第五章『裁き』1
御影と八足は施設を出て、ナギとの合流地点へと急ぐ。
周りは完全に夜に塗り潰され、御影の胸にかけたLEDライト以外の明かりが存在しない。
施設の周囲の僅かな平原を突っ切り、森の中に入れば星明りすら届かない完全な闇になるだろう。
真っ暗な山道を抜けるのは恐ろしい事だったが、八足にとってはそれ以上に気がかりな事がある様だった。
「警察に保護して貰えば、大丈夫なんだろうな?」
走りながら八足が問う。
八足は警察に追われており、罪状のまま捕まれば少年院に送られてしまうだろう。
「分からない。ただ少なくとも俺達は、お前に警察に行って貰わないと困る」
「勝手なこと言ってくれるぜ」
「嵌められたのは、八足の落ち度だろ。それにお前だって警察に保護して貰う以外、オニから逃げる手段はない。無実を証明できるかは、警察の有能さを信じるしかない」
「そうだよ…なぁ……」
八足は深い溜息を吐き、項垂れる。
狩りの少年院に送られるとしても、八足にとってはそれが幸せな構成だってあるのだ。
きっと八足も御影も、オニに捕まればただでは済まないのだろうから。
「いーや、冊に世話になる必要はねーよ。止まれ、クソ餓鬼ども」
「っ!?」
突然目の前が真っ白になる。
沢山のライトで照らされたのだと理解するのと同時に、厭らしい声に制止を命じられた。
「どうする、御影!?」
暫くして視界が回復。前を確認すると、そこにはオニやドリーマー達の姿が有った。
ドリーマー達は素早く御影と八足を取り囲み、サーチライトの様に2人を照らした。
「ナギさん……」
オニの隣には、ナギの姿が有った。
ナギの顔には、真新しいあざが幾つも出来ていた。半分意識の無い状態で、後ろ手に拘束され、無理矢理に立たされているようだ。
勝ち誇ったオニの顔。捕まればただでは済まないだろう。
「八足、合わせてくれ」
御影は自分の胸元に下げていたLEDの電源を切った。
ドリーマー達は無意識にLEDで光る御影を避け、明かりの無い八足の方ばかり照らしていた。そのせいで御影は誰にも照らされておらず、御影の姿を見失う。
「おらああ!」
ドリーマー達は御影を照らし直そうとしたが、突如八足が気合の声を上げて手近なドリーマーに蹴りかかった。
ドリーマー達は反射的に八足を照らしてしまい、御影が完全に闇に消える。
「てめーは、近くの餓鬼を照らすんだよ!!」
「う、うす!」
オニに怒鳴られ、ナギを捕まえているドリーマーが御影を見付けて照らす。
御影は一直線にナギを捕まえているドリーマーに向かっており、既に懐に入り掛けていた。
「人質を助ける気かよ、は!悠長な餓鬼が!」
御影の姿を補足した鬼は、横合いから御影を殴り付ける。
が、
「な!」
突如御影か停止し、オニの方に向き直る。
オニの拳は空振りし、御影の掌がオニの顔面へと交差する。
「へぶ!」
高校生の拳など難なく耐えられると高を括っていたオニの顔面に、予想を遥かに超える衝撃が生まれる。
御影はいつの間にか拳より大きな石を掴んでおり、それでオニを殴り付けたらしかった。
「ああああ!!」
「げは!」
御影は、たたらを踏むオニの鼻に石を投げつける。
石がオニの鼻柱をへし折り、オニは地面に仰向けで倒れた。
「このままじゃ殺される!どちらかでも、警察に辿り着くぞ!」
「おう!」
御影はオニの横を抜けて、木の多い場所へと走る。
八足もドリーマーの囲いを突破し、別の方向へと逃げていく。
「止まれや、餓鬼ども!!!」
「っ!!」
瞬間、腹の底に響く破裂音が山を揺らした。
御影が思わず振り返ると、オニが顔面を血に染めながら拳銃を構えていた。
「くぅ!」
銃声に驚いた八足は足を止めてしまい、ドリーマー達に組み伏せられてしまう。
「殺すぞクソ餓鬼があ!!」
「う……」
撃たれたら死ぬが、弾丸が外れれば逃げ切れるかもしれない。
足を止めれば撃たれはしないが、捕まって殺される可能性が高いだろう。
そんな理論は理解しているのに、銃口を向けられた御影の足は、鉛になってしまったかのように動かなかった。
「させませんよー!」
「ぐ!」
直後、横合いから走り込んできた誰かが、オニの拳銃を蹴り飛ばした。
拳銃はオニの手を離れ、地面を転がっていく。
「なんだ、こいつは!」
「きゃう!」
「ミイさん!」
拳銃を蹴り飛ばしたのはミイだった。
彼女はオニに取り押さえられながら、御影に叫ぶ。
「そ、それを拾って逃げて下さーい」
御影はハッとして動き出し、拳銃を拾い上げた。
オートマチックの銃で手にずっしりと重い。
弾も入っているし、ロックも掛かっていない。
ただ引き金を引けば、人が殺せる状態になっていた。
――優位が確保され、嗜虐心を満たせる状態と言えた。
――謎解きと言うのは、自身を救うためだけの目的にして手段なのだろう。
「皆動かないで貰おう。誰が御厨みくりを殺したか?今から明らかにしていこうと思う」
御影は拳銃を構え、月明かりの逆光で宣言した。
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