第49話 マリエルvsカトレア&ウルリカ 1

「ふー……」


「……」


 闘技場の西門。

 勝利したレティシアとケイティの二人が退場したそこから、次の試合に出場する二人が入場した。


 カトレア・ランバート、ウルリカ・セルエットのニ名である。


「まさか、これほどの大観衆とは思いませんでしたわ」


「……」


「まぁ、わたくしの鮮やかな脚技を披露するには、丁度良い舞台ですわ。相手には、存分に踊ってもらうとしましょう」


 ふふっ、とカトレアは笑みを浮かべる。

 武器は自由、という縛りだ。しかしカトレア、ウルリカ共に武器らしいものは何一つ持っていない。その代わり、カトレアはその脛全体を覆った特製のブーツ、ウルリカは拳に巻いたバンテージが武器だと言っていいだろう。

 二人揃って、近接格闘にしか才を持ち得なかったのである。


 そんな二人の前に東門から入場してきたのは、カトレアにとっても因縁の相手。

『星天姫』マリエル・リヴィエールである。

 かつて後宮が『月天姫』シャルロッテの派閥と『星天姫』マリエルの派閥に分かれていた頃、カトレアは『月天姫』派の次席だった。現在は派閥とかそういう云々を全部ヘレナがぶっ壊したために、過去の遺物となってしまっているが。


「先輩ではありますが、やはり気に食わない相手ですわ。ウルリカ、速攻でカタをつけますわよ」


「……」


「成り上がりの商人の娘になど、負けていられませんもの。わたくし、これでも歴史あるランバート伯爵家の娘ですもの」


「……」


「……ウルリカ?」


 先程から、カトレアしか喋っていない。

 隣のウルリカは一切何も言葉を放つことなく、ただ黙っているだけだ。集中でも高めているのだろうと放っておいたが、さすがに気になり隣を見る。


「……は、ははは、は、は、い、かか、かと、カトレア、さ、さん……!」


「……」


 ウルリカは、真っ青な顔をして震えていた。

 今までこういう舞台に出たことがないのか、物凄く緊張している顔だ。今にも倒れそうなほどに息は荒く、病人のように顔は青く、頭のてっぺんから爪先まで全身余すことなく震えている。共に闘技場まで歩きながらも、その足取りすら完全にガチガチだった。右手と右足が一緒に出ているし。


「……あなた、あがり症ですの?」


「そ、そそそ、そんな、こ、ことは……!」


「……いえ、十分ですわ。ですが、今からわたくしたちは、マリエルと戦わねばなりません。そんな調子では、あなた負けますわよ」


「う、うっ……」


 まったく、惰弱な――そう思わないでもない。

 貴族の一員たる者、夜会で注目を浴びることになど慣れている。カトレアとて、後宮に入るまでは何度となくそういうパーティには出席してきたし、その中央で踊ったことだって何度もあるのだ。特に皇家が主催で行われた夜会など、宮廷の大広間にあらゆる貴族の重鎮が揃う場でもあるのだ。

 恐らく、ウルリカは若いしそういう場に出たことがないのだろう。緊張するのも致し方ない、と思うべきだろうか。


「良いですか、ウルリカ」


「は、は、はひっ……」


「ガイウス様から教えを受けた作戦は、わたくしとウルリカの協力が不可欠ですわ。どちらも最高のパフォーマンスを発揮することができてこそ、わたくしたちの勝利は近付くのです。あなたがそんな調子では、勝てるものも勝てませんわ」


「う、うぅっ……で、でも……こんな、観衆だと……!」


「気にする必要はありません。観衆など、芋が首を揃えて見ているようなものと思えばよろしいの。むしろ、わたくしたちの華麗な勝利を見せつけてやりましょう」


 ふふっ、とカトレアは微笑む。

 舞台としては、最高だ。これだけの大観衆の中で、マリエルを倒す――それは、公的に自分たちがマリエルよりも強いと示すことにもなるのだから。

 そのために、カトレアはウルリカの祖父――前『黒烏将』ガイウス・セルエットに師事したのだから。


「さぁ、ウルリカ。やりますわよ」


「は、はひっ……!」


 変わらずガチガチのままのウルリカだが、しかし歩みは止まることなく闘技場の中央へと向かう。

 レティシアとケイティがフランソワと戦った際には、両方とも闘技場の端で待機した。それはフランソワも、レティシアとケイティもどちらも遠距離からの攻撃を主体にしていたからだ。

