「もうすぐですね」

 行名山に入り、暫く舗装された道路を走っている。

 黒塗りにされた夜闇を、ヘッドライトの明かりが削り取っていく。

「あぶね!」

 バイクが急に蛇行し、振り落とされそうになる。

 慌ててナギさんの腰に、強く抱き着いてしまう。

「そうだ、その調子だ」

「さっきから危ないのは、ナギさんですけど。今何があったんですか?」

 ナギさんの様子がおかしい事は、あまり触れたくない。

 運転すると人格が変わるタイプの人なのであろうか?

「道が悪くなってきた。さっきのは、石を避けたんだ」

「整備されてない様子ですね。そろそろバイクを降りた方が、良いかも知れませんね」

「もう終わりなのかよ?なさけねーな」

 なぜだか返答したくない。

「そろそろ御厨が来た所です。バイクを止めて下さい」

 ナギさんは舌打ちすると、名残惜しそうにバイクを止めた。

 バイクを降りて確認する。そこは整備された道路が終わる、境目の場所だった。

「御厨は、ここで止まってますね」

 ホテルから出た御厨はここまで来て、しばらく滞在した後にオニの家に行っている。

 スマホでスクショした御厨の動向と、周りの景色を照らし合わせた感じでは間違いない。

 夜の山道は真っ暗で、スマホの明かりで照らさないと、殆ど何も見えないのだが。

「オニの車で、連れてこられたんじゃないか?オニはこの先に徒歩で行って、御厨は車で待っていたんだろう」

「なるほど。ならこの先に、何かがあると言う訳ですね……あ」

「どうした?」

「スマホの電池が切れそうです。というか、切れました」

「こんな時に……使えねーな」

「すいません。でもここ数日、バタバタしてたんですよ」

「モバイルバッテリーは?」

「持って来てないですね」

「ったく……」

 ナギさんは自分のスマホを開く。

 真っ暗になっていた夜道に、明かりが戻った。

「電池はあるけど、圏外だわ」

「使えないですね。スマホ料金ケチって、格安SIMにするからですよ」

「う……うるせえ!」

 ナギさんは財布を取り出すと、付けていたキーホルダーを外した。

「お前は、これ使え」

 渡されたのは、キーホルダー型のライトだった。

 小型だがLEDなので、かなり明るく照らせる。

「ありがとうございます。良い物ですね」

「バイクで夜に走ってると、手元を照らさないといけない時があるからな」

 指向性のあるライトと言うよりも、ランタンのように周りを照らすタイプ。

 シャツの襟にキーホルダーを引っ掻け、両腕を使える様にする。

「間抜けな人間ライトの出来上がりだな」

「間抜けでも実用性重視ですよ」

 だって。

「ここから先は、御厨が殺された場所なんですから」

 ナギさんが息を呑むのを感じた。

「そうと決まった訳じゃないだろう」

「違うなら、いいんですけどね」

 俺達は無言で山道に入っていく。

 救急車のサイレンが、頭の中で膨らんでいく気がした。

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