第13話 いざ、山へ
午後。
昼餉を終えたヘレナは、通達通りに昼食後すぐに中庭に集まっていた五人と共に、後宮の中庭から入り口まで移動した。
ヘレナ一人で外出したことは何度もあるけれど、こんな風に集まって外出をするのは初めてだ。とはいえ、ちゃんとファルマスが通達していたのだろう。後宮の門を守る衛兵に、特に戸惑いは見られなかった。
「ご苦労」
「ありがとうございます! ヘレナ様!」
「陛下から話は聞いているな?」
「はっ! ヘレナ様、ならびに五名が本日より外出をすると伺っております!」
「通せ」
「承知いたしました!」
そして、衛兵がそのままヘレナと一期生たちを通す。
久しぶりに後宮の外に出るからか、フランソワはわくわくと胸を弾ませながら、クラリッサはどことなくびくびくしながら、シャルロッテとマリエルは無表情だが、どことなく戸惑いが見える。アンジェリカは基本的に後宮の外にいる身であるために特に何も感じていないようだが、しかし仲良しの四人と一緒に外出できるということに、どこか嬉しそうな素振りである。
「わわわっ! 後宮の外です! ずっと出られないと思っていました!」
「い、いいのかな……? え、えっと、ヘレナ様が一緒だし、いいん、だよね……?」
「あまり戸惑うことでもありませんの。こういうときこそ、落ち着くことが肝心ですの」
「そんなロッテは手が震えてるけどね」
「マリー、喧嘩を売っていますの?」
「そういうわけじゃないわよ。緊張は別に隠さなくてもいいでしょう?」
今日も今日とて騒がしい彼女らは、ここから先が宮廷であっても普段通りだ。
むしろ、雰囲気だけ見るのならこれからお茶会でも楽しもうかという感じである。特にアンジェリカなど、「わたくしの部屋に案内するわ!」とか言い出したのでヘレナが殴った。
そして、最低限の道だけ通って宮廷の外に出る。
さすがに後宮にいるべき令嬢たちが、揃って宮廷の中をうろうろと徘徊するわけにはいかないのだ。ファルマスから許可を貰っているとはいえ、一般的に後宮入りをした側室は、外に出ることができないとされているのだから。
余計なトラブルを招かないためにも、早々に宮廷の外――厩へと向かう。
「ご苦労」
「これはヘレナ様! どうなさいましたか!」
「陛下から話を聞いていないか?」
「え、ええ……本日の午後一番で、馬車を用意しろと……」
「私の要件だ。連れてきてくれ」
「承知いたしました!」
やはり、きっちりとファルマスが話を通しておいてくれたらしい。
今から向かう南の山麓は、さすがに徒歩では行けない距離だ。今から出発して、到着するのは夜になるだろう。馬六頭で向かっても良かったのだが、山中に入ると馬を放置することになるため、御者付きの馬車を求める形にしたのである。
六人は軽く乗れる、しかし装飾が派手ではない馬車が連れてこられる。二頭引きのそれを引いている片方は、かつてリファールとの戦においてヘレナが犠牲にし、その代わりにアルベラから与えられた同じ名前の馬――ファルコだった。
「さぁ、全員。乗ってくれ」
「は、はいっ!」
今からどこへ向かうのか――そんな不安はありながらも、しかし何も聞かずに全員が馬車へと乗り込む。
そして、全員がそのように乗り込んだのを確認してから、最後にヘレナも馬車に乗った。それを合図として御者が「出発いたします!」と告げ、そのまま馬を走らせる。
目的地もファルマスから聞いているのだろう。
帝都の中央通りを抜け、そのまま南門へと達する。門番と二、三の会話をしてから、広大な農地に挟まれた街道を走る。
「わぁ……!」
「麦の穂が綺麗ですね! わたし久しぶりに見ました!」
「いい景色ですの。遠足みたいですの」
「今年の実りも良さそうですわ」
「わたくしも外に出るの久しぶり! みんなと一緒に出かけるって楽しいよね!」
「……」
景色に興奮し、口々にそう感動を声にしている面々に、しかしヘレナは何も言わない。
これからやるべきことは、最後の
この訓練期間中は、厳しく接する。
そう決めたからこそ、極めて最低限の会話だけで五人をここに連れてきたのだ。
「あの、お姉様」
「どうした、マリエル」
「これから……我々がどうすればいいのか、教えてくださるのでしょうか」
「……そうだな」
マリエルの問いに、全員がヘレナを見る。
それは、最初から気になっていたことなのだろう。軽く概要は教えている。生き延びるための訓練が必要だと、そう述べたはずだ。
だが、そこに具体性は何一つない。五人がこれから何をするのか、どうすれば訓練をクリアすることができるのか、そんな条件など一つも教えていないのだから。
「これまでの訓練において、私はお前たちの命が危険に晒されるようなことをしなかった。どんなに最悪の状態でも、気を失うまでで留めていたはずだ」
「は、はいっ! そうです! 命の危険があったのは、あの連中が来たときだけです!」
「その通りだ、フランソワ」
フランソワの言う『あの連中』とは、ノルドルンドの手引きで後宮にやってきたならず者のことだ。
あれはヘレナとしても想定外であり、そしてそんな厳しい戦いを生き延びたという点で彼女らのことは評価している。
だからこそ、この訓練を行うことを決意したのだから。
「だが、今回については違う」
「え……」
「今回は、自然の中で行う訓練だ。熊が出てくる可能性もあるし、蛇に襲われることもある。狼の群れが現れるかもしれないし、飢えた野犬が餌を求めているかもしれない。そして、私はそこに一切の手助けをしない」
「……」
「その中で、生き延びてみせろ。今話せることは、それだけだ」
ヘレナの言葉に、クラリッサを筆頭として少なからず顔色が青くなるのが分かる。
まぁ、嘘だけれど。
さすがに五人では対処しにくいような大熊であったり、異常な数の狼の群れなど近付いた場合は、ヘレナがどうにかするつもりだ。だが、五人で対処できそうな強敵ならば、そのまま経過を見守るつもりである。
そして、何より。
時折襲いかかるのは――ヘレナなのだ。
「まぁ、それほど怖がるな」
くくっ、とヘレナは悪い笑みを浮かべながら、五人を見る。
「私の母は熊を蹴りの一撃だけで仕留めた上で、素手で解体をしたこともあるらしい。お前たちにも、そんな活躍を期待する」
「あの、お姉様……無理です……」
「それは、人間を超えていますの……」
「さすがにそれは……」
ヘレナの言葉に、五人が眉根を寄せながら訝しんでいる。
ただ話を盛っているだけで、そんなことは人間には不可能だとでも思っているのだろう。
残念ながら。
事実なのだけれど。
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