第四章『犯人』1

 午後1時の箕浦駅前は、それなりの人混みが出来ていた。

 雑踏を行きかう人々の波に揉まれ、触れ合う過多に不快が蠢く。

 吸い込まねば生きられない空気にすら、嫌悪感を抱いてしまうのだからやるかたない。

「ここか」

 ナギさんから送られてきた店は、西洋風のオシャレな外観をしていた。

 高級な店と言う訳では無いが、学生としては躊躇ってしまう値段設定だ。

 一応ランチタイムと言う事で金額は抑えられているが、ナギさんの奢りでなければ絶対に入らない。

「いらっしゃいませー」

 店員の上品な声に迎えられ、店の奥に案内される。

 ジャズが流れる店の席は、其々の仕切りが高い。個室ではないが、それぞれの客がお互いを視認できない仕様になっていた。

「ああ、こっちだ」

 店の奥に進むと、既にナギさんが席に着いていた。

 浩岳高校3年の先輩で、175センチと女性にしては背が高い。スラリとした体は、少々筋肉質で引き締まっている。長い黒髪をポニーテールで縛っている彼女は端正な顔立ちで、学校の中でもかなり目立つ部類だ。

「こんにち……は!」

 挨拶を返そうとすると、ナギさんが立ち上がり、俺の腕を組んできた。

 そのまま半強制的に引っ張られ、席の奥側に押し込まれた。

「よく来たな、浩岳の餓鬼」

「……そういう事ですか」

 俺が座らされた向かいには、鬼氷が既に座っていた。

 逃げ場を塞ぐように、俺の隣にはナギさんが座る。通路にはドリーマー達が出てきた。

「別に殺しはしねーよ……って、そんな心配はしてないかー」

 何がおかしいのか、オニは威圧的に笑う。

 正直殺される一歩手前だと感じる程。背筋の震えが止まらない。

「俺が目障りですか?」

「あ?お前が何質問してんだ?」

 オニは有無を言わせぬ重圧を掛けてくる。

 教師とは次元が違う威圧感に、恥ずかしいまでに気圧されてしまう。

 呼吸の一つ一つにすら許可を取りたくなる程に。

「八足の餓鬼が逃げた。行先は何処だ?」

 単刀直入に聞かれる。

 その瞬間多くの事に合点がいき、驚く程に怒りが湧いた。

「つまり八足は入江人三……あなた達に嵌められたと言う事ですか」

「は……」

 オニはよく分からない破裂音を発し、ナギさんは爆発物でも見る様な目を向ける。

「ははははははは!お前おもしろい餓鬼だな!」

 オニが笑い、テーブルをバンバンと叩く。

 ナギさんとドリーマー達は、顔を見合わせて戸惑いを見せる。

「餓鬼が!どれ位分かってるんだ?」

 オニは怒っているのか楽しいのか、分からない表情で身を乗り出す。

 ついでに店員を呼び、ビールの追加注文をしている。

 人の価値をつまみに、飲む気なのだろうか?

「八足の行き先は知りません。友達ではないので」

「じゃあ、知ってること全部話せ」

 本来であれば情報を使って交渉したいが、既に監禁されている様なもの。

 素直に情報を明かして、オニを楽しませるしかないのだろう。

「八足が『劣情』の薬を持っている事を知ったあなた達は、ノブレスカイトに出入りしていた入江に金を渡して八足を誘わせた。

 八足がシャワーを浴びている間にでも、『劣情』の薬を奪い返そうとしたけど入江は失敗。慌ててあなた達が部屋に乱入したけど、八足は全裸のまま窓から飛び降り、駐車場に逃走した。駐車場ではドリーマーが待ち伏せしてたけど、一瞬で八足に返り討ち。彼がブロック塀に掛けていたジャケットを奪って、商店街方面に逃げてしまった。

 ついでにあなた達に殺されると思った入江が、勝手に警察に連絡したって所じゃないか?口封じの意味も含めて、ボコボコにしたんでしょう」

「……五分五分って所だな。当たらずも遠からずってやつだ」

 オニの反応からすると、九割方当たっているらしい。

「てめー面白い餓鬼だな!いきなりブロック塀を殴り出すサイコかと思えば、結構頭も回るらしい」

 オニはバカにしたように笑う。

 しかし、そこから見られていたのは誤算だ。

「で?八足は何処にいる?」

 オニは届いたビールを飲み、酒臭い息を吐き出した。

 人の価値を図るような眼の光に、嫌悪感が生まれる。

 いや自分以外の生物は、自分に利益を生むために存在しなくてはならないと言う確信。その歪な自己防衛本能に、憐れみを感じたのだろう。

 彼に何度「知らない」と言っても無意味だろう。

 望む答えを吐き出さなければ、生きる価値が無いと判断されるだけだ。

「八足は箕浦にはいない筈だ」

「ほう?ジャケット一枚羽織っただけの、無一文の餓鬼だぞ?移動できると思うか?」

「自販機の下で10円でも拾えば、公衆電話から助けを求められる」

「んな上手くいくかよ。誰に掛けるんだよ?」

「八足は昔社会人と付き合ってたから、その人に連絡して車出して貰ったとか?」

「その女は海外に留学してる」

「尻の中に万札でも隠してたんじゃないですか?それでタクシーにでも乗ったとか」

「は!下品な冗談だな、嫌いじゃねえ発想だ」

 オニは大笑いすると、ビールジョッキでテーブルにガンガンと叩いた。

「あのクソ餓鬼の事だから、無くもねーか。おい!誰かタクシーの運ちゃんに、聞き込みして来い!クソの付いた金使った奴はいねーか?ってよ」

「「うす!」」

 ドリーマーの数人が返事をし、店の外に走っていった。

 体育会系なノリに驚いていると、オニが嫌らしい笑みをこちらに向けているのに気が付いた。

「なんですか?」

「おい餓鬼!みくりについて、知りたいんだってな?」

 顔に出してはいけないと分かりつつも。

 その言葉で心臓を握り潰された気がした。

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