全ての人間の顔に疑問符が浮かぶ。

 今そんなことは大事か?

 と。

 けれどもこの場で絶対は御影だ。

 御影が拳銃を突き付けている相手はオニ。

 ドリーマーが全員で御影に襲い掛かれば、拳銃を奪う事は出来るだろう。

 しかしオニがそう命令しなければ彼らは動けないし、オニは命じる事が出来る筈もなかった。

「事の発端は、御厨みくりが殺されたことにある。あの日は荒野人格のリアイベが開催された日だった。イベント内の大会で推しのチームが優勝するのを配信で見て、いい気分で学校に行ったら、御厨が死んだことを知らされた」

 御影は拳銃を構えたまま、始まりを告げる。

「さあ、御厨を殺したのは誰だろうか?」

 宙ぶらりんな疑問に。誰も答えようとはしない。

 答えるべき者がいない事も、誰もが知っていた。

「始まりは、恐らくナギさんだ。ナギさんはノブレスカイトに入るために、御厨とパコさんを誘って集会に参加した。ただ御厨は怒って途中退出した。

 その後きっと、参加者たちは劣情の薬を飲まされた。パコさんは狙い通りの効果が現れたけど、ナギさんは体質的に薬が合わず、異常症状が出た。常に興奮状態で眠気や疲れを感じなくなったんだ。つまり、そこでドリーマーになった」

 殆ど気絶している状態のナギは、言葉を発することは無かった。

「ナギさんはドリーマーとしてノブレスカイトに入る事になったけど、パコさんはどうなったか?恐らくは薬でおかしくされて、どこかに売り飛ばされる予定だったんだろう。それが八足の彼女も放り込まれていたあの施設だ」

 視線を投げかけられたドリーマー達は、お互いに顔を見合わせた。

「御厨はパコさんと連絡が取れなくなったことを疑問に思い、調べ始めた。そこで八足の彼女の失踪を知り、八足に相談した。ただ八足はそのことを深くは理解せず、自分の点数稼ぎのためにオニに御厨を紹介したんだ」

 御影と視線が合ったが、八足はすぐに目を反らした。

「オニは御厨を気に入り、ホテルに連れて行った。その後家に連れ帰ろうとしたけど、問題が起きて、一度この施設に立ち寄ったんだ。御厨は俺達がバイクを止めた所までしか行かなかったんだろうけど、この山にパコさんに関係する施設があると読んだ」

 オニは蔑むように目元を歪めた。

「警察に相談するにも、施設の場所を確認しておく必要が有った。だから御厨はナギさんと八足に一緒に来てくれないか相談した。しかし既にドリーマーになっていたナギさんは連絡を見ないふりをし、御厨をバカ女だと思い込んでいた八足は、本気に受け取らなかった。『行けたら連絡する』なんて、適当な応答だけした」

 八足は下を向いたまま、悔しそうに唇を噛んだ。

「御厨も八足が来る可能性は低いと思っていただろう。けど万が一、八足が1人で施設に行ってしまったら、八足が危険な目に遭ってしまう。だから御厨は行名山に行くことにしたんだ。そこで不運にも足を滑らせて死んでしまった。いや、足を滑らせて頭を打ち、死にかけの所をドリーマーが通報してくれたけど、救急車が到着した時には手遅れだった」

 御影は少し息を吐き、淡々と事実を述べ続けた。

「御厨が八足と連絡が取れず、1人で行名山に行かなければならなくなったのは俺のせいだ。俺がスマホを取り上げさせたから、御厨は山に行き……死んでしまったんだ」

 罪を明かした御影は、八足に顔を向けて問いかける。

「さあ?御厨を殺した犯人は誰だと思う?」

「別に俺が御厨を殺した訳じゃねーよ。つーか、犯人なんていねーじゃんかよ」

 八足は吐き捨てるように言う。

 御影はそれには答えず、オニに問い直した。

「あんたは?薬でイカレタ女どもに売春させて、壊れたら適当な所に売り飛ばして」

「あ?あの女が死んだのは、それとは別件だろうがよ。あの女には薬も使ってねーし、売春もさせてねーよ」

「じゃあ、御厨は誰が殺したと思う?誰のせいで死んだと思う?」

 犯人ではなく、誰のせいだと?

 そう問われてしまえば、答えられる者はいない。

 沈黙の中、八足だけが追い立てられるように零した。

「……御影だって…御影のせいでもあるじゃないか」

「ああ、俺のせいでもある。ただ誰が犯人だって問いかけは、誰かが悪ければそれで済む。でも誰のせいでって問いかけだと、別の誰かの罪で、他の誰かの罪が贖われる事がない」

「御影は、何がしたいんだよ?」

「別に何も?ただ罪を自覚して生きて欲しい」

「罪って……誰も犯人じゃないのにか?」

「ああ、そうだ。誰も犯人じゃない。だから誰も罪を贖えない。誰のせいだって押し付けられない。俺達が殺したっていう罪だけがある。この事に関しては、罰を受ける権利を持つ者は存在しないんだ」

 御影は瞬きもせずに捲し立てる。

 オニやドリーマー達は、狂人を忌避する視線を御影に投げかけていた。

「だからこれは贖罪でもなければ、弔いにもならない。完全な俺の我儘だ」

 全てを吐き出し終わり、熱が冷めた様子。

 御影は世間話でもするように、オニに話しかけた。

「あんた、何でここに来たんだ?」

「あ?ナギが裏切ったって密告が有ったんだよ」

「で、ここに来たら、実際にナギさんの不審な動きが見付かったと。相当慌ててたんだな。情報提供者を確認しないなんて」

「は?」

「御厨が近くで死んだから、警察がこの付近に入り込むことが増えた。そのせいで施設の隠匿が難しくなっている時だっただろうしな。焦って駆け付けもするか」

 青ざめるオニの顔を確認しながら、御影はポケットからスマホを取り出した。

 それは電池が切れている御影のスマホではなく、ロックが掛かっていた筈の御厨のスマホだった。

「八足に心当たりが有ったらしくて、御厨のスマホのロック、ちょっと前に解除できたんだ。あんたへの連絡も、御厨のスマホで送った。名前とアイコンは変えたけどな」

「この餓鬼がぁ!嵌めたのか!」

「ついでにこのスマホ、警察に繋がりっぱなしなんだ。ぎりぎり電波来てるから、今話した内容も位置情報も全て筒抜けだよ」

「なんだと!!」

 オニが驚きの声を上げた瞬間、周囲がまばゆい光で照らされた。

「警察だ!全員武器を捨てて、頭の後ろで手を組め!」

 オニは一瞬抵抗の意思を見せた。

 しかし360度全て警察に囲まれている状況を見て、すぐに観念した。

「てめぇ!覚えてやがれよ!みくりの件は俺じゃねえって、理解してるんだろうが!」

「ああ。あんたに御厨が死んだ責任を押し付ける事は出来なかった」

 雪崩れ混む警察に確保されながら、オニは怨嗟を吐き出し続ける。

 御影はまるで台詞の様に、ぽつりと一つ感想を述べた。

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