 だが、マリエルの攻撃手段は棒。そしてカトレアとウルリカの攻撃手段は徒手。

 自然、その立ち会いは近距離で行われるものだ。


「こんにちは、カトレア」


「ええ、マリエル様」


「ウルリカも壮健のようで」


「は、はひっ……」


「少しばかり、緊張なさっているみたいですけど。残念ながら、あたくし遠慮はしませんわ」


「こちらも遠慮はしませんわ。二対一の利は、存分に活かさせていただきます」


「ええ、こちらも教えて差し上げますわ」


 うふふふ、とマリエルが笑う。

 その手に持った棒の先端を、カトレアとウルリカに向けて。


「棒の前に、数の利など存在しません。あたくしの薙ぎで、果てなさいな」


「その全て、蹴り殺してみせますわ」


 準備は万端。

 お互いに戦意も高揚。

 あとは――始まりの合図を、待つのみ。


 視界の端にある、皇帝をはじめとした高位の貴族や八大将軍、他国の重鎮が揃った席――そこで、立つ一つの姿。

 師にして、絶対的存在――ヘレナ・レイルノート。

 彼女が右腕を上げると共に、そのよく通る声と共に――開始は、告げられた。


「はじめっ!!」


「おぉぉぉっ!!」


「はぁぁぁっ!!」


 まず動いたのは、カトレアとマリエル。

 マリエルが突き出す棒を、体を捻って避けて距離を詰める。射程距離としては、やはり棒の方に軍配が上がるのは当然だ。ゆえに自然、カトレアは距離を詰めるのみである。

 いくら脚技であるとはいえ、その射程距離は棒に及ばない。


 だが、かといって易々と距離を詰めさせてくれるほど、マリエルも甘くはない。

 突き出した棒は、体重も乗せていない牽制の一撃だ。カトレアの動きに反応し、突き出したそれが横に払われる。突き、薙ぎ、払い――それが棒の持つ攻撃手段であるが、単純ゆえに侮りがたい。棒の長さそのものが、マリエルの攻撃範囲であるのだ。

 足元の狙って払われたそれを、跳躍することで回避する。同時に、カトレアはその長い脚で攻撃に転じた。


「うるぁぁっ!!」


 跳躍した勢いそのままに、蹴りを仕掛ける。

 カトレアの才は、その脚を自在に操ることにある。常に体を支える脚は、その膂力は腕の三倍とさえ言われているものだ。カトレアは生まれつきの柔軟性を持って、千変の蹴りを繰り出す戦士である。

 マリエルはそんなカトレアの蹴りを、棒を回すことでいなし、避ける。

 やはり、技量はマリエルの方が数段上――認めたくないが、それが事実である。


――なぁに、簡単なことだ。戦いは、数の多いものがそれを制する。戦争でも、個人の戦いでもそれは同じだ。


 ウルリカの要請により、後宮の面会室で教えてくれた、ガイウスの言葉を思い出す。

 かつての英雄であり、様々な戦争において勝利をもたらしてきた『黒烏将』。その教えは、単純にして明快。


――お前ら、二人なんだろ? だったら、簡単だ。二人揃って死ぬ結果にならなけりゃ、それでいい。


 これは試合だ。あくまで、人が死ぬことはない。

 褒められることはないだろう。だが、これこそが能力に劣るカトレア、ウルリカの必勝の作戦。


「はぁぁっ!!」


 カトレアの後ろから、ウルリカが思い切り跳躍してマリエルへと向かっていく。

 当然、そんな直線的な動きに気付けないマリエルではない。そんなウルリカの動きに反応して、マリエルの棒が思い切りウルリカへ向けて払われる。


 だが――ウルリカはそんなマリエルの棒を、一切躱すことなく。

 脇腹へ思い切りその棒の一撃を受けながらも、しかし前進した。まるで、攻撃を避けるつもりが、最初からないみたいに。

 痛みに顔をしかめながら、しかし、その目的を果たすために。


「なっ――!!」


 ウルリカが、マリエルの棒を持つ右手に――思い切り、抱きつく。

 単純ゆえに強力な作戦――それは、片方を捨て駒にすること。


――例え死んでも、一人が動きを阻め。残る一人が、動けない相手を殺す。それで終わりだ。


 ガイウスの教え通りに、事は運んだ。

 あとは――唯一の武器を封じられたマリエルを、カトレアが蹴り殺すだけである。

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