第134話 結婚報告~ガルランドの場合~
「あらら」
自室に届いたガングレイヴ皇家の印章が押された文を見て、リリス・アール・ガルランド――旧姓をリリス・レイルノートは小さくそう呟いた。
ガルランド王国第二王子ラッシュ・アール・ガルランドの妻であるリリスは、ガルランド王国の王族の一人である。当然ながら、そんなリリスの元に届く文は、事前に検閲がなされているものだ。文と装って毒針が入っていたり、封を開いた瞬間に指先を毒の刃が切ったりといったことを防ぐためだ。ガルランド王国は小国であれど、その王族を恨む者は少なからず存在するのだから。
ゆえに、それが高価な封蝋でしっかりと閉じられたもので、かつガングレイヴ皇家の印章が押されているという間違いのないものであっても、必ず検閲官が確認しているものなのだ。
ただ、できればこの衝撃の事実は、自分が一番に知りたかったなぁとは思わないでもない。
「姉さん、ついに結婚するのねぇ」
それは、端的に予定が綴られているだけの手紙だ。
今日から数えて、二十日後にガングレイヴ帝国当代皇帝ファルマスとヘレナの結婚式が開催される、というものである。場所は当然、ガングレイヴ帝国の帝都宮殿だ。
本来、このように他国の要人に出席の要請を送るというのは、礼儀に欠けていると見做されても仕方がない。少なくとも王族であるならば、二十日先の日程もその予定がほぼ埋まっていると言っていいだろう。だからこそ、事前に「このあたりでやります」的な先触れを送ってから、正式に日取りを決定するのが当然の流れになるはずだ。だからこそ、皇族や王族の結婚というのは年単位で準備されるものなのである。
まぁ、多分姉さんがごねたんだろうなー、とリリスは笑みを浮かべた。
「さて。わたしは別に用事もないし、出席する形にすればいいかしらね。あなたはどうするの?」
第二王子であるラッシュはともかく、リリスは暇人だ。ラッシュが何かの式典や夜会になど出席するのであれば同伴しなければならないが、リリス本人には何の仕事もない。かといって王族である以上下手に外出するわけにもいかず、鬱憤が色々と溜まっていたりするのだ。そのせいで、実は後宮に囚われているはずのヘレナよりも鍛錬の時間が多かったりする。
今日もひたすら筋力向上のために基礎鍛錬を繰り返し、いい汗もかいてきたからそろそろ走りに行くかなー、とか思っていたときの、突然の朗報だったのだ。
「ああ。これは僕も行くべきだろうな」
「あら、そう?」
リリスの、やや上でそう呟く声。
それは当然ながら、リリスの夫にしてガルランド王国第二王子ラッシュである。ちなみに本人はリリスと代わらない背丈なのだが、その声はやや上からだ。
その理由は一つ。リリスがラッシュを肩車する形で、ひたすら屈伸を繰り返しているからである。
「ガングレイヴ帝国とは、良い仲を保っておかなければならないからね。国を代表して、皇后になるヘレナ殿の義弟である僕が出席した、という体をとれば良いだろう。父上や兄上は忙しいからね」
「そうね。じゃ、わたしは身内席よりも他国席の方に座った方がいいのかしら?」
「僕だってヘレナ殿の身内さ。国籍が違うだけの身内だと思ってくれた方がいいだろう」
「帝都まで急いで三日、のんびり行って五日、ってところだけど」
「行きは五日、帰りは十日で予定しておこう。僕、行きたい温泉地があるんだ」
「あなたらしいわね」
ふふっ、とリリスが微笑む。それに対して、ラッシュは照れくさそうに頬を掻いた。
ちなみにここまでの会話、リリスは延々と屈伸を続けながらである。本来異常な状態だが、既にリリスと結婚して三年になるラッシュにしてみれば、極めて普通の日常だった。
「検閲官より、報告が」
「うむ、聞こう」
「は、ははっ……!」
ガルランド王国王都宮廷、玉座の間。
そこに座するはガルランド王国における最高権力者、国王ルシウス・アール・ガルランド。側に控えるのはガルランド王国最強の騎士にして『紅獅子』の異名を持つ騎士団長、ゴトフリート・レオンハルトである。
そんなガルランド王国における二大巨頭が揃った場に、突然連れてこられた若い検閲官は戦慄しながら膝をつき、頭を垂れた。
そんな彼の後ろで膝をつくのは、彼の上司――やや老齢の検閲長官である。基本的に検閲した内容は、端的に内容をまとめて検閲長官に報告を行うのが通例であるからだ。彼は「あー、お姉さんの結婚報告ねー。でも相手皇帝かぁ、すげーなぁ」くらいの気持ちで検閲を行って、その内容を報告した。
その結果、彼は長官から引っ張られ、ここまで連れてこられたのである。
「ほ、本日、リリス第二王子夫人のも、もとに、文が、届きましたっ……!」
「うむ」
「そ、そちらの内容なのですがっ、リリス第二王子夫人の、お、お姉様が、ご、ご結婚をなさるという、内容、でしてっ……! 日取りは、その、二十日後、と……」
「ヘレナ殿か」
「ヘレナ殿ですな」
名前も言っていないというのに、そう答えるルシウス王とゴトフリート騎士団長。
自分は一体何を見てしまったのだ――そう震えながら頭を下げ、「そ、その通りでございますっ……!」としか答えることができない。
ルシウス王は大きく溜息を吐き、それから何かを思案するように顔を伏せた。
「ついに来たか」
「はい。陛下」
「面を上げよ。下がって良い。報告、大儀であった」
「は、ははっ!」
検閲官はそう答えて、足早に玉座の間を去る。
ぎぃっ、と重厚な玉座に続く扉を閉めて、それから中で騒ぐ王たちの声が聞こえてきた。
「ゴトフリート、全ての予定をキャンセルしてくれ。少なくとも当日前後の七日間は、何の予定も入れるな」
「承知いたしました」
「また、我が国全ての会員たちを招集せよ。今すぐだ」
「現在は、五千人ほどいるはずです」
「ここには入り切らんな……大広間に集めろ。また、婚礼の祝いの品は吟味しておくよう宰相に伝えておけ。少しの粗相でもあれば、その首を斬ると脅しておくように」
「は」
なんか、怖い会話が行われていた。
腰が抜けて立てず、意図せずその中で行われる会話が検閲官の耳に届く。
「ついに会長の悲願も達成するということだな……喜ばしい。だが何故だろうな。僕は残念だよ、ゴトフリート」
「まだ我々は、会員になって日が浅いですから。純粋な会員ならば、これを心からの喜びと受け取ることができるのでしょう」
「ああ」
「ええ」
「我ら、『ヘレナ様の後ろに続く会』!」
「……」
聞いてしまったことを咎められないか――そう思ってしまうほどの、そんな会話に。
検閲官は、「陛下は何の宗教に嵌まってしまったのだろうか……」と呟いた。
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