第53話 クラリッサvsアンジェリカ 2

「いくわよぉっ!」


「……っ!」


「うりゃあああああっ!!」


 激しい金属音が響くと共に、再びアンジェリカのフライパンが振り抜かれる。

 フライパンは正確に石を打ち、フライパンに叩かれた石はクラリッサの顔面を目掛けて勢い良く襲いかかってくる。丸く加工されたものであるならばまだしも、何故一つ一つその形状が異なる石で、それほどまでに正確な打撃を行うことができるのだろう。

 石を視認してからでは間に合わない――クラリッサは、アンジェリカの打ってくる石を、それだけの脅威だと認識していた。打つ音が響いてから、一瞬で目の前まで迫ってくるのだ。それを脅威と言わずして何と言おう。

 ゆえにクラリッサにできること――それは、石を打つ音がすると同時に、思い切り左右どちらかへと動くことだ。


「……甘いっ!」


 確かに、脅威である。

 間違いなく、強力な攻撃である。

 いつだったか、ヘレナはアンジェリカのことを一つの投石機と評したことがあるが、まさに現状がそれだ。クラリッサの回避した石はそのままクラリッサの後ろ――闘技場の壁へとぶつかり、そのまま砕けているのだから。あれが石ではなく鉄球であるならば、闘技場の壁の方が先にまいっているだろう。

 だが、逆に言えばそれは、威力が高いだけだ。

 石の速度が速いことは認めるし、視認して避けるのは遅いということも分かっている。だが、その攻撃は単発に過ぎないのである。

 両手による、息もつかせぬアンジェリカの連射――その強みが、どこにも活かされていないのだ。


「うりゃあああああっ!」


「ふっ……!」


「なんでよっ! なんで当たらないのよっ!」


「甘い、ですっ……!」


 確かに、恐ろしいものだった。初見では。

 アンジェリカがふふんっ、とドヤ顔でフライパンを取り出さなければ、クラリッサは警戒もしなかっただろう。フライパンをただの鈍器という風に装って、その上で油断している状態から打たれた場合、避けることができなかったかもしれない。

 だが、種が分かればこんなものだ。

 そもそも石を取り出し、軽く上に放って、その上でフライパンをフルスイングする、という三段階の動きを行わなければならないものである。少なくとも、一対一の戦いにおいては攻撃モーションが長すぎると言っていいだろう。

 しかも、『必ず相手の顔面を狙う』という攻撃であれば、避けることなど簡単だ。


 クラリッサはアンジェリカの攻撃を避けながら、距離を詰めてゆく。

 アンジェリカもまた距離を詰められないようにと動きながら、しかしフルスイングで石を打ってくる。その器用さは認めるが、何故それほどまでに一芸特化なのだろうか。もう少しまともな武器の特性でも持っていればいいものを。

 もっとも、それは馬術という他の生物がいなければ成り立たない特技しか持たないクラリッサに、言えたことではないのだろうけど。


「はぁぁぁぁっ!」


「くっ……!」


 既に、アンジェリカとクラリッサの距離は詰まっている。

 遠距離攻撃に特化しているアンジェリカが、近接攻撃に対してできることなどない。そしてクラリッサは、常に自分が纏っている全身鎧フルプレートがない状態だ。

 つまり、体に余分な重石がないだけ、クラリッサの動きは速い。

 それは、近距離での攻防が苦手なアンジェリカには、対応できないほどに。


 アンジェリカが一撃、フライパンを振るう。

 それと共に迫ってくる石を半身を躱して避け、クラリッサの射程――そこに、アンジェリカが入った。


「ふんっ!」


 クラリッサが武器を持っていなかったこと――その理由は、ただ一つ。

 そもそも全身鎧フルプレートこそが自分の武器だと信じていたクラリッサは、訓練においてもそれに特化するように鍛えた。下手な武器など持たずとも、全身が鉄の塊であれば即ち凶器だ。その重み、その威力、その硬度は間違いない武器となる。

 ゆえに、クラリッサの持つ武器――それは、体当たりである。

 鍛えに鍛えた体幹は、どれほどの威力で敵と激突しようとも決して揺るぎない。


 クラリッサはその肩から、アンジェリカの懐へと飛び込む。

 その体を、吹き飛ばしてやる――。


「――っ!」


「甘い、わよっ!」


 だが、そんなクラリッサの肩が。

 激しく硬い、何かに激突した。

 全身鎧フルプレートを纏っていない肩に、金属と激突したことによる痛みが走る。どれほどの武装であれ、どのような武器であれ、防ぐことだけを目的とした重厚な鎧――それを、今クラリッサは纏っていないのだ。

 ゆえに、その衝撃は肩から腕に伝わり、痛みとして全身を痺れさせ、その足を止めさせる。


 クラリッサとアンジェリカの間にあるもの。

 それは、石を打っていたフライパン――。


「ふふっ! 石打ちを見切られたのは誤算だったわ!」


「くっ……う、ぐっ……!」


「でも、これは石を打つだけではないのよ! わたくしにとってこれは武器、そして同時に盾なのよ!」


 あははははっ、と哄笑するアンジェリカの声。

 アンジェリカは体当たりに対して、自分とクラリッサの間にフライパンを挟むことで対処したのだ。それはマリエルの棒術ならばともかく、クラリッサのような体当たり、シャルロッテのような近接戦闘に対しては、間違いなく有効な対処法である。

 盾を持つということは、それだけ防御力が増すということなのだ。衝撃はフライパンに主に加わり、自然と逃がす形になる。そして威力もまた、体の一部で受けるよりも盾を持つ腕で受ける方が耐えられるのである。

 そして何より、驚くべきはその膂力。

 フライパンを自在に操るその腕力は、全力を出したクラリッサの体当たりを凌ぐことができるほど、鍛えられたもの――。


 フライパンへと強かに打った肩を押さえながら、クラリッサは僅かに距離を取る。

 また体当たりを行ったとしても、同じことを繰り返しだ。ならば、もっと鋭い攻撃を行わなければならない。

 どうすれば――そう、僅かに逡巡した、その瞬間に。


「ふんっ!」


「――っ! う、あ、あ……!」


「隙だらけよっ!」


 脛に、激しい衝撃が走る。

 思わず膝をつきたくなるほどの痛み、そして痺れるような熱さ――同時に目の前へと転がった石に、自分が足を打たれたのだと理解する。

 フライパンで石を打つ――その派手な動きに目を捉われていたが、本来アンジェリカの持つ特性は投擲だ。

 クラリッサが僅かに離れ、隙を見せたその瞬間、脛へ目掛けて石を投げてくるなど造作もないこと。


 そして、それはクラリッサの機動力が、半減する攻撃でもある。

 血は流れていないだろうが、薄い訓練着の上から当たった石の衝撃はおさまりそうにない。唇を噛み締め、歯を軋ませてその痛みに耐えるが、もうまともに走れそうにはないだろう。


「そしてね、クララ!」


「え……!?」


「わたくしは言ったはずよ! これは、わたくしの盾でもあり――武器でもある!」


「――っ!」


 クラリッサに、誤算があるとすれば一つ。

 それは、アンジェリカを遠距離攻撃に特化した者だと断定したこと。

 近接距離での攻防に持ち込めば、できることなどないと盲信したこと。

 距離さえ詰めれば勝てると、そう考えたこと。


 そんなクラリッサを嘲笑うかのように。

 距離を詰めてきたアンジェリカのフライパンが、クラリッサへと鈍器として襲いかかった。

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