第43話 三期生-ケイティ-

 つかめない。

 それが、レティシア・シュヴァリエがケイティ・ネードラントという令嬢に対して思う全てである。


「さて、どうします? わたくしたちも、どうにか作戦を立てねばなりませんわ」


「え、ええ……どうしましょうかね……」


「レティシアさん、わたくしはあなたの弟子であり、あなたは師ですわ。そのように敬語を使っていただく必要はありません」


「いえ、ケイティさん年上ですし……」


 掴めないのと同じく、どことなく接しづらいその理由――それが、ケイティの年齢である。

 そもそも、皇帝ファルマスの側室として集められた令嬢たちが暮らしているのが、この後宮である。年齢もまた、未だ十九歳という若さであるファルマスに見合った年齢ばかりが集められているのだ。シャルロッテとマリエルは十六歳、レティシアやカトレアでさえ十八歳、フランソワやクラリッサに至っては十四歳である。もっと簡単に言うなら、ヘレナを除いてレティシアは今まで、年齢としては最も上だったのだ。

 だが、ケイティは既に二十一歳――レティシアの、三つ上である。


「年齢なんて、経験に比べれば微々たるものに過ぎませんわ。先輩こそが最上。そうではありませんこと?」


「はぁ……そんなもんなんですかね……?」


「わたくしなんて、ただの嫁き遅れに過ぎません。我が家で、後宮に入れそうな者がわたくししかいなかったから、選ばれただけのことですわ。加えて、まだまだ皆様に実力で遅れをとっているのですから」


 ケイティの部屋で、ソファに座って向き合いながら、レティシアは腕を組む。そんなレティシアの動きに、ふふっ、とケイティが微笑んだ。

 むしろ、年齢により上位者が決まる貴族社会においては、変わった考えだと言わざるを得ないだろう。むしろ、それは商家の考え方である気がする。


「まぁ、私はやっぱり、年上には礼儀を尽くすべきだと思ってますんで」


「そうですか……では、致し方ありませんわ。それでレティシアさん、わたくしたちは、どのような作戦で武闘会に臨みますか?」


「ええ……」


 それが、目下レティシア最大の悩みである。

 エカテリーナが言い出したことで、二期生と三期生が組んで戦うことになった。つまり、レティシアはケイティと二人で戦いに臨まねばならないのである。まだ相棒バディとなって日が浅く、どのような素質を持っているのか掴めていないケイティと、である。

 下手な行動をすれば、連携を欠いた隙を突かれるだろう。そうならないためにも、事前に作戦を練っておくのは大事だ。

 だが、同時に。

 レティシアにはまだ、決め手となるものが存在しないのである。


「そもそも、私自身が半人前ですからね……エカテリーナのように万能型ジェネラリストというわけではありませんし、カトレアのように蹴りの専門型スペシャリストというわけでもありませんし。双剣は使っていますけど、それを専門にしているのかと言われると疑問ですからね……」


「レティシアさんが半人前なら、わたくしなどそれ以下ですわ」


「そんなに謙遜しなくてもいいですよ。ケイティさん、多分三期生の中では一番強いですから」


「さすがに、それは年齢のためだと言わせていただきますわ。タニアもウルリカも十四歳ですもの。肉体の基礎能力が違うとしか言えません」


「……」


 ケイティの言葉は、確かに正しい。二十一歳と十四歳が普通に戦えば、大人と子供の戦いだ。大人が勝つに決まっている。

 そしてケイティの特性――今のところ掴んでいるのは、随分と気配を消すのが上手いということだ。クリスティーヌを相手に三人がかりで戦っていたとき、上手くタニアとウルリカを利用して自身は死角に回り、気配を消して攻撃を行っていた。何故それほど気配を消すのがことが上手いのかと疑問には思うけれど。


