6
授業の残骸が横たわる空虚な放課後。
校庭からは、部活の音が割れ入ってくる。
差し込む夕日に罪はないが、ざらつく心には逆立ってしまう。
目の前には机の上に補修課題を広げながら、スマホを触る御厨みくりの姿がある。
「課題終わりそう?」
「その内終わるから、御影は帰っていいよ」
「そういう訳には、いかないんだ」
「いかない訳ないっしょ」
確かにいかない訳では無い。
田小山先生に御厨の監視を押し付けられたが、俺が眺めていなくても、彼女は課題をこなすだろう。
「課題は時間内に出して欲しいんだ」
「てかさ、私が課題出さなきゃ、御影が困るのっておかしくない?」
御厨はスマホをイジリながら話を続ける。
「連帯責任とか、監督を押し付けて勝手に評価するとか、普通にズルくない?江戸時代の悪政じゃん」
「ズルいな。教科書に載る悪政を、仮にも教育の場で使うのはイカレてる」
「うざ!」
「え?」
「あ、こっちの話」
不覚にも鼓動が早まった。
どうやらスマホで連絡を取っている相手への悪態らしい。
「相手は八足?」
「きも、何で知ってるの?」
「スマホのロック解除して、中身見たんだ」
「ふーん……」
勿論、冗談だ。
「御影さ、私の好きな人知ってる?」
「好……は?」
「嘘じゃん。私のロック、好きな人の誕生日だし」
「お……う……」
揶揄われたのだろうか?
恐らくは間抜けな俺の顔を見て、御厨は笑っている。
決まりが悪くなったのか、俺は思わず席を立っていた。
「トイレ行ってくる」
もっともらしい理由を付けて、一度御厨の前から立ち去ろうとした。
「男の子なんだから、『お』位つけなよ」
「トイレ行ってくるお」
何て言ってやるものか。
無言で教室を出る俺を見て、御厨はたしか爆笑していたけど。
「……」
どうして俺は、こんなにもイライラしているのだろう。
御厨はやると言っている以上やるだろうし、帰って良いと言っているのだから帰ればいい。
幼稚なくらい、意固地になっている。
不全だ。
人間の最もイラつくのは機能不全。
俺自身の機能に問題は感じない。
なら御厨の行動を、自分自身の不全と感じているのだろう。
見下げ果てる傲慢だ。
「おい、御影!御厨は、どうなってる?」
窓の外を眺めながら廊下を進んでいると、向こうから田小山先生が小走りで近付いてきた。
その顔には深い苛立ちが見て取れる。
俺の不手際を認識している訳では無いから、俺を咎めている訳では無いだろう。
ならば、自分の所有物の不備に心穏やかではないのか。
鏡を見ているようで、気が滅入ってしまう。
反面教師にして頑張ろう。
「御厨ですか?」
「そう聞いてるだろ」
そんな風に思ったのに―――
「御厨なら―――」
何であんな風に言ってしまったのだろう。
「着いたぞ、起きろ」
「……すいません、寝てました」
「見れば分かる」
肩を殴られて目を覚ます。
見るとナギさんが、タクシーの支払いを終えた所だった。
どうやらカイトの家に着いたらしい。
「ナギさんは、ノブレスカイトのトップと面識はありますか?」
タクシーから降りて、カイトの家を眺める。
「実質トップだったミッチー……御剣ミツルとは、会った事はある。でもあの人は、実際のトップの連絡係らしい」
「ノブレスカイトの名称は、トップのあだ名から取っているらしいですから」
「ミッチーだと違う感じがするな。そのカイトってのが、本当のノブレスカイトのトップなのか?」
「いいえ、違います」
「はあ?」
ナギさんに首を振りながら、カイトの家のインターホンを押す。
受け答えをするとカイトが出てきて、家の中に通してくれた。
ナギさんは腑に落ちない顔のまま、俺の後に着いてきた。
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