御厨みくりは、崖から転落して事故死したと発表されている。

 しかし、何故御厨みくりが山に行き、何がきっかけで落下したのかは不明。

『自殺なんじゃないか?』という噂があるのである。

 御厨みくりの死因が事故だと発表されたのも、『早すぎる』の声が挙がっている。死因が発表された後も、事件現場近くで警察が目撃されている。

 つまり、『何かしらの事件に巻き込まれて御厨みくりは殺されたが、警察はそれを隠して事故と発表しているのではないか?』なんて話もある訳だ。

「アホらしいとは思わないけど、まだ根拠のない噂でしかない」

 俺は聞いていた住所に到着し、表札を確認する。

『御厨』と書かれており、ここが彼女の家で間違いなさそうだ。

「どちら様でしょうか?」

 インターホンを押すと、程なくして女性の声が返ってきた。

「初めまして、みくりさんのクラスメイトの御影と申します。田小山先生の代わりに、みくりさんのスマホを届けに伺いました」

「そうなんですか。今開けますね」

 インターホン越しの声は訝し気。

 まあ、生徒がなぜスマホを届けに来るのか、俺だって分からないし。

「どうぞ、中には入って下さい」

 御厨に似ている女性が扉を開けてくれ、家の中に通される。

 玄関先でスマホを渡そうと思っていたので戸惑うが、断るのも野暮だろう。

 知らない人の家の匂いに包まれながら、廊下を進んでいく。掃除は行き届いていない様だ。

「お線香だけ上げさせて貰っていいでしょうか?」

「ありがとうございます。みくりも喜びます」

 仏壇を見付けて、そちらの前に座る。

 こじんまりとした仏壇には、黒髪の頃の御厨の遺影が飾られていた。

 中学の頃の写真だろうか?中々に美少女だった。

「お茶が入ったので、どうぞ」

「すいません。頂いたらすぐに帰りますので」

「いいええ。みくりに、こんなイケメンな彼氏さんがいたなんてねえ」

「いえ、クラスメイトです」

「あら、そうなの?」

 受け答えをしながら、紅茶の用意されたテーブルに座る。

 御厨の母親?は、俺の分と自分の分のお饅頭をテーブルに置いて、自身も席に着いた。

「紅茶とお饅頭なんて、合わないかも知れないんだけど。買い物行けてなくてごめんね」

「どちらも好きなので、嬉しいです」

 俺は紅茶を一口啜ってから、自身の鞄を空けた。

 モバイルバッテリーを抜き、白いスマホを女性に差し出した。

「教師の田小山が預かっていたのですが、警察ではなく、まずご家族に返そうと思っていたらしくて」

「そうなんですね」

 女性はスマホの電源を付ける。

「私みくりの事は、よく分かってなかったみたいで。悪い母親よね」

 やはり彼女は御厨の母親だったらしい。

「年頃の親子は、そんなものかも知れません」

「なんでみくりが死んだのかも分からなくて……一番ショックだったのは、みくりが亡くなっても、生活があまり変わらなかったことかしらね」

 それはまあ……そんなものなのかも知れない。

 ……いや、さすがに薄情な部類か?

「このロックって開けられる?」

 御厨の母親は、スマホのロック画面を見せてくる。

 故人のスマホを開けるのはどうかとも思うが、母親であれば気になるのだろう。

 と、突然御厨のスマホが鳴り響いた。アプリに電話が掛かってきたらしい。

「こ、これどうしたらいいの?」

「え?」

 御厨の母親が、慌てた様子でスマホを押し付けてきた。

 スマホには「彼氏くん」の文字。

 御厨の彼氏?

 俺は仕方なく通話ボタンを押し、音声をスピーカーにした。

「おい、みくり!連絡も寄越さずに、どうしたんだよ!ノブレスカイトの集会に出るんじゃなかったのかよ?」

 電話口からは、品の無さそうな男の声がした。

「初めまして。お伝えしないといけないのですが、みくりさんはお亡くなりになりました」

「は?死んだ?あんた誰?警察?」

 いきなり警察を疑うとは、上品な奴だ。

「私はみくりさんのクラスメイトの御影です。みくりさんのお母さんと一緒に、通話に出ています」

「は?意味分かんねーし」

 通話がいきなり切られ、スマホはロック画面に戻ってしまった。

 しかし彼氏……ではなく、『ノブレスカイト』とは。

 ノブレスカイトとは、界隈で有名な半グレ集団だ。反社とも繋がりがあると言われており、あまりいい噂を聞かない。

「一気にきな臭くなってきたな」

 口にしてしまってから、ハッとする。

 御厨のお母さんは、かなり不安そうな目で俺を見ていた。

「きな臭いって、みくりが事件に巻き込まれたとか、そんな……」

 ノブレスカイトの事は、お母さんも聞いた事があったのだろう。

 不用意な発言をしてしまったのが悔やまれる。

「分かりませんが……どうなんでしょう?」

 スマホのロックを解除してみれば、何か分かるかも知れない。

 ロックの暗証番号は4桁の数字。

 試しに御厨の生年月日や出席番号を入れてみたが、当然の様に開かなかった。

「暗証番号に心当たりはありますか?」

「う~ん……全く」

「そうですか」

 御厨の知り合いに『御厨って彼氏いた?』と送ってみると、『知るか』と返ってきた。

 ついでに暗証番号も聞いてみたが、知らないらしい。

「……なんでだろう?」

 なぜ暗証番号を知らないのかではなく。

 ちょっとだけ、この件を調べてみようと思ってしまっているのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る