5
目星を付けていた箕浦のホテルには、午前中に到着した。
平日だからか人通りは多くなく、未成年が歩いていると目立ってしまいそう。
学校を休んでいる手前、職質のおまわりさんには見付かりたくない。
「こっちだとは思うけど」
1つだけ離れているホテルは、休憩目的では使えなさそうだった。
八足が選ぶとしたら、隣接しているどちらかのホテルだと思われる。
ただ外からは、ホテルが営業中か否かすら、よく分からない。
両方とも安さが売りの寂れたホテルで、経費削減のためか、照明もかなり落とされている。周辺に警察の姿もなく、本当に事件が有った場所なのかの確信が持てない。
ただホテルは事件が起きた時、噂になる事を嫌う。ひっそりとしている事は、逆にこのホテルが当たりだと言う証明かも知れなかった。
「ここから裸で逃げ切るのは無理だな」
ホテルの周辺をぐるりと回って見る。
この辺は飲み屋街らしく、飲食店がずらりと並んでいる。
今は午前中なので人通りは少ないが、夜には多くの人で賑わう事だろう。
「コンビニや銀行もある」
ああいった店の監視カメラは、外側も写している事が多い。
八足が写っていないか、警察が既にチェック済みだろう。
「裸だと……無理だろ?」
なら逃げずに潜伏している?
もう一度丁寧に確認してみるが、隠れられる場所は見当たらない。
かと言って裸で騒ぎにならずに逃げるのも困難だ。
ホテルは背中合わせに2つ並んでいる。どちらのホテルも出入り口前は、細い道路が走っている。
道路を挟んで片方のホテルはコンビニ、もう片方のホテルは銀行の支店が見える。どちらも正面側を通ると、監視カメラに写ってしまうだろう。
ホテルの背中側は路地になっており、人1人が何とか通れる幅。部屋の窓は全て背中側に付いている。
八足は窓から逃げたらしいので、恐らくここを通ったのだろう。
路地の出口は北と南に1つずつ。南側には駐車場、北側には飲食店が軒を連ねる。
飲食店の出入り口は路地の出口の方を向いており、裸の男が出てきたら誰かが目撃するだろう。
駐車場には勿論監視カメラが付いている。駐車場の先は片側2車線の大きな道路が通り、渡った先は商店街などがある。かなり人通りの多い地帯だ。
「新入社員が路上飲みして、裸で走り回っていたとかあればな。裸の八足も目立たなかっただろうけど」
残念な……いや、幸運な事に、そんなモラルの崩壊した出来事はなかったらしい。
一番可能性があるのは北側の出口を出て、たまたま誰にも見付からなかったパターンか?
しかし、そこから先も夜に賑わう飲み屋街が続いているのだ。ずっと裸で逃げ続けるのは現実的ではない。
運悪く悪く潰れていた人から服を奪った?
「いや、警察が思いつく方法では、絶対に見付けられない」
知識も経験も能力も人数も劣るのだから、同じ方法では八足に辿り着ける筈がない。
唯一俺が先んじているのは、八足の事を知っている点だ。
「……だから仲良かった訳じゃないんだって!」
思わず駐車場のコンクリートを殴り付ける。
何度も何度も何度も殴って、コンクリートに血と肉がこびり付いていく。
「八足も……御厨も!俺の知らない所で不幸な目に遭って……俺はそれを知らなくて……救えなくて………」
情けなくて……惨めで……腹立たしい……
「止めよう……ん?」
ブロック塀に、赤と茶色の前衛的な絵画が出来上がる。
道路の向こう側に見覚えのある顔を見付け、我に返った。
「マズいな」
慌てて自販機の裏に隠れる。
それは学校で見かけた事のある2人組。1人は浩岳高校の制服を裏返しに着用しており、もう1人は私服姿。
たしかあの2人はゲームが好きで、新作アーケードが出る度に、学校を休んで最速プレイをしに行っていた筈だ。
今日も同じように、新作のゲームを遊びに行くのだろう。制服でゲーセンに居ると高確率で警察に声を掛けられるので、服装を誤魔化しているのはその対策だ。
「私服まで準備しているのは手が込んでるな」
大体の奴は学校に行く振りをして家を出ている。親に学校に行くと思わせたいので、装いは通学時の姿だ。
そのため制服をリバーシブルに着て、職質を躱すのである。
因みに学校には声真似が得意な友達に、親の振りをして学校に休みの連絡を入れて貰う。
職質をされたら親に電話をさせられるので、電話帳に『親』名義で友達を登録しておく。
など、浩岳高校男子学生には、学校サボり用のマニュアルが口頭で伝えられている。
「……待てよ」
見えなくなる2人の後姿を見送りながら、気になるマニュアル項目に思い至った。
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