「ケイティさんは、何の武器を使うのがお好きですか?」


「武器……わたくし、特に武器らしい武器を使ったことがありませんわ」


「まぁ、普通そうですよね。私も一応双剣を使ってはいますけど……」


「ただ……後輩でありながら、申し上げてもよろしいですか?」


「へ……?」


 ケイティが、何故か居住まいを正す。


「わたくし、相棒バディとなって一緒に訓練を重ねて、レティシアさんがどのような戦いを得意とするのか見てきましたわ」


「え、ええ……」


「わたくしが考えるに……レティシアさんに、双剣は合っていないように思います。いえ、確かに素晴らしい武器だと思いますし、レティシアさんも訓練を重ねていることは存じております。ただ……本当に合っているのかと言われると、疑問に思いますの」


「そう、ですか……」


 それは。

 その事実は。

 レティシアも、少なからず感じていたことだ。


「レティシアさんは、あまり前に出て戦うタイプでないように思えます。機を見るに敏と言うべきか、ええと……」


「いえ、分かっていますよ」


「……」


「私は、臆病者ですからね」


 訓練を重ねて、どうにか直ると思っていた。この性根が。

 だが、未だに戦うのは怖い。誰かと剣を交わすことが、これ以上ないほど恐ろしい。

 ノルドルンドの一派が襲いかかってきた後宮の戦――あの時も、レティシアはクラリッサの後ろに隠れながら、襲いかかってくる敵にひたすら切りかかっていただけなのだから。

 シャルロッテやマリエル、カトレアは、嬉しそうに最前線に出ていたというのに。

 そこに、差を感じてたまらない。


「……申し訳ありません、出過ぎたことを言いましたわ」


「いえ、分かっていたことですから。でも、私は特に何もないんですよ。弓だって下手くそですし、徒手格闘なんて怖くてたまりません。ですから、取り回しが簡単で軽量だから距離をとれる、双剣を主に使っているんです」


「ですが、わたくしは……レティシアさんの強みは遠距離攻撃にこそあると思っておりますわ。臆病ということは、それだけ自身の危険を察することに長けていることですから。弓手であれば、その臆病はむしろプラスに働くと思いますの」


「でも、私は弓は下手くそですからね……フランソワどころか、エカテリーナよりも下手ですから。もしかすると、カトレアよりも下手かもしれないくらいです」


 レティシアも、弓手として戦いたい。

 だけれど、根本的に才能がないのか、弓が一向に上手くならないのだ。何度練習を重ねても、少し離れただけの的に全く当てることができない。当たっても十本に一本だ。

 周りにも助言を求めたが、フランソワからは「こう、ぐーっとしてやーってやるんです!」とかエカテリーナからは「えいっとしてやーってやるんですー」とか意味の分からない助言を与えられたり、マリエルからは「まぁ練習を重ねることですわ。そのうち上手くなるでしょう」と丸投げされたりした。結果、やめてしまったのである。


「そうですわね……では、レティシアさん。これ、何だと思いますか?」


「へ……これ? へ?」


 すっ、とケイティが、何かを出してくる。

 それは、今まで見たことのない何かだ。弓のように見えるが、明らかに弓らしくない。


「わたくしの実家、ネードラント家より取り寄せたものですわ」


「ど、どういう……」


「わたくしが二十一歳まで婚約者の一人もいなかったのは、我が家の悪評ゆえですわ。レティシアさんは、ご存じありません? ネードラント家の噂を」


「い、いえ……」


 レティシアの家は、決して歴史のある貴族家ではない。元々商家だった父が、爵位を買い取っただけの成金だ。

 だから、ネードラント家という名前を聞いても、ぴんと来ないのだが――。


「武器商人のネードラント家……我が家は、どのような武器でも仕入れることができますの。この国では珍しい、最新の武器であっても。ちなみにこちらの商品は、砂の国ダインスレフで開発された最新の武器ですわ」


「――っ!」


十字弓クロスボウ……レティシアさん、これを使って、弓手になってみませんか?」


 目の前に出された、そんな最新の武器に。

 レティシアは、『あらゆる武器を用意することができる』というこのチームの強みに、薄く笑みを浮かべた。

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