目星を付けていた箕浦のホテルには、午前中に到着した。

 平日だからか人通りは多くなく、未成年が歩いていると目立ってしまいそう。

 学校を休んでいる手前、職質のおまわりさんには見付かりたくない。

「こっちだとは思うけど」

 1つだけ離れているホテルは、休憩目的では使えなさそうだった。

 八足が選ぶとしたら、隣接しているどちらかのホテルだと思われる。

 ただ外からは、ホテルが営業中か否かすら、よく分からない。

 両方とも安さが売りの寂れたホテルで、経費削減のためか、照明もかなり落とされている。周辺に警察の姿もなく、本当に事件が有った場所なのかの確信が持てない。

 ただホテルは事件が起きた時、噂になる事を嫌う。ひっそりとしている事は、逆にこのホテルが当たりだと言う証明かも知れなかった。

「ここから裸で逃げ切るのは無理だな」

 ホテルの周辺をぐるりと回って見る。

 この辺は飲み屋街らしく、飲食店がずらりと並んでいる。

 今は午前中なので人通りは少ないが、夜には多くの人で賑わう事だろう。

「コンビニや銀行もある」

 ああいった店の監視カメラは、外側も写している事が多い。

 八足が写っていないか、警察が既にチェック済みだろう。

「裸だと……無理だろ?」

 なら逃げずに潜伏している?

 もう一度丁寧に確認してみるが、隠れられる場所は見当たらない。

 かと言って裸で騒ぎにならずに逃げるのも困難だ。

 ホテルは背中合わせに2つ並んでいる。どちらのホテルも出入り口前は、細い道路が走っている。

 道路を挟んで片方のホテルはコンビニ、もう片方のホテルは銀行の支店が見える。どちらも正面側を通ると、監視カメラに写ってしまうだろう。

 ホテルの背中側は路地になっており、人1人が何とか通れる幅。部屋の窓は全て背中側に付いている。

 八足は窓から逃げたらしいので、恐らくここを通ったのだろう。

 路地の出口は北と南に1つずつ。南側には駐車場、北側には飲食店が軒を連ねる。

 飲食店の出入り口は路地の出口の方を向いており、裸の男が出てきたら誰かが目撃するだろう。

 駐車場には勿論監視カメラが付いている。駐車場の先は片側2車線の大きな道路が通り、渡った先は商店街などがある。かなり人通りの多い地帯だ。

「新入社員が路上飲みして、裸で走り回っていたとかあればな。裸の八足も目立たなかっただろうけど」

 残念な……いや、幸運な事に、そんなモラルの崩壊した出来事はなかったらしい。

 一番可能性があるのは北側の出口を出て、たまたま誰にも見付からなかったパターンか?

 しかし、そこから先も夜に賑わう飲み屋街が続いているのだ。ずっと裸で逃げ続けるのは現実的ではない。

 運悪く悪く潰れていた人から服を奪った?

「いや、警察が思いつく方法では、絶対に見付けられない」

 知識も経験も能力も人数も劣るのだから、同じ方法では八足に辿り着ける筈がない。

 唯一俺が先んじているのは、八足の事を知っている点だ。

「……だから仲良かった訳じゃないんだって!」

 思わず駐車場のコンクリートを殴り付ける。

 何度も何度も何度も殴って、コンクリートに血と肉がこびり付いていく。

「八足も……御厨も!俺の知らない所で不幸な目に遭って……俺はそれを知らなくて……救えなくて………」

 情けなくて……惨めで……腹立たしい……

「止めよう……ん?」

 ブロック塀に、赤と茶色の前衛的な絵画が出来上がる。

 道路の向こう側に見覚えのある顔を見付け、我に返った。

「マズいな」

 慌てて自販機の裏に隠れる。

 それは学校で見かけた事のある2人組。1人は浩岳高校の制服を裏返しに着用しており、もう1人は私服姿。

 たしかあの2人はゲームが好きで、新作アーケードが出る度に、学校を休んで最速プレイをしに行っていた筈だ。

 今日も同じように、新作のゲームを遊びに行くのだろう。制服でゲーセンに居ると高確率で警察に声を掛けられるので、服装を誤魔化しているのはその対策だ。

「私服まで準備しているのは手が込んでるな」

 大体の奴は学校に行く振りをして家を出ている。親に学校に行くと思わせたいので、装いは通学時の姿だ。

 そのため制服をリバーシブルに着て、職質を躱すのである。

 因みに学校には声真似が得意な友達に、親の振りをして学校に休みの連絡を入れて貰う。

 職質をされたら親に電話をさせられるので、電話帳に『親』名義で友達を登録しておく。

 など、浩岳高校男子学生には、学校サボり用のマニュアルが口頭で伝えられている。

「……待てよ」

 見えなくなる2人の後姿を見送りながら、気になるマニュアル項目に思い至った。

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