授業の残骸が横たわる空虚な放課後。

 校庭からは、部活の音が割れ入ってくる。

 差し込む夕日に罪はないが、ざらつく心には逆立ってしまう。

 目の前には机の上に補修課題を広げながら、スマホを触る御厨みくりの姿がある。

「課題終わりそう?」

「その内終わるから、御影は帰っていいよ」

「そういう訳には、いかないんだ」

「いかない訳ないっしょ」

 確かにいかない訳では無い。

 田小山先生に御厨の監視を押し付けられたが、俺が眺めていなくても、彼女は課題をこなすだろう。

「課題は時間内に出して欲しいんだ」

「てかさ、私が課題出さなきゃ、御影が困るのっておかしくない?」

 御厨はスマホをイジリながら話を続ける。

「連帯責任とか、監督を押し付けて勝手に評価するとか、普通にズルくない?江戸時代の悪政じゃん」

「ズルいな。教科書に載る悪政を、仮にも教育の場で使うのはイカレてる」

「うざ!」

「え?」

「あ、こっちの話」

 不覚にも鼓動が早まった。

 どうやらスマホで連絡を取っている相手への悪態らしい。

「相手は八足?」

「きも、何で知ってるの?」

「スマホのロック解除して、中身見たんだ」

「ふーん……」

 勿論、冗談だ。

「御影さ、私の好きな人知ってる?」

「好……は?」

「嘘じゃん。私のロック、好きな人の誕生日だし」

「お……う……」

 揶揄われたのだろうか?

 恐らくは間抜けな俺の顔を見て、御厨は笑っている。

 決まりが悪くなったのか、俺は思わず席を立っていた。

「トイレ行ってくる」

 もっともらしい理由を付けて、一度御厨の前から立ち去ろうとした。

「男の子なんだから、『お』位つけなよ」

「トイレ行ってくるお」

 何て言ってやるものか。

 無言で教室を出る俺を見て、御厨はたしか爆笑していたけど。

「……」

 どうして俺は、こんなにもイライラしているのだろう。

 御厨はやると言っている以上やるだろうし、帰って良いと言っているのだから帰ればいい。

 幼稚なくらい、意固地になっている。

 不全だ。

 人間の最もイラつくのは機能不全。

 俺自身の機能に問題は感じない。

 なら御厨の行動を、自分自身の不全と感じているのだろう。

 見下げ果てる傲慢だ。

「おい、御影!御厨は、どうなってる?」

 窓の外を眺めながら廊下を進んでいると、向こうから田小山先生が小走りで近付いてきた。

 その顔には深い苛立ちが見て取れる。

 俺の不手際を認識している訳では無いから、俺を咎めている訳では無いだろう。

 ならば、自分の所有物の不備に心穏やかではないのか。

 鏡を見ているようで、気が滅入ってしまう。

 反面教師にして頑張ろう。

「御厨ですか?」

「そう聞いてるだろ」

 そんな風に思ったのに―――

「御厨なら―――」

 何であんな風に言ってしまったのだろう。


「着いたぞ、起きろ」

「……すいません、寝てました」

「見れば分かる」

 肩を殴られて目を覚ます。

 見るとナギさんが、タクシーの支払いを終えた所だった。

 どうやらカイトの家に着いたらしい。

「ナギさんは、ノブレスカイトのトップと面識はありますか?」

 タクシーから降りて、カイトの家を眺める。

「実質トップだったミッチー……御剣ミツルとは、会った事はある。でもあの人は、実際のトップの連絡係らしい」

「ノブレスカイトの名称は、トップのあだ名から取っているらしいですから」

「ミッチーだと違う感じがするな。そのカイトってのが、本当のノブレスカイトのトップなのか?」

「いいえ、違います」

「はあ?」

 ナギさんに首を振りながら、カイトの家のインターホンを押す。

 受け答えをするとカイトが出てきて、家の中に通してくれた。

 ナギさんは腑に落ちない顔のまま、俺の後に着いてきた。

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