第42話 三期生-タニア-
タニア・ランドワースの生まれたランドワース家は、帝国でも名門と称される伯爵家である。
ガングレイヴ帝国の成り立ちそのものは、まだ歴史の浅いものだ。伝説に残る英雄、『殺戮幼女』レイラ・カーリーが現役だった頃に、その版図を広げたとされる。それが、今から三十年ほど前という歴史の浅さだ。その前に存在したガングレイヴという国家は、あくまで並ぶ小国の一つに過ぎなかったのである。
だが、何故その上でランドワース家が名門と称されるのか。
それは純粋に、ガングレイヴが小国だった頃から変わらず、ずっと高い地位を維持しているからである。
現在の宰相こそアントン・レイルノート侯爵だが、ランドワース家も歴代何人か宰相を輩出している名門だ。残念ながら、武より文に秀でた家柄であるために、軍部での高い地位を掴むことは今まで一度もなかったけれど。
そしてタニアは、そんなランドワース家の八女である。
正妻の子供だけで八人、妾腹の子も含めれば二十人以上いるランドワースの子、その末妹だ。一応正妻の娘ではあるけれど、一番上の兄に至っては既に四十が近いという年の差兄弟である。タニアを産んだ母の年齢が四十六歳という時点で、その凄まじさが知れるだろう。
ちなみにタニアは十四歳であり、母は既に六十を迎えている。父に至っては、もう七十を超えているだろう。父がどれだけ節操のない人間なのかよく分かるというものだ。
「さてー。わたしたちはどうしますかねー」
「は、はい……えっと、だ、大丈夫なんですか? あんなに、けんかを売ったみたいに……」
「売ったみたいじゃなくてー、実際売ってますからねー」
「うっ……わ、私、そんな、つもりは……」
「まーまー。それだけー、諸先輩方に本気で戦ってもらえるんですよー」
タニアとそんな風に会話を交わすのは、エカテリーナ。
こちらもスネイク伯爵家の令嬢であり、おっとりとした話し方をする少女である。初めて、
タニアは、気が弱い。厳しいことを言われたらすぐに泣いてしまう自信があるし、きついことを言われたら心からへこんでしまう。その結果、さらに落ち込んでしまうという悪循環に陥るだろう。少なくとも、カトレアが
「わたしたちの戦い方ですけどー」
「は、はい」
「大丈夫ですよー。ちゃんと作戦はありますからー」
「さ、作戦……ですか?」
「はいー。まー、そんな大したものじゃないですけどねー」
「ど、どういうことでしょう……?」
少なくとも、今まで戦いというものに触れてこなかったタニアにとって、作戦というのも想像がつかないものだ。
それはエカテリーナも同じであるはずだろうに、何故それほど自信を持って言えるのだろう。
こんな風に、自信を持ちたい――そう思って、ヘレナに弟子入りを希望したのに、タニアは未だに心が弱いままだ。
「わたしはー、自分で言うのも何なんですけどー、
「ジェネラリスト……?」
「そうですー。まー、大体何でもできるー、くらいのものですけどねー。比べてー、他の皆さんは
「は、はぁ……」
言っていることは、一応分かる。
確かにフランソワの弓や、シャルロッテの徒手格闘は凄まじい。その分野においては、間違いなく最強と呼べるだろう。少なくともシャルロッテは、徒手での戦いならば銀狼騎士団の補佐官とさえ良い戦いをするのだから。
だが、それが一体――。
「わたしたちの作戦はー、相手に合わせた作戦ですー」
「相手に、合わせた……」
「ですー。ロッテさんが相手ならー、終始遠距離攻撃で終わらせますー。フランが相手ならー、開始と同時に距離を詰めますー。どのような相手であってもー、その相手に対応できるのがわたしたちの強みですー」
「そ、それは……」
確かに、相手が何を得意とするのかは知っている。
だけれど、そんな風に簡単に言えるものなのだろうか。確かにエカテリーナは万能であり、接近戦も遠距離戦もこなすことができるだろう。
だが、あくまでそれはエカテリーナなら、だ。タニアに、そんなエカテリーナの役割をこなせと言われても困るだけである。
「あ、あの、エカテリーナさん」
「はいー?」
「訓練室に、行くんじゃ……」
そして、そんな風に歩きながら話をしていたエカテリーナは。
何故か最初に、行くと言っていた訓練室の扉を過ぎて、さらに奥へと向かっていった。この先にあるのは、居住区である。タニアの部屋も、エカテリーナの部屋もこの先だ。
何故、部屋に向かおうとしているのか――。
「ええとー、まずはわたしの部屋に行きましょー」
「ど、どうして……」
「見せたいものがありますー」
「はぁ……」
よく分からないけれど、とりあえずついて行く。
同じような扉が並んでいる居住区の一室――恐らくエカテリーナの部屋であろうそこを開けて、そのまま中へ。
特に何が置いてあるでもない、普通の部屋だ。テーブルにソファ、あとは本棚くらいのものである。
エカテリーナはそのまま本棚の上に積み上げてあった、数冊のノートをテーブルの上に置いた。
「これはー、トップシークレットですよー」
「へ……?」
「見せるのはタニアだけですからねー」
一冊のノートを、渡される。
その表紙に書かれているのは、『フランソワ』という名前だ。
ぺらりと、そのページを捲って。
タニアは、驚愕に目を見開いた。
「誰が相手でもー、問題はないんですよー」
「こ、これ、は……!」
それは、フランソワの動きが書かれているもの。
右手側から攻撃を受けた場合、どのような行動をするのか。遠距離から攻撃を与えられた場合、どのように対処するのか。近距離まで攻め込まれた場合、どのような動きで逃げるのか。
その動きの詳細、確率、行動に至る一連の流れ――その全てが、書かれている。
ページに書かれているのは、日付だ。そして、そこに書かれているのは、フランソワが攻撃を受けた場合の動きである。
それが連日のように、毎日のようにノートに記録されており、そしてページを捲るごとに行動が加えられてゆく。右手側から攻撃を受けた場合、左に避けるのが七度、右に避けるのが三度。遠距離から攻撃を与えられた場合、後ろに下がるのが九度、動かないのが一度、などなど。
まるで、フランソワの行っていた模擬戦の全てを記録しているかのような――。
「わたしの実家はー、スネイク伯爵家ですよー」
「――っ!」
スネイク伯爵家。
その家のことは、タニアも詳しく知っているわけではない。だが、その噂だけは聞いたことがある。
「戦いはー、そこに至るまでに情報をどれだけ集めるかが勝負なんですよー。実際の戦いはー、その帰結に過ぎないのですー」
曰く。
潜入、密偵、諜報と撹乱で名を上げてきた、情報収集の
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