12

「あいたー!」

 口を押えてきた手に、咄嗟に噛み付いた。

 相手は驚いて離れつつも、刃を動かした。

「く……!!」

 首筋がカッと熱くなる

 左手で押さえると、ぬるりとした血を感じた。

「あう!?」

 LEDライトをつけ、相手の視界を照らす。

 強烈な明かりに視野を奪われた相手は、目を瞑りながらナイフを振るおうとする。

「ミイさん?」

 相手の顔を確認して、思わず声を出した。

「え……御影しょうねーん!」

 ナイフを持っていた相手は、警察のミイさんだった。

 ミイさんも俺の顔を確認したらしく、抑えた声で驚きを示した。

「どーして君が、こんな所にいるのでーす?」

「ミイさんこそ、ここはノブレスカイトの施設でしょ?」

 状況は分からないが、先手を打つ。

 ミイさんの立場が分からない以上、先に情報は明かしたくない。

「私はこっそり、ノブレスカイトの調査をしているんでーす」

 ミイさんはナイフを仕舞いながら、自身の口元に人差し指を当てた。

「でも、言わないで下さいねー。一応違法捜査なので、私が今日ここにいる事がバレたら、彼らを逮捕できないのでー」

「そうですか」

 ミイさんは悪戯っぽく話す。

 信用するに足る程ではないが、話の筋は通っている。

 コチラとしても彼女の助けが欲しいので、情報を明かす事にする。

「俺は八足を探しているんです」

「八足くん、ここにいるんですかー?」

「ここにいるかも知れないってだけです。あいつはノブレスカイトに嵌められて、関連施設に逃げ込んだらしいんです」

「……つまり彼は無実だと言いたい訳ですかー?」

「無実かは法律が決めることですが、罪を被せられた可能性は高いと思います」

「ふむー、取り敢えず、なぜ八足くんはこの施設へー?」

「彼女が捕まっている、みたいなことを言っていました」

「あー、それですかー」

 ミイさんは気の毒そうに俺を見詰めた。

「私はやるべきことが有るんで行けませんがー……早めに行ってあげて下さいなー」

 ミイさんは俺の首をハンカチで拭き、大きな絆創膏を張ってくれた。

「痛みますかー?」

「大丈夫です」

 痛みは少しあるが、血は殆ど止まっている。

 ナイフは皮を軽く割いた程度で済んでくれたらしい。

「ここを出て右へ行き、突き当たりの廊下を右、また突き当たりの扉を進んで下さーい。彼女とやらがいるとすれば、多分そこです。移動している可能性もありますけどー」

 ナギさんはパソコンを確認しながら、教えてくれる。

「ありがとうございます、行ってみます」

「あ、警察には連絡しましたかー?」

「いえ、まだ。スマホの電池が切れていて」

 ミイさんに電池の切れたスマホ画面を見せる。

「あー、じゃあ、私の仕事が済み次第、連絡しておきまーすね」

「ありがとうございます」

「まー、タイミングもあるので、こっちこそ助かりますー。何があっても、警察に私がいた事を話すのは、無しですからね?」

 ミイさんはウインクをして、悪戯っぽく笑った。

「八足を見付けたら、どうしたらいいですか?」

「んー、私はもうしばらく、ここで仕事が有りまーすねー。できれば山の麓辺りに逃げて下さーい」

 俺達が町まで逃げてしまうと、八足の目撃情報が警察に入る可能性がある。

 後々ややこしい事になるので、安全な時まで隠れておけと言う事だろうか。

「分かりました。帳尻合わせで、俺達が不当な扱いを受けないように頼みます」

「まー、こっちも弱みを見せましたし、安心して下さーいね」

 ミイさんに見送られて部屋を出る。

 後ろ手で扉を閉めた途端、膝の力が抜けて崩れ落ちそうになった。

 慌てて扉に背中を付けて体を支える。

 体の奥底が火のように熱く、同時に真冬のように冷えていた。

 震える手で首筋を触る。

 傷は浅く、痛みは殆どない。

 しかし傷口から解れて、首が落ちてしまう錯覚を覚える。

「情けない」

 怯えている時間はない。

 力の入らない不確かな足取りで、ミイさんに教えて貰った場所へと急いだ、

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