第31話 マリエルの覚醒

 訓練を開始して、四日目の夜。


 結局、三日目は誰とも合流することなく、一人で夜を過ごすことになった。仕方なくマリエルは目の前で火を焚き、近くの木に背中を任せて座ったままで目を閉じるだけだった。満足に睡眠をとったとは言えないものの、気配があればすぐに反応できるようにしたのだ。その甲斐があって、襲いかかってくる敵に対してはすぐに反応することができた。

 日中も休憩を多めに作って目を閉じる時間を設け、少しでも体を休めるようにした。恐らく、このように小刻みに休憩を取る方法が、ヘレナの言うところの『ゲリラ戦における立ち回り方』なのだと思う。次第にそうするのにも慣れてきて、目を閉じてすぐに浅い睡眠に入ることができるようになった。


 そして蛇や兎を狩って食料を確保しながら、マリエルは確実に歩みを進めていた。

 目指すゴール、一本杉まではまだ遠い。だが、確実に目標には近付いているのだ。そして目標が近付くにつれて、襲撃もまた多くなってきている。これも、敵の本拠地の近くの方が警戒心は強い、という現れなのかもしれない。

 そして日もとっぷりと暮れて、既に四日目の夜。一週間という期間の、丁度半分が訪れた。


「……」


 マリエルは背中を木にもたれかけたままで、目を閉じる。

 自分の体に膜がかかっているような、浅い睡眠だ。それでも、僅かな気配の移動があればすぐに右手に持っている棒で対処することができる。事実、野犬が通りがかるだけでもマリエルは目を開くのだ。

 それが『山賊国』の衣装を着ている相手であれば、その大きさも野犬より遥かに大きい。その分、音も出るし気配も分かる。


 極限に追いやられたことによる、ある種の覚醒がそこにあった。


 味方は誰もおらず、敵は矢継ぎ早に攻めてくる。まともに食べることも、まともに眠ることも許されない。誰も助けてくれる者はおらず、自分の力でどうにかしなければならない――マリエルにとって、それは初めての体験でもある。

 だが、そんな窮地に追いやられた場合、マリエル・リヴィエールはさめざめと泣くような弱々しい女ではない。どうにかそれを乗り越えようと、全力を出して足掻くことこそが美徳だ。

 ゆえに、今ここに乗り越えなければならない壁があるならば。

 どんな手を使ってでも、ぶっ壊してみせようじゃないか――。


「……」


 がさりと、茂みが動く。

 それと共にマリエルは右手に力を込め、目を開く。当然ながらそこには、『山賊国』の衣装に身を包んだ誰か。

 同時に、後ろにも気を配る。一人だけとは限らない。実際に、夜中には後ろから攻められたのだ。誰かと共に挟み討ちをしてくる可能性だってゼロではない。

 だが現状、問題はなさそうに思える。少なくともマリエルが察知できる限り、この周囲にいる敵は目の前だけだ。


「――」


 誰かが、思い切りハリセンを振り上げる。

 最早隠すつもりもないのだろう。むしろ、このようにハリセンを掲げることで、ヘレナであることをアピールしているのかもしれない。だが、その正体がヘレナでないことはマリエルにだって分かっている。

 ハリセンを思い切り、棒で防ぐ。それと同時に、マリエルもまた駆けた。

 棒を振り上げ、敵の脇腹を打つ。ぎんっ、と金属の音と共に阻まれたそれは、恐らく下に鎧を着ているのだろう。


 ヘレナならば、この程度の攻撃は当たらない。

 普段から、手合わせを挑むことも多いのだ。マリエルの動きの癖、マリエルの連携の技、そういったものをヘレナは全て知っている。連携についても、全て教えてくれたのはヘレナなのだから。

 だが、この敵はそれを知らない。


「はぁっ!」


 突き出し、引くと共に逆方で払う。

 棒の良いところは、その打撃を行う場所が前後に存在することだ。刺突と払い、薙ぎの基本的な三つの動きを、前方にも後方にも行うことができる。ゆえに、中ほどを持って回しながら戦うことで、その手数は多くなる。

 少なくとも、紙を重ねたような武器を持っている相手くらいならば、翻弄できるくらいに。


「――っ!」


「やぁぁぁっ!」


 踊るように、舞うようにマリエルは攻撃を重ねる。

 マリエルは、持ってしまったのだ。自信を。

 この相手に、勝利することができる――そんな、自信を。


 ゆえに、マリエルが奮戦し、撃退できたと判断した時点で退いてゆく、その背中を。

 追いかける。


「お待ちなさいっ!」


「――っ!?」


「あたくしから逃げられると思いましてっ!」


 ふんっ、と思い切り棒を突き出して。

 それが敵の背中に突き刺さり、ぎんっ、と金属とぶつかる感触。これが槍であったならば、敵を殺している一撃だ。


「がはっ……!」


 漏れ出た声は、やはりヘレナではない別人のもの。

 マリエルは背中を押さえ、倒れたそんな敵に向けて。


 不敵な笑みを浮かべて――指を一つ立てた。


「さて……終わる頃、あたくしとあなた、どちらが死んだ数が多いでしょうね……」


「……」


「勝負ですわ。あたくし、負けませんわよ」


 ふふっ、とマリエルは優雅に。

 そう宣言して、元の位置へと戻っていった。













 その後、銀狼騎士団副官ステイシー・ボルトは語る。


「いや、私も少しは油断していた部分があったと思うんですよ。それは確かに分かっています。ただ私、ヘレナさんから『貴族の娘の護衛と、あとはついでに夜中にでも何度か襲撃して怖がらせてくれ』って言われてたんですよ。まぁ、貴族の娘がどうして森の中でゲリラ戦訓練やってるのか、とか、どうして夜中に襲撃とかしなきゃいけないのか、とかまぁ色々言いたいことはありますよ。ただ、私はこれでも銀狼騎士団の副官をやっているわけでして、これも別に事務処理能力を評価してもらってのものではなく、総合的に判断されたわけですよ。つまり銀狼騎士団の中でもかなり強い方なんですよ。その自信もありますし。そりゃ戦闘能力だけなら私よりディアンナやメリアナの方が高いかもしれませんけど、そんな私でも、さすがにお貴族様の娘になんて負けませんよ。それが蓋を開けてみれば何ですか。あれのどこがお貴族様の娘ですか。完全に戦闘に特化した兵士ですよ。そりゃ、こっちは紙で作った武器で、向こうは棒っていう不利な条件ではありますよ。それでもさすがに軍人の私が負けるわけないじゃないですか。なのにあれ、何者ですか。ヘレナさん、後宮に自分の親衛隊でも作っているつもりなんですか? ディアンナやメリアナも割と苦戦したって言ってましたし……聞いているんですか将軍!」


「おう、とりあえず飲め、ステイシー」

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