第46話 ようやく始まる武闘会
「まったく、何を考えているんだお前たちは」
結局。
八大将軍のうち三名、騎士団幹部十数名、国外からの参加者数名、その他大勢という謎の参加者が勢揃いした時点でヘレナが闘技場へと殴り込み、全員を伸して引きずり下ろした。あくまで元赤虎騎士団副官のヘレナであるが、その武力においては八大将軍すらも凌駕すると言われていた存在である。
ティファニーをワンパンした後、アレクサンデルを踏みつけ、ヴァンドレイを投げ飛ばし、グレーディアを絞め落としたその腕は、会場中の熱気が一気に高まるものだった。
「……おかしいですね。私はヘレナ様の意を汲んだだけなのですが」
「私の意をどう汲んだらこうなる」
「やはり、弟子の披露目ということでより派手な舞台を演出するべきかと」
「秘匿した方がいいとか私に提言したのは誰だ」
ヘレナの言葉に対して、ティファニーが目を逸らす。
結局、ヘレナの弟子たち以外の参加者は一様に会場から引きずり出され、国賓とすべき相手や八大将軍は貴賓席へ、補佐官や他の騎士たちは観客席へと強制的に誘導された。『白馬将』ルートヴィヒ、『碧鰐将』アルフレッドの二人しか座っていなかった八大将軍席は、その席を『銀狼将』ティファニー、『紫蛇将』アレクサンデル、『金犀将』ヴァンドレイの三名が新たに追加されたことで、その席を半分以上埋めることになった。
そして、貴賓席へとやってきたのは他に三名。
「まさか、貴殿がそのようにやってくるとは思わなかった。使いを寄越してくれれば、こちらから迎えの馬車を出したものを」
「なに、今回は忍びでやってきたからな。挨拶にくらいは赴こうと思っていたが、あくまでここにいるのは、一個人のアーサーだと思ってくれれば良い」
「そういうわけにはいかぬよ、アーサー・エル・ダインスレフ王子。将来的には砂の国を担う王となるべき者を、遇することができないほど我が国は困窮しているわけではない」
「やってきたのはこちらの都合だからな。用があってそちらの国に行くから遇したまえ、と求めるほど俺は厚顔ではない」
「それでも、やってきた王子を持て成しもすることなく帰らせたとあっては、我が国の沽券にも関わる。今宵は宴を設けさせてもらうとしよう」
そう話をしているのは、皇帝ファルマス。そしてその隣に座る砂の国の王子、アーサー・エル・ダインスレフだ。
一国の王子にしてはフットワークの軽すぎるアーサーだが、やはりファルマスにしてみれば国賓として迎えねばならない相手だということだ。それを勝手に、何の通達もなくやってきたことに対しては、僅かに苛立っているらしい。
そして、そんなファルマスが相手にしているのはもう一人。
「勿論、貴殿も参加してもらおう。今宵は、三国がこのように集い語らう時間を設けられることを、余も嬉しく思う」
「僕のことは、それほど気になさらなくて良いですよ。国を背負うのは兄であり、僕はあくまで第二王子に過ぎませんから」
「そういうわけにはゆかぬよ、ラッシュ・アール・ガルランド王子。我が国とガルランド王国は、良い関係をこれからも保っていきたいと思っておる。王族の一人である貴殿を歓待もしなかったとなれば、我が国が誹られることにもなろう」
「では、ありがたく歓迎の意を賜ることにいたしましょう。本国には、何の通達もなくやってきた僕を歓待してくれたと報告させていただきます」
ガルランド王国第二王子、ラッシュ・アール・ガルランド。
線の細い、物腰の柔らかな青年だ。ヘレナよりも三つ年下なだけだが、実年齢よりも若く見られるのはその話し方ゆえだろうか。
ちなみに、こう見えてリリスの夫である。ガルランド王国から勉強に、とガングレイヴ帝国へと留学してきた際にリリスと知り合い、そのまま結婚したという経緯があったりする。その事実に、喜んだのはアントンであり泣いたのはリクハルドであるがそれは余談だ。
「では、今回は義姉さんの弟子の勇姿を見せてもらうことにいたしましょう。本当は僕も出場したかったところですが、仕方ありません」
「うむ。俺も実に楽しみにしている。優勝を狙っていたのだが、今回は観客に甘んじるとしよう」
「……あまり、そう戯れを述べるのは勘弁願いたい。二人に怪我でもあれば、それこそ国際問題になろう」
ラッシュとアーサーの言葉に、軽く頭を抱えるファルマス。
このように、他国の国賓を相手にする心の準備など一つもしていなかっただろうファルマスは、実にやりにくそうである。実際、ヘレナだってこんな展開は予想外だ。
「お、出てきましたね」
「ふむ……やはり遠い。あまり見えないな」
「安全のためだ。その役割として、サミュエルに任せていたのだがな……」
「……申し訳ありません、ファルマス様」
「いや、仕方あるまい。余でも殴っていた」
ファルマスが大きく溜息を吐く。
ティファニーの意を汲んで嬉々として実況をしていたサミュエルは、ヘレナが後頭部を殴りつけたために現在、白目を剥いて気を失っている。結果、実況を行う者がいなくなってしまったのだ。
