第22話 再集合した側室たち
「いやー、やはりここが落ち着きますねー」
「なかなか、みんなで動き回れるとこねぇもんなぁ」
エカテリーナの言葉に対して、頷くのはウルリカ。
そしてレティシア、カトレア、タニア、ケイティ――いわゆる一期生と、二期生のクリスティーヌを除いた六名が、後宮の中庭に集合している。
彼女らは、かつてここで側室として過ごしながら、ヘレナの指導を受けて脳筋に目覚めた同士である。
「実家の庭だと、なかなか出来ないもんね。そんなことより花嫁修業を、って」
「わたくし、初めて実家でやったときのこと、思い出したくもありませんわ。お父上がいきなり乱入してきて、本当に驚いたもの」
「……まぁ、普通驚きますよねー」
「ケイティんとこ、どうなん? 確か武器商人だろ? こういうの耐性あるじゃんよ」
「わたくし、実家から縁を切られておりますから。今はただの、市井の武器商人ですわ」
「市井の武器商人って何なの……?」
レティシア、カトレア、ウルリカ、ケイティがそれぞれに話す。
それは、彼女らそれぞれの事情あってのものだ。
「そういえば、レティはそろそろ縁談が決まったって聞きましたわ。どちらの方を夫に迎えますの?」
「……カトレア、あんた破談になったって知ってて言ってんでしょ」
「あら、破談になりましたの?」
「大体、後宮から戻ったからってあんなハゲデブに嫁ぐのは勘弁よ。お父様は大切な取引先の会長とか言ってたけど、第三夫人とか死んでも嫌。しかも顔合わせの当日に襲われそうになったから、蹴り飛ばしてきたわ」
「あら、わたくしはお似合いと思いましたけど。あと、蹴りはわたくしの専売特許ですわ」
レティシアのうんざりした顔に対して、嬉しそうに笑みを浮かべるカトレア。
元は『星天姫』マリエルの右腕だったレティシアと、元は『月天姫』シャルロッテに阿っていたカトレアは、現在に至ってもライバル関係にある。そのため、こういった口論は日常茶飯事だ。
「んで、カトレア姉さんはどうなんだ? 縁談決まったの?」
「……うるさいですわね、ウルリカ。決まっていたら、ここに来ておりませんわ」
「マジで? オレ、そろそろ見合いするって話なんだけど」
「わたくしウルリカに先を越されますの!?」
後宮が解体され、それぞれ別の道を歩んでいる彼女ら。
縁談が破談になったレティシアに、未だ実家暮らしのカトレア。それに比べてこれから縁談が決まりそうなウルリカ。
そして――。
「比べて……出世頭はエカテリーナよね、本当に」
「本当、羨ましいですわ。わたくしも入れてくださらない?」
「やる気なら歓迎しますよー」
へへへー、と笑みを浮かべるエカテリーナ。
そんなエカテリーナは後宮解体後、軍に所属している。
八大将軍会議にて当代『紫蛇将』ヘレナによって指名され、幹部待遇にて紫蛇騎士団に入団したエカテリーナは所属して二ヶ月を経た現在、将軍補佐官の一人に抜擢されている。
そもそも将軍補佐官には人数制限がなく、将軍一名、副官一名、補佐官数名という形で幹部は構成されているのだ。そしてエカテリーナは入団して一月後、紫蛇騎士団における四人目の補佐官という形に任じられた。
現在は肩書きも『情報統制補佐官』というものに変わっており、主に諜報に関する仕事を行っているエカテリーナだ。
「レティさんとカトレアさんが来てくれるのなら……わたしも、心強いです」
「ああ、そういえばタニアも所属してたっけ」
「えぅ……幹部のエカテリーナさんと比べれば、ただの小隊長ですけどぉ……」
えへへ、と頬を掻くタニアも、現在は紫蛇騎士団の一員である。
根が真面目で勉強熱心な彼女は、曹長待遇で入団すると共に小隊を一つ任され、日夜訓練に励んでいる。そしてタニア自身も若干地味な面はあるが顔立ちの整っている美少女であるため、小隊員たちは少しでもいいところを見せようと必死らしい。
紫蛇騎士団の中では現在、『高嶺の花ヘレナ将軍、目の保養エカテリーナ補佐官、癒しのタニア小隊長』と呼ばれているくらいだ。
そんな風に、別々の道を歩んでいる彼女らだが。
こうして集まっていることは、勿論理由があってのことだ。
「でも、エカテリーナが言い出してくれて助かりましたわ。どうしても一人だと、鍛練に身が入らないから。やはり、蹴り飛ばして構わない人間がいてくれないと」
「ふん。あんたの蹴りが簡単に当たるとは思わないことね、カトレア」
「ふっふっふー。そのためにわたしはー、陛下から直接許可を取ったのですよー」
「タニア、軍で鍛えた力、オレに見せてみろ!」
「……わたし、強くなったよ。ウルちゃん」
「ふふふ。若いっていいわねぇ」
解体された後宮から、別々の道を歩んだ彼女らを、再び巡り合わせたのはエカテリーナだ。
後宮で育んだ、ヘレナに鍛えられた面々。しかしどうしても貴族家の庭で鍛練を行うと人目もあるし、なかなか全力で動くことができない。
そのため、肩書きとしては紫蛇騎士団補佐官の地位を持つエカテリーナが、当代皇帝ファルマスに対して上奏を行ったのである。
現在使っていない後宮の中庭を、鍛練に使用したいと。
彼女らの事情を知っており、かつ共に鍛練を行っていたファルマスは、全ての反対意見を棄却して許可を出した。
午前のみ後宮の中庭を使用しても構わない、と。
「やっているか、皆」
「あ、陛下ー」
「おはようございます、陛下」
そしてファルマスがそのように許可を出した、最大の理由は。
当然、自分も参加したいからである。
「まずは、許可を出すのに時間が掛かってしまい、すまなかったなエカテリーナ」
「いいえー。衛兵さんも素直に通してくれましたよー」
「一応、関係各所には調整をしている。午前中だけは、ここを自由に使ってくれて構わない。また、ヘレナが置いていった鍛練用の部屋も、自由に使っていい」
「ありがとうございますー。まぁ、わたしは非番の日しか来れませんけどねー」
「ヘレナが来てくれるのが、一番なのだがな。あやつもあやつで忙しい」
かつて、後宮の中庭で鍛練に励んでいた側室たち。
それが、後宮を解体された今でも続く――そのために、割と必死でファルマスは調整を行ったようだ。
「さて、では始めると――」
「侵入者と、何をなさっておられるのですか! ファルマス陛下!」
しかし、そんな彼女らは全員、知らなかった。
そして後宮の主たるファルマス本人も、忘れていた。
今ここに、後宮が解体されながらにして、たった一人だけ――アレクサンドラ・エル・ダインスレフが入宮していることを。
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