第12話 禁軍への方針

 翌日。

 ヘレナはアンジェリカとクリスティーヌの二人を部屋に呼び、まず禁軍の現在の状況について話を聞くことにした。


「ええと、ヘレナ様。まず、禁軍というのはね……」


「ああ」


 ぽつぽつと話し始めるアンジェリカ。しかし、その情報はほとんどヘレナも知っているものだった。

 禁軍とは、貴族家の次男三男が優先して入ることのできる、宮廷務めの兵士たちである。そして、禁軍はそんな体制であるがゆえにほとんど実戦訓練を行うこともなく、基本的には宮廷の警邏や門番が主な役割だ。

 何より特異なのは、その所属だ。

 禁軍は軍という名を冠してこそいるけれど、軍部に所属していない。あくまで宮廷の警邏を役割としているため軍部に属さず、宮廷に賊しているのである。

 政治と軍事を分立させているガングレイヴ帝国にとって、禁軍とは唯一、皇族が扱うことのできる軍事力なのだ。


「とはいっても、正直わたくしは、あれを軍と呼ぶのも嫌なのよね」


「一応、お前が後見人だろうに」


「わたくし、あれを率いて戦場に出ろと言われたら、断るわ」


「私は率いて戦場に出たぞ」


 ぶつぶつと、そう言ってくるアンジェリカ。

 彼女は一応、現在の『禁軍将』であるクリスティーヌの後見人という立場だ。何せ彼女は現在、ハイネス公爵家という爵位を失い、ただのクリスティーヌになっている。つまり彼女は現在、ただのアンジェリカに仕える一侍女に過ぎないのだ。

 そして、禁軍に所属するのは貴族の子弟ばかりである。彼らからすれば、身元も知れない侍女の一人が将軍になったわけだから、そこに反感も抱くというものだ。そのため、クリスティーヌは一応アンジェリカの股肱の忠臣であり、信頼できる強さを持つ将軍であるという形で後見しているのである。


「……あれを率いて、どう戦ったの? ヘレナ様」


「うむ。まず、私が先頭を走るだろう?」


「ええ」


「そのまま突撃だ。私は前にいる敵兵を倒すだけで、後ろのことは禁軍に全部任せていた。彼らも人間だから、自分が死ぬかもしれない危機となれば、相応の力は出す」


「……結局それ、ヘレナ様が強いから成り立つ話じゃない」


 アンジェリカが、ジト目でヘレナを見てくる。

 まぁ、その通りではある。実際にリファール王国の急襲にあたって、ヘレナも禁軍の一部隊を率いたけれど、ほとんどヘレナが先頭で無双していただけだ。

 ヘレナは後ろを振り返ることなく進軍したから、禁軍は必死になってヘレナを追いかけてきて、自分が死ぬかもしれない状況で命がけで戦っただけである。そこに、兵士としての訓練とかそんなのは全くなかった。

 これほど脆弱な軍か、とヘレナも失望したほどである。


「そんな禁軍だけど、今は全部で五千人いるわ」


「ほう」


「万を超える数を率いてきたヘレナ様からすれば、少ないでしょ?」


「どうだろうな。ただでさえ練度の低い兵士たちだ。少ない数の方が、全体に目がいく」


 どんな指導をしようかなぁ、と少し考える。

 最近やった新兵訓練ブートキャンプは、少人数に対して行うものばかりだった。そもそも軍で行う新兵訓練ブートキャンプは、その名の通り新兵を訓練するものである。そのため、軍の全員に対して行うというのは、未だにヘレナも経験がない。

 だから五千人を一度に指導するというのは、まず無理だろう。


「ふむ。それでは、クリスティーヌに聞こう」


「ええ、ヘレナ様」


「普段はどのような訓練を行っているのだ?」


「禁軍は普段、警邏と門番ばかりを行っておりますわ。ですので、基本的には四交代で一部隊が休み、一部隊が警邏と門番、二部隊が訓練という形にしております。この訓練も……正直、あまり芳しくない成果ですが」


「具体的には、どんな訓練だ?」


「指示に対して動く訓練ですわ。左右、前進、後退、構え、突撃……そのあたりですわね」


「……初歩の初歩ですら芳しくないのか」


 はぁ、と小さく溜息を吐くヘレナ。

 軍において、最初に教わるのは集団行動だ。基本的に軍においては、全員での一糸乱れぬ行動が求められる。前進や左右転換などの動きは、その基本と言っていいだろう。


「基礎能力の訓練は?」


「……メニューに加えたのですが、反対意見が多く……今は、ほとんど行っておりません」


「……甘すぎるな。奴らは、軍に入ったつもりがないのか」


「中には、腕立て伏せ十回で倒れる者もおりまして……」


「はぁ……」


 ひどすぎる現状に、溜息を吐くしかない。

 だが、そんな相手だからこそヘレナも燃えるというものだ。


「将軍が加えたメニューに対して反対意見が出る時点で、軍としては終わっている」


「……そう、なのですか?」


「兵士となった以上、上官には絶対服従だ。刃向かってくる者がいるならば、鉄拳制裁で教えてやるのが軍の基本でもある。八大騎士団の兵士に、殴られたことのない者など一人も居ない」


 私も含めてな、と続けるヘレナ。

 ヘレナも若くして軍に入ったが、道理を知らない新兵の頃にはよく殴られた。そして、殴られた痛みと共に色々覚えてきたのだ。

 そして同じく、ヘレナも上官として何度も新兵を殴ってきた。フランソワたちに行った新兵訓練ブートキャンプではハリセンを使ったけれど、本来ならばあれは己の拳である。


「少し、将軍たちにに話をしてこよう。それぞれの騎士団で使っている訓練施設を、少し間借りさせてもらう」


「訓練施設?」


「ああ。本来、新兵訓練ブートキャンプに使われる宿舎だ。そこで、交代で指導を行っていくのがいいだろう」


「……それ、大丈夫なの? 軍部と禁軍は、あくまで切り離されているって」


「私が、個人的に借り受けるだけだ」


 八大将軍の訓練施設。

 そこは新兵として入ったものが放り込まれる、三ヶ月間の地獄だ。毎日のように訓練を続け、ひたすらに精神と肉体をいじめ抜かれ、一人前の兵士になるまで育成する場所である。

 一つの施設で三百人は寝泊まりできるはずだから、それが八つ。五千人の禁軍を育てるに、前半部と後半部に分かれて育てればいいだろう。


「クリスティーヌ。まず、五千人の禁軍を二つに割り、片方に訓練を施す。そして、残る半分で普段の業務を行わせろ」


「は、はぁ……」


「安心しろ、アンジェリカ、クリスティーヌ」


 にやり、とヘレナは笑みを浮かべ。

 今まで何人もの兵士を育ててきた鬼教官は、闘志を燃やす。


「半年後には、禁軍をまともな軍にしてやる」

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