ゆえに、遠目でも自分の弟子ならばその動きの全てが分かるヘレナと違って、ヘレナの弟子たちを初めて見るだろう他の面々には、分かりにくい戦いになるかもしれない。
「ヘレナ、今出てんのは誰だ?」
「ルートヴィヒ将軍、今闘技場に上がっているのが、私の弟子であるフランソワとレティシア、ケイティの三人です。レティシアとケイティがチームで、フランソワに挑む形ですね」
「……ヘレナ様、二人で一人に挑むのですか?」
「ああ、そうだともアレクサンデル。フランソワは私の一番弟子だ。比べ、レティシアとケイティはまだ練度が低い。ひとまず、二体一でも良い戦いを見せることができるだろうと考えてのものだ」
「私も何度か訓練の風景を見ましたが、確かに一番弟子の彼女、かなり筋がいいですね」
「へぇ。そりゃ実に楽しそうだ。ヘレナ様が手ずから鍛えたってぇならな」
「だが、ここにいるのは八大将軍だ。並みの戦いでは満足しないぞ、ヘレナ」
「良い戦いを見せることはできると思いますよ、ティファニー、ヴァンドレイ将軍。それに……」
む、とヘレナは眉根を寄せる。
ちなみに、八大将軍の席の最も左に座っているヘレナと、貴賓席の最も右に座っているファルマスが隣同士であり、その隣にそれぞれ国賓と将軍が座っている形だ。将軍はルートヴィヒ、アレクサンデル、ティファニー、ヴァンドレイと続き、最後に発せられたのは最も右に座っている将軍である。
改めてその顔をまじまじと見て、それからヘレナは首を傾げた。
「……失礼、名前を失念しました」
「アルフレッドだよ! 『碧鰐将』アルフレッド・ガンドルフだよ! いい加減覚えろよヘレナ!」
「仕方ねぇだろ。お前、『道で会っても気付かない八大将軍』二年連続一位だぜ」
「……ついでに、『名前が覚えられない八大将軍』は五年連続一位だったね」
「八大将軍を全員言って、という問いでは大体最後に『えーと……』と言いながら捻り出すところを何度か見たことがありますね」
「俺、あの問いで全員言えた奴見たことねぇや。七人までは言えるんだけど、八人目でヘレナって答えた奴がいて笑ったことあるわ」
「泣くぞ! いい歳した男がわんわん泣くぞ!」
ヘレナは決して物覚えの悪い方ではないのだが、それでもアルフレッドの名前は時々忘れてしまう。
その理由は簡単で、限りなくアルフレッドという将軍は『普通』なのだ。
変人揃いの八大将軍は、それぞれ癖のある面々が揃っている。
顔が怖すぎて仲間からすら恐れられる、大陸最強の男『青熊将』バルトロメイ・ベルガルザード。
女好きが過ぎて何度となく降格と昇格を繰り返す、騎馬隊の指揮にかけては随一とされる『白馬将』ルートヴィヒ・アーネマン。
妹好きが既に病気と化していながらも、その弓の腕は大陸でも並ぶ者のいない『黒烏将』リクハルド・レイルノート。
ヘレナに踏まれることだけが生きがいの変態だが、その知略にかけては右に出る者のいない『紫蛇将』アレクサンデル・ロイエンタール。
唯一の女性であるが幼女のようにしか見えない、防衛戦にかけては当代最強の女将軍『銀狼将』ティファニー・リード。
八大将軍の中でも最大の巨漢であり、槍兵を率いらせればその突破力は凄まじい男『金犀将』ヴァンドレイ・シュヴェルト。
武力と知略を併せ持つ、攻防全てに優れる万能の指揮を見せる最優の将軍『赤虎将』ヴィクトル・クリーク。
そんな面々の中において、『碧鰐将』アルフレッド・ガンドルフという男は、極めて普通の将軍なのである。
それほど若いわけでもなく、何か一芸に特化しているわけでもなく、基本に極めて忠実な指揮を執り、奇策は用いず正面から戦い、普通の戦果を挙げている普通の将軍だ。その代わりに部下の命令系統は完全に確立されており、もしアルフレッドが不在の場合であっても問題なく戦うことができる――それが碧鰐騎士団の強みでもあるらしい。
だが、その代わりに将軍としての存在感は限りなく皆無であり、本人のよくある顔立ちによくある名前という二つが重なることにより、最も知名度の低い将軍となっているのだ。既に『碧鰐将』に就任して五年目になるというのに、まだ二年目のアレクサンデルより知名度が低いという悲しい現実がそこにある。
「まぁ、気にすんなアルフレッド。ほら見ろ、始まるぜ」
「気にするに決まってんだろうが!」
そんな、他の将軍たちによるアルフレッドいじりがひと段落ついたところで、闘技場の中央で、睨み合う三人の令嬢たちへと視線が寄せられる。
ヘレナはそこで立ち上がり、遥かに遠くにいるフランソワ、レティシア、ケイティの三人に向け。
歓声が沸き立つ中で、その歓声をも凌駕する、戦場でも遥か遠くまで響き渡るその声で。
「はじめ!」
戦いの開始を、そう宣言した。
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