第47話 フランソワvsレティシア&ケイティ

 来るんじゃなかった。

 それが、レティシア・シュヴァリエの最初に思ったことである。


「落ち着いてください、レティシアさん。呑まれておりますわ」


「いや、そう言いますけど、ケイティさん……」


「確かにわたくしも、色々と話が違うことが多くて混乱していますが……まぁ、問題ありませんわ。結局、フランソワさんとの戦いですもの」


 それはその通りだ。

 何故か八大将軍とか他国の大将軍とか、隣国の王子とか謎の出場人物が増えたことに対して、激しく混乱した。なんでたかが男爵家の娘であり、後宮に入れられた一人であるレティシアが、帝国における武の頂点とされる八大将軍と戦わねばならないのだ、と。

 結局、何故か乱入したヘレナにより全員が会場から強制退出させられたために、残ったのはヘレナの弟子たちだけだ。そもそも弟子たちによる戦いの披露である、と最初に聞かされていた話そのままである。


「はぁ……こんな大観衆とか、聞いてないですよ……」


「まさか、闘技場が埋まるほどの観衆がいるとは思いませんでしたわ。陛下が観覧するとは仰っていましたけど」


「陛下が来るっていうのは、別にいいんですけど……最近よく訓練場にいますし、あの人」


「不敬ですわよ」


 この国の頂点、皇帝たるファルマスを『あの人』呼ばわりである。

 とはいえ、正直最近は毎日のように中庭に来るし、レティシアも手合わせをしたことが何度かあるから、それほど緊張しない。というか、皇帝の妹であるアンジェリカと普通に一緒に訓練している時点で、後宮の訓練場においては身分を気にしない、みたいな風潮になっているのだ。


「あぁ……緊張します……」


「大丈夫ですわ、レティシアさん。フランソワさんを相手にならば、必ず勝利を収めることができるでしょう」


「でも……卑怯って言われません?」


「わたくしたちは、ルール通りに行動するのみですわ。定められたルールの外にはいないはずです」


「……」


 一応、規則は定められている。

 まず、武器は自由。ただし、剣や槍を用いる場合は木製のものを用いること。矢を用いる場合は先端の鏃を外すこと。そして、安全面への配慮から革鎧を必ず装着すること。

 そして、頭部、胸部、腹部といった『致命傷になり得る攻撃』は、一度食らったらそこで敗北。それ以外の場合は、三度食らったらそこで敗北、というルールである。つまるところ、いかにして素早く攻撃を当てるか、という部分に重きを置いているのである。

 これは、遠距離攻撃組にとっては有利なルールだ。特に正確無比な射撃が売りのフランソワ、投石の速射が得意のアンジェリカにとっては、やりやすい戦いだと言えるだろう。そのあたり、一応皇族ということでアンジェリカのことを配慮したのかもしれない。


 そしてレティシアとケイティ組は、そのルールに対して一切の違反をしていない。

 武器は殺傷力を限りなく少なくし、革鎧を着用しているのだ。


「はじめっ!!」


 強く、そう遥か頭上から声がする。

 それは、どれほど限界の状態にあろうともレティシアたちを動かす声だ。レティシアもまた一ヶ月という新兵訓練ブートキャンプにおいて、限りない恐怖をそこに植え付けられた。ヘレナに逆らってはならない、と。


 ゆえに、その声は。

 観衆の前で緊張し、怯える少女となっていたレティシアを――戦士と化すスイッチ。


「ケイティさん!」


「はいっ!」


「はぁぁっ!!」


 ひゅんっ、と風を切り、フランソワの矢が飛んでくる。

 闘技場の端と端でありながら、フランソワの射撃は正確無比。どれほどの距離があろうと、フランソワにとってこの闘技場は全てが射程範囲だ。強く引き絞られた弦から放たれる矢は、真っ直ぐにレティシアの眉間を狙って飛んできた。


「くっ!」


 両手に構えた小さな剣――双剣として用いているそれで、フランソワの矢を弾く。何度となく手合わせをしてきたが、フランソワの矢は本当に鋭く、狙った場所に飛んでくるのだ。

 取り回しの素早い双剣だからこそ、レティシアはどうにかして弾くことができる。攻撃することを考えず、防御のみに徹するのであれば、フランソワの矢であっても対応することができる。

 フランソワは闘技場の端から動くことなく、こちらに向けて矢を放ってくる。一つ矢を射ると共に踏み込み、二射目を同時のタイミングで放つそれは、神業とさえ言っていい代物だろう。


 だが。

 お互いの、闘技場の端と端という距離――それは決して、フランソワにだけ有利に働くものではない。


「いきますっ!」


「ケイティさん、お願いします!」


「はいっ! やぁっ!」


 レティシアの背後。

 そこでケイティは、その背に負っていた袋の中から取り出したそれを両手に持ち。

 レティシアの脇腹から突き出し、そのまま引き金を引いた。


 それと共に――放たれるのは幾十もの矢。


「えぇっ!?」


 ただの一射で、十六本の矢を射ることのできる武器――連弩。

 それを、ケイティは両手に持っているのだ。正確性という形ではフランソワに軍配が上がるだろうけれど、こちらはそれを補って余りある――数の暴力。

 一撃一撃の威力は低くとも、それは間違いなく放たれた矢であるのだから。


「くっ……!」


 流星のように放たれた矢を、フランソワは回避して動く。そんな回避行動をしながらも、こちらに対して正確な射撃をしてくるのは、その才能の賜物だろうか。

 だがケイティの攻撃は、その程度で終わらない。十六本の矢を一撃で射出する連弩は、その矢を再装填するのに時間がかかる。自動巻き上げ式で行っているらしいが、それでも補充されるのに幾ばくかの時間がかかってしまうのが難点であるのだ。

 ゆえにケイティは、そのまま手に持っていた連弩を捨て。

 次の連弩を、袋から取り出す。

 この袋の中には――ケイティの実家であるネードラント家が、短い期間でありながら用意することのできた連弩、その全てが入っているのだから。


「はぁっ!」


 レティシアの後ろに隠れたまま、フランソワに狙いをつけることもなく矢を射出するケイティ。

 一度に三十二本の矢を、絶え間なく放つ。それは、受ける側としてはどれほどの恐怖であるのだろう。フランソワはどうにか避けながらも、雨のように襲ってくる矢の群れなど、さすがに想定してはいまい。


 完全な、攻撃と防御の分担――それが、今回のレティシアとケイティの作戦だった。

 フランソワの攻撃は、矢の射撃のみだ。そして距離をとっていれば、フランソワが矢を放ちレティシアへと届く前に、どうにか反応して打ち落とすことができる。そしてケイティはそんなレティシアの真後ろに位置して、フランソワの矢が決して当たらないようにしながら、大量の矢をフランソワに向けて放つ。

 ルールには、決して違反していない。

 武器は自由であり、幾つ持つかの制限はないのだから。


「……戦いは数よ、フランソワ」


「あぁぁぁっ!!」


「もういいですよ、ケイティさん」


「ええ」


 雨霰のようにフランソワを襲う、矢の群れ――それが、ようやく止まる。

 レティシアの言葉と共に、ケイティが撃つことをやめたからだ。

 それは、既にフランソワが敗北の条件――致命傷ではない箇所への三度の攻撃。それを満たしたことを、レティシアが確認したために。


「勝者、レティシア、ケイティ組!」


 遥かに頭上で、そう宣言される自分たちの勝利。

 レティシアは大きく息を吐き、背後で立ち上がったケイティと。


 強く、手を叩き合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る