「………まさか?」

 駐車場の一角に、タバコが押し付けられたであろう焦げ目を見付けた。

 比較的新しい跡で、高さから見ると、付けたのはかなり大柄な人物と見られる。

 しかも跡が幾つもあるので、該当する人物はここでタバコを吸いながら、結構な時間を過ごしたのではないだろうか?

 タバコの吸い殻は落ちていない。タバコを吸っていた人物が捨てなかったか、吸殻を誰かが片付けたか、警察が持って行ったのか。

「ブロック塀に、金具が擦れたような跡もある」

 ブロック塀に何かを載せて引っ張ったのか?ジッパー付きの上着だろうか?

 跡の付き方から見て、金具が壊れるような力で引っ張られている。

「こう立っていたのか?」

 ブロック塀に背を凭れて、駐車場の中を見渡す。

 車を3台停めれる程度の小さなコインパーキングだ。

 この角度であれば駐車場全体が見え、勿論ホテル裏の路地の南側の出口も目に入る。

「分からないな」

 単にこの駐車場で、待ち合わせをしていた人物かも知れない。

 八足が路地裏から出てくるのを、見張っていたと考えられなくもない。が、それは都合よく考え過ぎている気がする。

「それに監視カメラに写るし」

 上を見上げると、駐車場全体を写すように監視カメラが設置されている。

 プラスチック製の安そうなモデルだが、八足が通ればその姿を映している事だろう。

「……プラスチック?」

 いや、それはおかしい。

 プラスチックの監視カメラは屋内用だ。あんな雨の入る場所に、プラスチック製の監視カメラなんか設置したら、すぐに壊れてしまう。

「配線もおかしい……ダミーか」

 収益の上がらないコインパーキングに金は掛けられないと、設備代をケチったのだろうか?

 あれが監視カメラではなくダミーカメラであれば、八足はここを通って逃げられる。

 ヤバイ………

 確信はないが、八足はかなり切羽詰まった状況に追い込まれているのかも知れない。

「確かこっちだ」

 駐車場から出て道路を渡り、商店街へと走る。

 商店街に入ってしまえば監視カメラに写るが、脇道に入れば避けることができる。

 苔の匂いがする狭い路地。誰ともすれ違わずに奥に進んでいく。

 途中幾つかの監視カメラを避けて道を曲がり、高い建物に囲まれた薄暗い場所に出た。

 とは言え怪しい場所ではなく、寂れた駅ビルの裏側だ。

 道を1つ進めば賑やかな駅前通りに出るが、この一角だけは忘れ去られたように静かに沈んでいる。

 建物の隙間から差し込む薄い光。

 俺は周りに誰もいないこと確認してから、ひっそりと佇むコインロッカーに手を触れた。古ぼけたコインロッカーは、100円を入れると鍵が掛かるシンプルなもの。24時間ごとに追加料金を請求される様なオシャレな機能は付いていない。

 屈んでロッカーの下に手を入れると、4番の鍵が見付かった。そのカギを差し込んで回すと、当然のようにロッカーが開いた。

 ここは浩岳高校男子学生の共有ロッカーだ。

 各々が着なくなった服が放り込まれており、ロッカーの鍵の場所を知る者なら好き使うことができる。

 一応着た服は洗濯して戻す事と、お気持ちとしてロッカー内の貯金箱にお金を入れる事、使った後は再びロッカーの鍵を締めておく事はルールとして決められている。

 学校サボるマニュアルの1つ、制服で家を出た奴が私服に着替えて学校をさぼるための措置さだ。

「八足……お前は……」

 ロッカーを開けると、汗とファブリーズの匂いが漏れてくる。洗濯をせずに消臭剤だけ掛けて服を戻している横着ものに腹が立つが、すぐにそんな気持ちも霧散した。

 ロッカーの中には見覚えのある服が、乱暴に詰め込まれていた。

 ノブレスカイトのドリーマーが着用している、黒いジャケットであった。

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