第21話 姫将軍アレクサンドラ
ダインスレフ王国には、姫将軍と呼ばれている女傑がいる。
現王の三人目の子であり、次女。長兄であるアーサー・エル・ダインスレフとその生まれた腹を同じくする彼女は、通称『ダインスレフの姫将軍』アレクサンドラ・エル・ダインスレフという。
姫将軍と呼ばれているのも、決して誇張というわけではない。
元よりダインスレフ王国そのものは、痩せた土地ばかりの砂の国だ。そのため、少しでも農地に適した地を得ようと周辺諸国と常に敵対関係にある。特にダインスレフ王国の西にあるエルドラント共和国とは、大規模決戦が起きたことも一度や二度ではない。その国境が、年に何度も変わることだって珍しくないのだ。
そんな中で、ダインスレフの王族は常に自身の率いる兵団を与えられ、その先頭に立つことを求められる。それは男子でも女子でも例外なく。そのために幼い頃から鍛練に励み、戦術を学び、指揮官として戦場へ赴くことができて初めて一人前とされるのだ。
ゆえに、アレクサンドラは姫将軍。
王家の次女という立場でありながら、万の兵を率いて戦場に赴く女傑ゆえである。
「……退屈ねぇ」
「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「いらないわ」
しかし、そんな姫将軍アレクサンドラは現在、戦場にいない。
彼女の率いてきた姫将軍部隊――万の兵によって構成された彼らも、現在は解体されて別の部隊になっている。
何故なら今、アレクサンドラはガングレイヴ帝国の後宮にいるからである。
「はぁ……」
アレクサンドラの兄であり、第一王位継承者――アーサー・エル・ダインスレフがある日、父王に向けて告げたのだ。
自分はガングレイヴ帝国の皇帝ファルマスと友人になった。これからガングレイヴ帝国とより深い友誼を結ぶことで、ダインスレフ王国はより発展することになるだろう、と。
ダインスレフ王国とガングレイヴ帝国は、国境こそ接しているものの敵対関係というわけではない。かといって友誼を結んでいるというわけでもなく、同盟関係にあるわけでもないのだ。
版図としてはガングレイヴ帝国の方が広いが、ダインスレフは精兵でも知られる国である。そんな大陸でも強国とされている二国が争えば、それこそ何年続くか分からない。ゆえに、敵対関係にはないが友好関係にもないという、微妙な関係だった。
ある意味、第一王子にして次期国王と名高いアーサーがそう告げたのは、ダインスレフにとって渡りに船でもあった。
ガングレイヴ帝国と友誼を結び、同盟関係という形にできれば、少なくともガングレイヴとの国境に兵を配備する必要はなくなる。年中戦争を繰り返しているダインスレフ王国にとって、仮想敵国が一つ減ることは歓迎すべき事実だろう。
何より、ダインスレフ王国第一王子アーサーと、ガングレイヴ帝国現皇帝ファルマスが、個人的に友誼を結んでいるというのが大きい。
国と国との関係ではあるが、そのトップ同士が友人という立場であれば、どちらかに不利な条件などを提示されることもないからだ。
「……」
アレクサンドラは、そんなダインスレフ王国とガングレイヴ帝国を、より強固に結びつけるための人質として、ここに送られた。
国と国の結びつきを、より深めるには婚姻が最も手っ取り早い。そしてダインスレフ王国には未婚の娘がアレクサンドラとその妹ジュリエットの二人であり、自然と年上であるアレクサンドラがガングレイヴ帝国に嫁ぐことになった。
ちなみに、兄であるアーサーは最後まで反対していた。「どうせ愛されることなどない」と父王に意見していたが、残念ながら父王が意見を覆すことはなかった。
「はぁ……でも、まさか他に側室が誰もいないとは思わなかったわ」
「姫様が来る少し前に、後宮を解体なされたそうですね」
「……嫌がらせにしか思えないわよ」
だだっ広い後宮。
そこに住んでいるのは現在、アレクサンドラと王国から連れてきた侍女、リサの二人だけである。
既にここに来て七日ほどになるが、他に人の姿を見ることができるのは、後宮の入り口に立って背を向けている衛兵だけである。
「はぁ……ちょっと気分転換に、鍛練してくるわ」
「……あのお部屋ですか?」
「ええ。何故か分からないけど、鍛練用の器具がいっぱい置いてあるもの。あたししかいないんだから、使ってやらなきゃダメでしょ」
「……何故あのような部屋があるのでしょうね」
「さぁね。後宮を、物置代わりにでもしているんじゃないの?」
はぁ、と小さくアレクサンドラは嘆息して、立ち上がる。
そして向かうのは、後宮にある部屋の一つだ。初日に「どんな部屋があるのかなー」と探索したときに、発見したものである。
そこそこ広い部屋に、やたらと鍛練用の道具が置いてあったのだ。腕力を鍛えるためのダンベルやバーベルが大量に置かれ、ベンチが並び、懸垂をするためのバーまで置いてある部屋だった。もしかすると、側室の誰かが勝手に持ち込んだものが回収されずに残っていたのかもしれない。
そして戦場に立っていたアレクサンドラも、鍛練の必要性は理解している。今後自分が戦場に立つことになるかどうかは分からないが、体を鍛えておくに越したことはないだろう。
そう考えながら、アレクサンドラはリサを伴い、部屋を出る。
そしていつも通り、誰もいない廊下を歩きながら。
「……あら?」
「……誰かいらっしゃいますね」
何気なく見た、中庭。
そこに数名、誰かがいるのが見えた。
「……?」
現在、後宮にいる側室はアレクサンドラ一人である。
そして後宮は出入りを制限されており、側室とその侍女以外入ってはならないと決まっているのだ。
つまり、侵入者。
思わずアレクサンドラは身を屈めて、向こうから見えないように中庭を窺う。
「女性が……一、二、三、四、五……六名ね。全員、同じ格好をしているわ」
「侵入者にしては、随分堂々としているような……」
「……どうして、体操しているのかしら?」
背格好のそれぞれ異なる、六人の女。
それぞれ動きは異なれど、体を解したり軽く準備運動を行っている。どう考えても、侵入者がしている動きではない。
まるで今から、あの場所で運動を始めるみたいに。
「……えっ?」
「男性が……!」
そして、そこにやってきたもう一人。
それは遠目から見ても、明らかに男性だと分かる背格好。
鮮やかな銀髪に、整った顔立ちをした、その姿は――。
「……ファルマス、陛下?」
何故か、後宮の中庭に集まった六人の女と、現皇帝ファルマス。
状況を理解することができず、アレクサンドラはただ眉根を寄せることしかできなかった。
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