第48話 評価する重鎮たち

「ふむ……」


 予想外の展開に、ヘレナは眉を寄せる。

 ヘレナ自身、育ててきた弟子たちの力は信用している。これからに依る部分は多いだろうけれど、将来的には軍の高官となってもおかしくないだろうと思っているほど、ヘレナは自分の育ててきた弟子たちに自信があった。


 だが、こと二期生、三期生たちについては、ほとんどヘレナは関わっていないと言っていい。二期生への指導は、最初の頃こそヘレナが行なっていたけれど、後半は主に一期生に任せていた。加えて、三期生についても同じだ。ヘレナが自ら指導した相手というのは、そのほとんどが一期生――フランソワ、クラリッサ、シャルロッテ、マリエル、アンジェリカの五人である。

 だからこそ、この披露目――それは、一期生の強さを再確認するためにと、そう思っていた部分もあったのだが。

 まさか、そんなフランソワが一回戦から負けるとは思わなかった。


「後方から連弩を用いた彼女の膂力は、なかなかですね。連弩は撃ち出すことのできる本数こそ多いですが、反動が激しいのが難点ですから。それを両手に持って、あれだけ連続で撃てるというのも一つの評価点でしょう」


「んだな。一等騎士でようやく、ってとこだろ。技量はともかく、単純な腕力はかなりのものだ」


「連弩なんざ実際のところ、戦場では役に立たねぇクソ武器だけどな。わざわざこの戦いに、連弩なんざ用意した気が知れねぇよ」


 戦いを終えた三人を、ティファニー、ヴァンドレイ、アルフレッドの三人がそれぞれ評する。

 ヘレナは連弩という武器を用意した記憶もなければ、用いると言われたこともない。だが、二期生と三期生はそれぞれ――主にエカテリーナを中心にして、何やら考えがありそうな様子だった。今回、ケイティが用いた連弩という手段も、その隠していた作戦の一つということだったのだろう。

 そして、ヘレナの制定したルール――『致命傷ならば一撃、それ以外ならば三撃与えられたら敗北』というそれにおいて、矢の雨を降らせるという手段は確かに有効だ。


「そもそも連弩は、『一射で十数本の矢を撃ち出す』という特異性こそあるが、それだけ威力は弱い。撃ち出す威力が、純粋に矢の本数で割られてるようなもんだ。模擬戦だからこそ使える手段だが、戦場では役に立たねぇよ。鎧も貫くことができねぇ武器なんざ、欠陥品だ」


「確かにその通りだな。だが、今回のルールにおいては有効だ。威力なんざ関係なく、ただ『三発当てればいい』ってルールの上なら、連弩はかなり強いからよ」


「作戦という意味では、評価できるものです。状況とルールを考えた上で、最適な解をそこに導き出した。その作戦を考案したことをこそ、評価するべきでしょう」


 ティファニー、ヴァンドレイからの評価は高いが、アルフレッドは認めていない、といったところか。

 確かに連弩は、威力が限りなく低い。完全武装の兵士を相手にしては、その鎧に傷つけることもできないだろう。逆に、螺子巻き仕掛けで矢を引き絞り、鎧すら貫くような威力を持たせる十字弓クロスボウと比べると、その威力は雲泥の差だ。

 そのあたり、『実際に戦場において有効であるか』を考えるアルフレッドには、なかなか認められないのだろう。


 そして、残る二人の八大将軍はというと。


「いやー、いい女だなぁ。あっちの弓手は乳臭ぇガキだが、あの双剣の女といい連弩の女といい、いい体してやがるぜ。特に連弩の女だな。今晩付き合ってくれねぇかな」


「……どちらも、鍛え方が足りない。やはり僕の満足することができるおみ足は、ヘレナ様以外にはいないということか」


「お前らはどういう目でこの戦いを見ているのだ」


 女好きすぎるルートヴィヒと、踏まれることが好きすぎるアレクサンデルの視点は、また違うらしい。

 まるで帝国の恥部を晒しているような気持ちになってくる。ここには隣国の王子が二人いて、隣国の大将軍がいるというのに。

 そんな隣国の大将軍――ガルランド王国随一の武を持つと言われる男、『紅獅子』ゴトフリート・レオンハルトは腕を組みながら、彼の警護する存在であるラッシュ・アール・ガルランド王子の後方で闘技場を見下ろしていた。

 この国の者ではない将軍――その目に、今回の戦いはどのように映ったのだろう。


「ヘレナ」


「はい、ファルマス様」


「この後は、どのような戦いが行われるのだ?」


「はい、予定ではこちらのようになっております」


 ファルマスの言葉に、ヘレナは懐から紙を取り出す。

 改めてヘレナが謎の登場選手を全て引きずり出し、きっちりヘレナの弟子たちだけで組んだトーナメント表である。一方的に誰かに不利にならないように、バランスを考えた上で組んだものだ。

 まさかフランソワが一回戦から敗北を喫するとは思わなかったけれど。


 A フランソワvsレティシア&ケイティ

 B マリエルvsカトレア&ウルリカ

 C アンジェリカvsクラリッサ

 D シャルロッテvsエカテリーナ&タニア


 Aの勝者が二回戦でBの勝者と戦い、Cの勝者がDの勝者と戦う。そして、最後に勝ち残った二人によって決勝戦を行う、という流れだ。

 ヘレナの予想では、二回戦に勝ち残る四人は全員一期生だと思っていた。そのあたり、いきなり誤算を食らったようなものである。


「ふむ……面白そうだな。だが、アンジェリカがあやつに勝てるか……?」


「クラリッサは、肉体としては最も完成されていますからね。ただ、アンジェリカの遠距離攻撃もまた完成されたものです。私も楽しみな戦いですよ」


「……だが、ヘレナ。一つ聞きたいのだが」


 僅かに、眉根を寄せるファルマス。

 その疑問が何であるのかは、ヘレナにも予想がつく。そして、その質問に答える準備もできている。

 それは――その中に、あるべき名前が一つないということ。


「……クリスティーヌは、出ぬのか?」


「陛下」


 小さく、溜息を吐く。

 本来ならば、二期生の中の一人であるクリスティーヌ。だが、『二期生は三期生と組んで戦う』というルールの中で、ただ一人誰とも組んでいない状態だ。

 勿論、それはそれで仕方ないことだろう。二期生は四人であり、三期生は三人なのだから、誰か一人が余ってしまうのか仕方ないことである。


 それに加えて。


「……陛下は、これだけの他国の重鎮を前に、クリスティーヌあれを出場させても良いと思いますか?」


「……」


 筋金入りのドMであり、攻撃を食らうと共に甘い声を発するクリスティーヌ。

 これほどの大観衆、そして隣国の王子たち、加えて八大将軍。

 そんな彼らを前にして、クリスティーヌを闘技場に出場させる――それは、後宮の恥を晒すようなものだろう。


「賢明な判断だ、ヘレナ」


「ありがとうございます、陛下」


 ちなみに、ヘレナとファルマスは知らない。

 出場選手の控え室で、クリスティーヌが「さぁ、これほどの観衆を前で、どれほどわたくしが痛めつけられるのか……滾りますわ!」と、一人で嬉しそうに出番を待っていることを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る