第三章『逃亡』1

 ソファーに寝転がり、御厨のSNSを眺める。

 自撮りや飯、たまに道端の猫の写真が投稿されている。

 投稿内容も「楽しい!」「美味しい!」と毒にも薬にもならない情報ばかり。

「この子、仲いいんだな」

 御厨の投稿写真には、時々髪をピンクに染めた目立つ女の子が登場する。

 彼女はパコと呼ばれているようだが、御厨のフォロー・フォロワーリストにその名前は無かった。

「……返信きた」

 SNSを眺めていると、御厨の友達風の人から返信が来た。

 先程パコの写真を送って、知っている事が無いか尋ねたのだ。

『その子はパコだね』

 彼女がパコを知っていると言う事実以上のエントロピーは含まれていなかった。

 メッセージの相手は凪川ナギ。浩岳高校3年の先輩だ。

「ナギさん、暇なんですか?……と」

『うるせえ』

 ナギは受験生であり、勉強に忙しい筈だ。

 しかし、それなりの速さでメッセージを返してくれるし、ゲームにも頻繁にインしている。

 しっかり勉強をしているのだとすれば、いつ寝ているのか心配になる程だ。

『ナギサん、息抜きにご飯行きませんか?』

『あ?』

『それが嫌なら、御厨とパコさんの話聞かせて下さい』

『くだらない交換条件だな』

「あ……」

 一瞬気が抜けて、スマホがソファーに落ちてしまう。

 もう少し運が悪ければ、顔面にスマホが直撃していただろう。

「いつつ……」

 スマホを拾おうと体勢を変えると、オニに暴行された傷が痛んだ。

「何の為にこんな事やってんだかな……」

 御厨のスマホの暗証番号画面を開き、パコと遊んだ日付や御厨の使用キャラの誕生日を入力する。

 認証エラー。

 当然のように開かない。

 御厨の母親に頼まれて始まった御厨の情報収集だが、別に俺は御厨と特別仲が良かった訳でもない。

 御厨からは、バレンタインに友チョコを貰ったことがあるよ、程度の仲。

 因みにチョコは6つある内の5個に激辛ハバネロソースが込められた、ロシアンルーレット風味のモノだった。

 因みに御厨はこれを適当に配り歩いていた。テロである。

「暗証番号だけ解いて…とっとと身を引いた方が良さそうだ……」

 それが出来ればいいんだが……

 ――新しい事を始めるのは容易だけど、古い事を止めるのは困難だ。

 昔御厨が言っていた。実際、俺は調査の止め時を見失っていた。

『私に荒野人格で勝てたら飯行ってやるよ』

 ナギサんからメッセージが届いた。

 モテない男に付き合ってやる、みたいなニュアンスがある。不本意だが、その分ボロ負けして貰う事にする。

「おい!お前のアカウントに対戦依頼が来たぞ!」

「倒しといて」

「いいけど。雑魚だと面倒だな」

 隣で荒野人格をプレイしているカイトの画面を見ると、ナギさんからの対戦申し込みが届いていた。

『勝ったら、飯約束ですよ』

 メッセージを送って、御厨のSNS漁りに戻る。

 数分後、ナギさんから『チート使ってんじゃねーよ!』という、謂れのない罵倒メッセージが届いた。

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