第44話 相談する者を間違えた

 武闘会を行う。

 それが決定してから、ヘレナはまず、相談した。今までそういう催しをしたことのないヘレナにとって、信頼できる人物に。


「実は武闘会を行おうと思っていてな」


「ほう、それは実に楽しそうですね」


「私が手ずから育てた者たちだ。無様な戦いを見せることはないだろう。だが、いつも通りの訓練の延長というのもつまらん。少しくらいは観衆がいた方が盛り上がると思うのだが、どうだ?」


「……なるほど。参考までに、その参加者はどれほど?」


「フランソワ、クラリッサ、マリエル、シャルロッテ、アンジェリカ、クリスティーヌ……それに、レティシアとケイティ組、エカテリーナとタニア組、カトレアとウルリカ組だ。合計で九組だな」


「二人一組で戦う者もいるということですか」


「そうだ。経験を考慮してのものだ。さすがに、三期生にいきなり一期生と戦えと言われても無理というものだろう」


「なるほど、委細承知いたしました」


 ヘレナの部屋。

 そこでヘレナの正面に座するのは、『銀狼将』ティファニー・リードである。基本的に外部との連絡手段が文を出すことしかないヘレナにとって、正面から相談することのできる相手というのは少ないのだ。後宮の警備を行う、という名目でここにいるティファニーか、夜にやってくるファルマスくらいのものである。実の父、アントンとすらも滅多に会えないのだから。

 そして、ヘレナの熱烈な信望者であるティファニーならば、ヘレナのために何でもやってくれる。それを踏まえた上で、こうして相談しているのである。


「では、二、三点ほど提案がございます」


「ほう」


「まず、開催にあたっては大々的に公開するべきではないと思うのですが、如何でしょう?」


「そうなのか?」


「はい。我が国の後宮に、それほど武に特化した者が多く存在するということは、伏せておいた方が良いでしょう。どのような手段で令嬢を鍛えているのか、と間者が侵入してくる可能性があります」


「ふむ」


 そういえば、ヘレナもいつだったか間者らしき者を殺したことがあるな、と思い出す。

 あのくらい簡単に気配を察することができる相手ならば、百人来たところで問題なく相手にできる自信があるけれど。もっとも、まだ一期生たちには難しいか。野生の勘を持つシャルロッテあたりなら、察することができるかもしれないが。


「私の手の者や銀狼騎士団の者、それに宮廷関係者だけを集めたものとしたいのですが、いかがでしょう?」


「それは構わない。つまり、規模としては小さめに行うということだな」


「そういうことになります。本来ならば、一大的な催し物としたいところですが……ただ、限定という言葉に弱いのが人間というものです。今回しか見ることができない、となれば値はかなり高騰するでしょう。くく……熱狂的な祭りになりそうです」


 ぱちぱちと、頭の中で算盤を弾いているのだろうティファニーに対して、小さく嘆息する。

 ヘレナの弟子が、まだ未熟なその武を披露する大会など、別に見たくもないものだろうに。それならば、バルトロメイやヴィクトルのような武の極みと言える者たちの戦いの方が余程見たいものだろう。

 まぁ、好みというのも人それぞれだ。ヘレナが逆の立場ならば興味ないけれど、そういう未熟な武を見る者が好きという者も少なからずいるということか。


「場所の方は、私に一任させていただいても?」


「ああ、構わない」


「承知いたしました。手配しておきましょう。あとは……お任せください。ヘレナ様の弟子たちの披露目、この私にお任せくださったことを誇りに思います」


「任せる、ティファニー」


 まぁ、そんな大したことを任せている自覚はないが。

 披露目というよりは、ちょっとした腕試しをさせよう、というだけのことだ。ヘレナの予想でしかないが、恐らく二人一組になったところで、二期生が一期生に勝つことはできないだろう。無様な戦いをすることはないだろうが、それでも一期生たちには一日の長がある。

 最後に、ヘレナと戦うのが誰になるのか――それを考えるだけで、笑みが浮かぶ。


「ああ、そうだティファニー」


「はい、ヘレナ様」


「この武闘会における優勝者には、名誉と共に権利が与えられる。残念ながら、賞金などは出ない」


「ほほう、権利とは?」


「本気の私と手合わせをすることができる権利だ」


「――っ!!」


 ヘレナは、本気で戦うつもりだ。

 例え何を言われようと、どれほど相手が未熟であろうと、ヘレナは全力で立ち会うつもりだ。その目指す先が、武の極みというのがどれほど高いのか、まだその足元にも及んでいないヘレナの腕であれ教えてやろう、と。

 だが、そんなヘレナの言葉に。

 ティファニーは、目を見開いたままでがたがたと震えていた。


「ヘレナ様……」


「どうした」


「お任せください! このティファニー・リード、必ずやヘレナ様に挑戦してみせましょう! 必ず優勝してみせます!」


「……え」


 ティファニーが嬉しそうに、ヘレナの部屋から出て行く。

 その途中で、「早速緊急集会を開かねば!」などと叫びながらだ。またあの謎の組織を集合させるのだろうか。

 そんなティファニーが去っていった扉を見つめながら、ヘレナは小さく溜息を吐き。


「……何故、お前が出場するつもりなのだ?」


 己の信望者たるティファニーの考え方が分からずに、眉根を寄せた。














 電撃のように、その言葉は帝都を震撼させた。

 第一回ヘレナ杯――何故かそのように銘打たれた武闘会。その報酬――『全力のヘレナと立ち会うことのできる権利』。

 それを求めて、あらゆる者たちが吠えた。


「ヘレナ様……! 必ずや、僕はあなたに踏んでもらおう!」


 それは、宰相を目指す蛇の将軍であったり。


「面白い……ヘレナ様と戦うことができるなど、これ以上の栄誉はない……!」


 それは、最前線で戦う犀の将軍であったり。


「くく、我が愛しの君よ……まずは、武闘会とやらで僕が勝ち抜いて、愛を囁こうじゃないか」


 それは、砂の国を富ます次代の賢王であったり。


「ヘレナ様! 必ずや、僕は勝ち抜いてみせます!」


 それは、公爵の座を継ぐ次代の希望であったり。


「やるぞ!」


「必ずや、俺たちに勝利を!」


「ヘレナ様に栄光あれっ!」


「我ら『ヘレナ様の後ろに続く会』!」


 様々な思惑と共に。

 誰も予想だにしなかった武闘会が――開かれる。

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