第12話 地獄への導き
翌朝。
いつも通りに朝餉を終え、いつも通りに中庭に向かうと、当然のようにいつもの面々が柔軟体操を始めていた。いつものことながら、ヘレナよりも早く集合してヘレナが来るまでに準備を整える、というのが最近の常識になっているらしい。
うむ、と今日も今日とて元気そうな令嬢たちを見て、ヘレナは頷く。
「諸君、おはよう」
「おはようございます!!」
ちなみに、今日はファルマスの姿はない。
今日はどうやら午前から他国の特使が来るらしく、その相手をしなければならないのだとか。折角毎日続けるつもりだったのにな、と昨夜愚痴っていたことを覚えている。
まぁ、今日については五人に対して、ちゃんと言わなければならないことがあるため、丁度いいといえば丁度いい。
「鍛練を始める前に、少し話がある」
「はいっ!!」
「二期生、ならびに三期生は始めていろ。一期生のみ残れ」
「はいっ!!」
ヘレナの言葉に強く頷いて、フランソワ、クラリッサ、シャルロッテ、マリエル、アンジェリカ――ヘレナの
だが、その表情に不安のようなものは見られない。どんな話があるのかという内容は全く教えていないが、それでもヘレナを信頼してくれているのだ。
ヘレナの言葉であるならば、聞かねばならない――と。
「さて」
「はいっ!!」
「お前たちは、私の
「ありがとうございます!!」
「だが、その上でお前たちには言わねばならない。まだ未熟だ、とな」
ぴくり、と眉を上げるのはシャルロッテだ。
他の者は表情を動かしていない。
まぁ、それくらいでいい。
それくらいの跳ねっ返りでなければ、楽しくもない。
「新兵訓練においては、三つの最終試練がある。一つは、死の試練だ。これについては全員、最終日に味わったと思う」
「……」
死を味わう試練。
それは、ヘレナの全力の殺気をもってして、死を疑似体験させることだ。
ヘレナはさらに続ける。
「二つ目は、殺意の試練だ。いざ敵兵を目の前にしたとき、その敵兵を本当に殺すことができるのか。目の前にいるその命を、自分の手で刈り取ることができるのか。これについては、フランソワ、シャルロッテ、マリエルは合格した」
「は、はいっ!」
「ええ……」
「ですの……」
それは『極天姫』の姦計――その帰結だ。
彼女らは三人がかりでヘレナの大剣を持ち上げ、無抵抗のクリスティーヌに対してそれを振り下ろす、という試練を抜けてみせた。
結局はヘレナが受け止めたとはいえ、間違いなくあのとき、三人はその殺意でもってクリスティーヌに大剣を振り下ろしたのだ。
「だが、私はこの試練については、クラリッサとアンジェリカに対しても、既に施す必要はないと思っている」
「えっ……!」
「何でよ!」
「お前たちは、後宮の戦を経験した。数多の敵兵に対して、殺意をもって当たることを学んだはずだ。あの戦は、お前たちには何よりの経験を齎してくれたはずだ。これ以上、私による試練は必要ないと判断している」
ノルドルンド一派による、後宮の襲撃事件。
あのとき、アンジェリカもクラリッサも最前線で戦ったのだ。勿論、その結果として敵兵に死者は少なからず出ている。
この戦果があって、未だに殺す決意も持っていない惰弱だとは判断しない。
「そして、三つ目――これが最後の試練だ。戦士たる者、どのような環境であれど生き延びることを第一に考えなければならない。生き抜くための試練だ。泥水を啜り、草を食み、それでも生き抜くしぶとい心を持たねば戦場で生き抜くことはできない。そのために必要な試練を、お前たちに施そうと思う」
「……」
「勿論、やりたくないと言うならば放棄しても構わない。生涯戦場になど出ることはないと、逃げても構わない。だが、この試練を経験することで、お前たちは一回り大きくなってくれるだろう。その上で問おう。やるか!」
「はいっ!!」
全員が、声を揃えて叫ぶ。
当然だ。この五人にとって、今最も必要なのは己が強くなることなのだ。
ノルドルンド一派による後宮の戦を経験して、全員が強くなった。
ゆえに――この最後の試練を受けて、どれほど彼女らが成長してくれるか。
それが楽しみでたまらない。
「よろしい。では、全員が参加という形でいいのだな」
「はいっ!!」
「本日の午後から出立する。全員、昼餉が終わり次第、中庭に集合」
「はいっ!!」
「よろしい、では本日の鍛練はじめっ!」
「はいっ!!」
最後まで、何も聞いてこない。
されど、ただ盲目にヘレナに従っているというわけではないのだ。何もかも聞いて準備をするのではなく、ヘレナが試練を与えることを受け止めたうえで、どのような試練に対しても真摯に向き合う姿勢ということだろう。
実際に、何を聞かれても答えるつもりはなかった。それだけ彼女らがヘレナの意を汲んでいるというのも意外だったが。
全員がヘレナに背を向け、それぞれのパートナーと共に鍛練を始める。
ヘレナは、それを見ながら。
「……楽しくなるな」
くくっ、と笑みを浮かべる。
それは――彼女らに訪れる、最後の地獄。
「七日を、生き延びてみろ……お前たちならば、やれるはずだ」
これから行わせることは非常にシンプルで、それでいて恐ろしい代物。
七日間の自給自足、そして目的地までへの行軍。
ただそれだけを聞くならば、易しいものだろう。
だが、そんな生易しいことをヘレナが最終試練に持ってくるはずがない。
「さて……私も寝られんが、まぁ、なんとかなるだろう」
自給自足も行軍も、それだけならば簡単だ。
だが、そこに加わるのはただ一つ。
いつヘレナが襲いかかってくるか――それを常に警戒しなければならないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます