第14話 ヘレナズブートキャンプ-最終試練-
程なくして、馬車は目的地に到着した。
思ったよりも早く到着してくれたらしい。ヘレナがいつだったかファルマスと共に向かったのはテオロック山であり、ここは帝都を隔てて逆側にある山脈だ。テオロック山ほどの巨峰はないが、その代わりに山が幾つも連なっているのが特徴である。
過去、帝国を狙う蛮族たちが住み着き、『山賊国』と称されて戦いを繰り返したという記録もある。現在はこのあたりを治めるアロー伯爵家により蛮族の討伐が成り、少しずつ帝国の手が入っているという場所だ。
もっとも、観測されていないだけで、蛮族がまだ生き残っている可能性はあるけれど。一応命の安全だけは確保しなければならないため、そのあたりはヘレナがしっかりと見張っておかねばならない。
馬車を降りた五人は、ヘレナの指示がなくとも横一列に並ぶ。
そして最後にヘレナが降りると共に、御者は馬の嘶きと共に馬車を動かし、そのまま去っていった。
「さて、諸君」
「はいっ!」
「まずは、お前たちにこれを渡しておこう。全員、一つずつ受け取るといい」
「これは……?」
そう言って、ヘレナは持ってきていた布袋の中に入れてあったそれを、一つずつ手渡す。
マリエルが随分と眉根を寄せながら見ていたそれは、黒い布。
マントである。
「マント、ですか……?」
「な、何に使うのでしょうか!」
「これから、お前たちは徒歩で山を抜け、目的地に向かってもらう。これが地図だ」
布袋の中から地図を取り出し、マリエルへ手渡す。
用意した地図は一枚だけだ。そもそも地図自体、かなり高価なものである。特にこの地はアロー伯爵家によって平定されはしたが、まだ帝国の手が十分に入っていない場所だ。この地図も、無理を言ってアルベラに譲ってもらったものである。
そして、地図につけた印は、かつて赤虎騎士団を率いて蛮族の討伐に向かったことのあるヘレナが覚えていた場所のことだ。
「その地図に、目的地が記されているな」
「は、はい。お姉様」
「そこに、開けた一本杉が生えている。隣の山からでも分かるほどの大樹だ。お前たちは、その一本杉を目指してもらう」
「はいっ!」
「それから……これも渡しておく」
そして、布袋に入れていた荷物を取り出す。
それは、容器の中に入った白い粉。もう一つは、水筒だ。
「……これは」
「塩ですの」
「そうだ。何の変哲もないただの塩と水筒だ。水筒の方は、中身が入っていない」
一つずつ全員に手渡す。
そして、改めて全員を確認した。
フランソワはその背に弓を、その腰に矢筒を。
クラリッサは
マリエルはその右手に長い棒を。
アンジェリカはその太腿に
シャルロッテは無手。
全員が、己のポテンシャルを存分に出すことのできる装備だ。
「説明をしよう。ここから先は、『山賊国』の領域になる」
「――っ!」
「ば、蛮族の……!」
「そして、帝国と『山賊国』の関係は知っているな? ここに帝国の貴族令嬢がいるとなれば、奴らがどのような行動に出るかは分かると思う」
「……」
ヘレナの言葉に、誰も何も言わない。
皆が知る『山賊国』は、帝国とは異なる文化を持った蛮族だ。そして、その中には人を食べる一族だとか、そういった者も少なからずいるのである。
帝国で育った民は、大抵一度は「あまり我儘を言うと『山賊国』に捨てて蛮族に食べさせるよ」と親に言われるのが恒例となっているほどだ。それだけ、蛮族に対して恐怖を抱いているのである。
まぁ、脅すだけで実際のところ討伐されているわけだが、この五人がそれを知るはずがない。
「五人一組で、協力しながら目的地へ向かえ。その間の食事は自給自足だ。水も水源から自分で汲め。七日以内に、目的地まで来るように」
「ええっ!?」
「な、七日……!」
「七日もかかるの!?」
「お前たちの手際が悪ければ、もっとかかるかもしれんな。だが、早くても五日といったところだろう。山の夜は冷える。そのためのマントだ。包まれば眠ることもできるだろうし、雨風を凌ぐこともできる。別に自給自足が嫌ならば何も食べずともいいぞ。人間、水と塩があれば七日は生きられる」
「……」
脱水を起こさせないために、塩を渡したのだ。あとは自給自足をするにしても、塩があるだけで大分違う。
まぁ、初めてのサバイバルとなる五人に、まともな戦果は期待できないだろうけれど。ヘレナならば適度な蛇でも狩って、焼いて塩を振って食べるのだが。
「ああ、それから、茸の類は食べるな。毒茸に中られても困る」
「……お、お姉様、あの」
「私からは以上だ。質問も許さん」
何か言いたそうなマリエルを制し、五人を睥睨する。
既に教官として五人の前に立つヘレナに、甘さは全くない。それを知っている五人は、それ以上追及せずに直立した。
「では全員、向かえっ!」
「はいっ!」
「また会おう!」
そして、ヘレナは走って森の中へと入る。
あとは五人に全てを任せるだけだ。勿論近くで監視はするし問題があればすぐに対処するけれど、基本的には姿を見せずに行動しなければならないのだ。
手近な木に登り、そのやや太めの枝の上に乗る。
森というのは便利なもので、木々や葉が己の姿を隠してくれるのだ。だがヘレナの視界では、ちゃんと五人の姿が見えていたりする。そのあたりも、ヘレナの卓越した五感のなせるものだろう。
どうやら、地図を見ながら五人それぞれ戸惑っているようだ。そもそも貴族令嬢が地図を見ることなど全くないだろうし、どのように見ればいいのか分からないのかもしれない。
だが、教えない。
何の助けもなくこの訓練を乗り越えたその時――彼女らは、ゲリラ戦でもこなすことのできる精兵となることができるのだから。
地獄の
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