俺が先を進み、ナギさんが後ろからついて来る。

 山道と言っても、かなり踏み固められており、歩き難さは無かった。

 それだけ人が通っていると言う事だろうか。

 目的地が近い事に気を引き締めていると、ナギさんが立ち止まった気配を感じた、

「どうかしました?」

「あっちを照らしてくれ」

「あっち?」

 ナギさんは右手の暗闇を顎で指した。

 そちらを照らしてみると、何やら白いものが転がっていた。

「……花束ですね」

 花束とこまごましたものが、道端に転がっていた。

 いや、正確には供えられているのだろう。

「御厨の死んだ場所なのか?」

「分かりませんけど、可能性は高そうですね」

「行くか?」

「いえ、この暗闇では、俺達も足を滑らせて落ちかねませんから」

 先に進まないといけない。

 しかし、供えられた花束を照らす腕を、見えない腕に捕まれる感覚に襲われる。動かす事ができなかった。

「崖の下に落ちてる御厨を、ドリーマーが見つけて通報したって聞いてる」

「ドリーマーが?」

「……そのドリーマーは、夢遊病状態だったらしい」

 ドリーマーは、眠らない兵士と聞いた。

 その代わり一日の内に何度か、意識を無くしたまま動く時間が有るらしい。

 意識を失ったままのその通報は、彼らにとってやっていい行いだったのだろうか?

「ナギさんも眠らない人なんですよね?どうやってなったんですか?」

「根性で起きてるんだよ」

 冗談ではなく、嘘に近い物言い。

 言えない何かがあるのかと頭をよぎったが、普通に考えると言えないことしかなさそうだった。

 突っ込んで聞きたいが、きっと今の俺は必要よりも興味が勝ってしまう。

 そんな失礼では、ナギさんは取り合ってくれないだろう。

「通報したドリーマーは、意図せずに通報してしまったと言う事ですか?」

「噂ではな。そしてそいつは行方知れずだ」

 やはり本来であれば、通報してはいけない場面で通報してしまったのか。

 反社会的な人間が、意識が途絶えた状態で、常識や良心に則った行動を取ってしまった。何とも皮肉な話だ。

「それほど高い崖じゃない。けど打ち所が悪かったんだろう」

「危ないですよ」

 ナギさんは崖に近寄り、スマホのライトで崖下を照らす。

「ドリーマーは、意識が途絶えている間の事も、なんとなく覚えてるんだ。悪夢の中を彷徨っているみたいに何となく。だから夢見心地のそいつの与太話だけど、御厨は落ちた後も意識はあったらしい。でも、首を損傷したらしく、体は全く動かない状態だったってよ」

「詳しいですね」

「通報した奴が泣きついて来てな。あの時の御厨の目が、忘れられないってよ」

 ナギさんは、こちらを振り向いた。

 その顔は真っ暗で、どんな表情をしているのかは分からなかった。

「動けなかったんだから、自分で助けを求める事は出来なかった。田小山に御厨のスマホの事を言いつけた、お前のせいじゃない」

 心臓を握り潰された気がした。

 ―御厨が死んだのは、お前のせいじゃない。

 ずっと一緒にいた人物がそんな風に思っていたなんて、心の底から悍ましい。

「知ってたんですか?」

「スマホを弄っているのを、お前が田小山に言いつけて、スマホを没収されたって御厨が愚痴ってた」

 何も口にする事は出来なかった。

 それ以上的外れな優越を垂れ流して欲しくないのに、言葉を止める術を見失っていた。

「私のスマホは圏外だ。御厨のスマホも同じ格安だから、圏外だったんじゃないか?」

「……」

「必要かも分からない贖罪のためなら。ここで引き返せ。命を賭ける理由にならない」

 ナギさんは冷たく言い放つ。

 崖に向かって手を合わせると、道の先に進んでいく。

「ナギさんは、何で行くんですか?」

「八足が困ってんだろ」

「俺もそれが理由ですよ。あいつは俺に電話を掛けてきたんですから」

「口の回る奴は生き難いな。自分自身さえ、簡単に騙せてしまうんだからな」

 ナギさんはコチラを振り返らずに進んでいく。

 俺も気が付いたら、ナギさんの後に続いていた。

 先の見えない暗闇の中。

 暇つぶしの様に、ヘドロの様に。

 ついて行くべき理由が溶け出し続けた。

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