこの街の当たり前の流儀だからだ。


「何にする?」

「それじゃ、パンとビーフシチュー、それから軽くエール酒で」

「野菜は?」

「じゃあ、ザウアークラウト」

「ええ。今持ってくるからちょっと待ってて」


 ビーフシチューはこの店の定番メニューだ。ルストは彼女に聞く。


「当たり前に頼んじゃったけど由美はお酒飲める?」

「あんまり飲んだことないです。飲めないわけじゃないけど」

「そう? それなら良かった。こちらの国では割と若い時から当たり前にお酒って飲んでるのよ」

「へぇ」

「街や地域によっては、水の便が良くないところもあるからね。喉が渇いたら真水じゃなくてエール酒やビールを飲むのが普通なのよ」


 この店は品物が出てくるのが早い。定番メニューならなおさらだ。そんな風に会話している間に早速エール酒が出てくる。

 陶器製のジョッキが二つ私達の目の前に置かれた。


「はいどうぞ! 残りも今すぐに来るからね」


 二人とも自然にジョッキに手が伸びる。エール酒を手にして乾杯が始まる。


「乾杯」

「乾杯」


 ルストがあまり前にエール酒を喉に流し込めば、由美は恐る恐るに飲み始める。口に合うかとルストが見守っていたが杞憂のようだった。


「美味しいです」

「そう? よかった」


 エール酒にもいろいろある。酒を飲み慣れた人たち御用達の度数の高いのもあれば、水やジュースと何ら変わらない薄めのものもある。果実のテイストを加えてフルーティに仕上げたものもある。良い香りがしているので二人が飲んでいるのはそういうものだろう。

 そしてすぐに出てくるビーフシチューとパン。パンは半分にカットした丸パンで、付け合わせはバターではなく蒸したじゃがいも。

 それをバターナイフで塗りつける。

 その時、由美が驚いていた。


「パンにポテトを塗るんですか?」

「うん。由美のところではやらないの?」

「はい。バターかジャムなので」


 それはちょっとした文化の違い。でも由美は若いだけあって柔軟だった。


「でもやってみようかな」


 見よう見まねでパンに蒸しじゃがいもを塗る。程よく焼けたパンにじゃがいもはよく馴染んだ。

 そしてそれを口に運んで一口かじる。


「美味しい! それですごく甘いです」


 じゃがいもが甘い。それは彼女には驚きだったようだ。


「パンに塗るじゃがいもは糖度の高い物を使うの。蒸すことでより甘みが出るようになるのよ」


 そしてスプーンを片手にシチューを食する。時間をかけて煮込まれたシチューは牛肉もトロトロに火が通っていた。


「美味しい!」

「でしょ? こういうお店のシチューって大鍋で時間をかけて煮込んでるからね、具がとにかく柔らかくなってるし、味も濃厚なのよ」


 そして食事とお酒が始まる。

 彼女の身元がバレるのを避けるためにも、あまり込み入った話はしなかった。と言うより、一杯お酒の入ったほろ酔い気分の他の傭兵さんたちに絡まれたくなかったのだ。

 店内を見回した由美が言う。


「このお店に来ている人達ってやっぱり傭兵の方たちが多いんですか?」

「ええ、そうね。仕事帰りの傭兵とかには定番のお店だから」


 よく見れば他の傭兵の人たちも私たちには気付いていた。ただ由美の事を察してくれているのだろう。変に絡んだりせずに見守ってくれているのだ。

 由美が言う。


「みなさん紳士なんですね」

「そう? 普段は結構荒っぽいんだけどね」


 ルストは語る。


「他の国では傭兵って言うと、お金が最優先で戦場ではさっさと逃げていくって言うのが当たり前らしいけど、この国ではそうじゃないのよ」


 その言葉を由美は食事をしながらじっと聞いてくれていた。


「元々、兵の総数が少ないんだけど、傭兵って言うのは単にその数を穴埋めするために集められたものじゃないのよ」

「と言うと?」

「うん、この国の周りには色々な国があるんだけど、私たちが戦っているトルネデアスとは、私たちの国と同じように、ほかの国々とも対立しているの。でもトルネデアスと国境を接しているのは私たちの国だけ。そういう状況でこの国がもし負けてトルネデアスが侵略してきたらどうなる?」

「あっ、当然他の国々も戦争になりますよね?」

「うん。だからこそなの。他の国でもトルネデアスと戦う意志のある人たちが傭兵という名目でこの国に来てくれているのよ」

「へえ」

「力を合わせてこの国を守る。それがこの国の傭兵よ」


 ルストによって語られたその言葉に由美はうなずいていた。

 食事を終えて帰ろうとすると何人かの傭兵たちから声をかけられた。


「楽しんでるかい?」


 由美は答える。


「はい! とても美味しかったです」

「そうか、そりゃよかった」


 今この場で根掘り葉掘り聞いてこなかった分、後日別な形で質問攻めにされるに違いなかった。でも今は彼らの紳士ぶりに助けられた形だった。

 店から出る間際に振り返って二人で手を振る。


「ルスト、おつかれ!」

「ええ、お疲れ様!」


 私にならって由美も言った。


「皆さんもお疲れ様でした!」

「おう!」

「お疲れさん!」

「気をつけてな!」


 彼らの配慮と優しさが由美の心にはうれしかった。

 店を出て街の中を歩く。ルストは由美に言う。


「お腹がいっぱいになったら。体を温めたいわよね」

「えっ、はいそうですね」

「それじゃお風呂に行かない?」

「お風呂ですか?」

「うん。わたしの家は簡単なシャワーはあるんだけどそれじゃ物足りないでしょ? お湯にゆっくり浸かってゆっくりしましょう」

「えっ? あっ、はい」


 お風呂に入る。その言葉に由美は戸惑っているかのようだった。


「大丈夫よ。大変な事になるわけじゃないんだから」


 そうあっけらかんと話すルストを否定する気にもなれない。


「わかりました」


 由美はそう素直に答え返した。

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