第135話 過激派の動き

 謎の集団『ヘレナ様の後ろに続く会』は、かつてその母体を『レイラ様の後ろに続く会』と名乗っていた。

 その理由は当然ながら、伝説にも残る英雄『銀狼将』レイラ・カーリー――婚姻した後の名をレイラ・レイルノートを頂に据えたものである。そして、この謎の集団の母体となったそれを作ったのは、誰でもない元『赤虎将』グレーディア・ロムルスだ。一人の武人としても、女性としても、心から彼女を慕っていたグレーディアが設立させ、メンバーを集め、レイラの軍引退までに数百人からなる集団を作り上げたのである。

 そんなレイラが死の淵でグレーディアに、「あんたの作った謎集団は、あたしの娘のために役立ててくれ」と言い残した。そのため、その謎の集団は形を変えて、『ヘレナ様の後ろに続く会』と名を変えたのである。

 もっとも、グレーディアの集めた古参メンバーよりも、ヘレナの代になってから加入した者が多くいるため、元がその母を崇拝する集団だったと知っている者の方が少ない。むしろ現在の新人メンバーにその事実を言えば、「はぁ? ヘレナ様以上に崇拝する相手なんかいるものかよ!」と一蹴されることだろう。


 そして、この『続く会』創設者であるグレーディアは、現在は会長の立場にない。

 その理由は単純にして明快だ。グレーディア自身はレイラの遺言を守り、集団の名を『ヘレナ様の後ろに続く会』に変えたが、グレーディアが崇拝する相手はレイラだけだ、と頑なに拒んだのである。そのため、現在はティファニーが会長として全体を率いて、グレーディアは名誉会員としてその名簿の端に刻まれているだけである。


 そして現在も、『銀狼将』ティファニー・リードが会長に、会員として元『紫蛇将』アレクサンデル・ロイエンタール、『金犀将』ヴァンドレイ・シュヴェルトと八大将軍の中でも三名が名を連ねている。そして『黒烏将』リクハルド・レイルノートと『赤虎将』ヴィクトル・クリーク、、元『赤虎将』グレーディア・ロムルスといった重鎮たちも名誉会員として名を連ねているのだ。彼らの持つ軍への影響力を考えれば、ガングレイヴ帝国に所属する軍人の、およそ三分の一は『ヘレナ様の後ろに続く会』に従っていることになる。

 実際に会員として活動している数はそれほど多くないが、有事の際にはそれだけの軍人を動かすことが出来る、というのも強みであろう。


「やはり、この機だ。我らは今夜、動かねばならん」


「そうですね。やはり、今夜にでも決行する他にないかと」


「他に異論はないな」


 しかし問題は、その集団の発祥が軍ということだ。

 会員の数が膨大となった現在、会長のティファニーもその全てを掌握できているというわけではないし、決して一枚岩というわけでもないのだ。そして軍に所属している者が多いということは、それだけ血の気が多い者が集まっているということと同じである。

 分かりやすく言うと。

 膨大な会員数を持つ『ヘレナ様の後ろに続く会』には、過激派も少なからず存在しているのである。


「しかし、良いのですか……?」


「当然だ。我々のうち、一人でも辿り着くことができればそれでいい」


「隊長っ……!」


「例えこの命が潰えたとしても、我らは崇高なる使命を果たした。そうあの世で誇る武勲が出来ようぞ」


 中央に座すのは、一際体格の優れた軍人――碧鰐騎士団に所属する補佐官、ピエール・ラジールという男だ。既に齢五十を超えた身でありながら、その肉体は筋骨隆々と言って差し支えないだろう。

 そして、ピエールを囲むのは二十人ほどの同志だ。所属する軍は違えど、その思想に賛同した者たちである。


「いざというときの経路は、手配しているな」


「はい。陸路でリファール王国に逃げる手配はすんでいます」


「うむ。帰る国を失うことになろうとも、賊軍の徒として誹りを受けようと、我らにはそれ以上に大事なことがある」


「ええ。我らの成果を待つ同志たちのためにも」


「絶対に手に入れるのだ。未だヘレナ様が後宮におわす、今しかその機はない」


 ぎらぎらと、燃える眼差しで周囲を睥睨するピエール。

 ここに集まっているのは、同士の中でも選ばれた者たちだ。軍人として高い身体能力を持ち、潜入作戦などで成果を上げている者たちである。

 本来ならば、もっと大勢参加したかった者もいるだろう。

 だが、少数精鋭だ。この作戦に漏れた同志たちも、彼らが成果を持ち帰ることができれば、喜んでくれることだろう。


「作戦は、以前に申した通りだ。手の者から、巡回ルートの地図は貰っている。南の窓から侵入し、一直線にヘレナ様の寝所を目指すぞ」


「はっ!」


 ピエールの言葉に、奮い立つ同志たち。

 彼らはその命に代えても、やるべき使命がある。そして、その使命のためならば死を厭うことなどない。


「必ずや、我らの手に!」


「はっ!」


「ヘレナ様のおパンツを!」


「はっ!!」


 奮い立つ。それが彼らにとって、為すべき偉業であるがゆえに。

 それが他人にとっては至極どうでもいいことでも、変態極まりない発言であろうとも、もう完全に犯罪者の言葉であろうとも。

 彼らにとって、それは偉業であるのだ。

 崇拝する対象であり、天に仰ぎ見るべき存在であり、これから天上人となる存在――ヘレナから、そのおパンツを奪取することは。












「……全部聞こえていますの。どうしましょう、ヘレナ様」


「とりあえず、鍵はしっかり締めておいてくれ。私の下着など、何に使うのかは知らんが……」


「あら。そんなの決まっていますの」


「へ?」


「殿方は……ごにょごにょ」


「――っ!!」


「あと、ごにょごにょ。ごにょごにょ」


「そっ、そんなことをするのか!? 変態じゃないかっ!!」


 シャルロッテの耳年増な意見に、顔を真っ赤にするヘレナだった。

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