第二章『感情の不在証明』1

 八足の後に続いて、ノブレスカイトの廃カラオケ店に入る。

 入店時はさすがに緊張したが、誰に咎められることもなく階段を上がっていく。

 3階の端の部屋『301』号室の前で止まると、八足は念を押してきた。

「帰るなら今だぞ」

 言外に八足が何を伝えたかったのかは分からない。

 分からない内は受け入れられないと、俺は無言で首を振った。

 八足はこれ見よがしに溜息を吐くと、挨拶をして部屋の中に入った。

 扉の外にも匂っていた異様な臭気が、扉を開けた瞬間に肥大する。

 脳の奥を殴られた痺れに、目の前が一瞬真っ白になった。

「……薬?」

 301号室は大人数用の広めの部屋らしい。

 しかし、所狭しと背の高い金属製のラックが並べられ、不揃いな薬瓶が陳列されている。

 非常に圧迫感があり、どうしてもラックに体が触れてします。

 ズレたラックを直しながら進むと、奥にいた人物が声を再生した。

「来たね」

 異様、異常、異端、異例。

 初めて会った人物に、そんな感想を得るのは失礼だろう。

 しかし、たった3文字発しただけで、八足が薬師寺に会いたくない訳が分かってしまった。

「お久しぶりです、薬師寺さん」

 八足がにこやかに挨拶する。

 その八足が真っ黒に見える位、薬師寺は純白だったのだ。

 彼か彼女か分からないが。

 表情は一切なく、声は初心者のボーカロイドよりも起伏が無い。

 薬師寺クスシには、感情と言うものが全く備わっていなかった。

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